風光る
 
 9人乗りのジャンボ・タクシーに7人乗って、五条通りの突き当たりの大谷本廟に行くと、石橋の架かった池の周囲は楓の緑が色鮮やかに揺れていました。山門を背景に運転手に写真を撮ってもらって、受付に入ると、受付ホールは参拝者でごった返し、隣接した土産物売り場も人で一杯です。わたくしも何度か訪れていますが、こんな人出は初めてです。
 ──春の観光シーズンだからでしょう、とタクシーの運転手は言い、
 ──彼岸や盆など、こんなものじゃありません、とも言いました。五条通りまで路上駐車の貸切バスが続きますから、ひどいものです。
 ──京都は路上駐車が多いですねえ、とわたくしは頷きました。2車線の道路でもずっと駐車してて、実質、1車線のところがいっぱいありますもの。
 ──関西人の悪いところですよ。
 ──狭い盆地だから、もう駐車場を造るスペースがないんでしょうね。
 ──確かにそういう面もあります。
 わたくしと共に大谷本廟に納骨に来たのは、S夫妻、K夫妻、M氏、H氏の6人で、K夫妻が2人分の納骨をする他はみんな1人分で、規定の容器にお舎利を移し終えて、受付を出て、高速道路に向かう高架に沿って東西に長く建てられた納骨堂の入り口に向かいました。コンクリの階段を登って、砂利の敷かれた日の当たる庭に出ると、すぐ目の前が四角い帽子を被ったような納骨堂の正面玄関です。わたくしたちは自動ドアを通って、7階ある建物の3階までエレベーターで降りていきました。かすかに黄色い照明に照らされたロッカーのような納骨所が整然と並び、中央の通路に幾つも腰掛けがあり、エレベーターを出たところにあったテーブル式の、納骨番号を記した案内板を手がかりにして、寺で購入した区画を探しました。
 ──凄いなあ、と初めて訪れたS夫妻やH氏は感嘆しきりでしたが、場所が場所だけに、その声も抑えがちでした。
 目当ての納骨所を探し当てて扉を開けると、本尊が祀られていて、下の蓋を鍵を使って外すと、3段の棚にぎっしりと幅5〜6センチの六角形の納骨容器が詰まっています。
 ──こりゃあ、ずいぶん増えとりますなあ、とM氏が言い、
 ──そうですねえ、とわたくしも頷きました。でも、ボクが生きてる間は大丈夫でしょう。
 ──そりゃ、大丈夫ですらあ。
 5つの容器を新たに納め、読経を済ませて、わたくしたちは来たコースを引き返していきました。
 ──みなさんが納骨されるわけじゃないんでしょう?.とH氏が尋ねました。
 ──ご門徒全員となると、とてもあれだけじゃ足りませんよ。
 ──みなさん、どうされてるんですか?
 ──骨壺と共にお墓に納められる方が多いですね。
 H氏は大きく頷きました。
 ──実際問題として、ここに納骨しても、たびたびお参りするわけには行きませんから。
 ──そりゃ、そうでしょうなあ。
 ──親鸞聖人の傍に祀っているという安心感はあるでしょうけどね。
 H氏はまた大きく頷きましたけれど、それはもちろん、半ば儀礼的なものでした。
 受付の近くにあった喫茶室でひと休みして、わたくしたちは今度は西本願寺に行きました。堀川通りに入るとすぐ目に付く御影堂の屋根瓦は修復中で、すっぽりと灰色の巨大なカバー(素屋根)に覆われていました。大きな柱の列が御影堂の前に2列あるのは、背後は文化財があって支柱を作れないために、前に2列作って、それで素屋根を引っ張るようにして支えているのだと言うことです。しかも柱の中身はコンクリではなく、水を注入していて、廃棄物を少なくするための工夫だと言います。工事完成は平成20年の予定ですから、1年もあれば終了する一般寺院とは全く以て規模が違います。
 ──地震にも強いらしいですよ。この間もテレビで特集をしてました、とわたくしが言いました。
 ──そうでしょうねえ、とジャンボ・タクシーの運転手が穏やかな声で頷きました。凄いですもの。よくこんな大きな木材を使ったものですよ。
 ──商売で建てた建物なら儲けになるように手を抜くことがあるかも知れないけれど、信仰によって建てられてますから、そりゃ、頑丈に出来てますよ。
 ──そうでしょうねえ。
 ──木造建築としては確か世界一の大きさでしょう。
 ──そうですか。
 普段なら御影堂に親鸞聖人像、阿弥陀堂に阿弥陀如来像が祀られているのですが、今は親鸞聖人像も阿弥陀堂に祀られ、広い堂内の太い柱の向こうに見えました。正面にはむろん阿弥陀如来が祀られ、金色の荘厳が施されています。その正面に坐って、後ろに門徒の方々が控えて、わたくしが低い声で読経していると、
 ──すみません、これから永代経懇志が行なわれますので、おやめ下さい、と若い僧侶がやって来て注意しました。
 なるほど、仕切り柵の前に数名の在家の人々が坐り、その前に僧侶が坐り、阿弥陀如来を祀った内陣にも僧侶が着座していましたから、何事か始まるのだろうとわたくしも予期していました。だから努めて低く読経していたのですけれど、それでもダメだと言うのです。いささか気分を害したわたくしは、そそくさと読経を切り上げて、余間に臨時の祭壇を拵えて祀られている親鸞聖人像の前に行って合掌礼拝して、玉砂利の敷き詰められた、鳩の群れ飛ぶ広い境内に出ました。そして、みんなとブラリと周囲を見物してから、北に隣接した広大な参拝者専用の駐車場で待っていたジャンボ・タクシーに乗って、インターネットで知って予約していた、祇園の『太郎衛兵』という料亭に向かいました。
 その店は、『一力』という、臙脂色の塀に囲まれた、馴染みの客が紹介する予約客しか受け付けないという有名な料亭と同じ通りに面していて、都踊りの時期と重なり、行き交う人が大勢いました。12000円する夜の料理と同じ食材のものが昼なら3500円で食べられると宣伝してあったので選んだのですけれど、とうてい12000円の価値は感じられませんでした。3500円でもむしろ高いくらいでしたが、そもそも、京料理とは雰囲気を味わうものなのでしょう。古い木造りの料亭の、薄暗い2階の座敷でビールを飲み交わしながら談笑するひと時は、「納骨」という目的と共に、京都を訪れた楽しみの1つには違いありません。
 すぐ近くに建仁寺があり、いささか朽ちかけた境内を散策してから、その駐車場で待っていたジャンボ・タクシーに乗り込みました。それから宇治の平等院まで1時間近くの道のりです。
 ──京都からわざわざ宇治まで行く人はめったにありませんね、とジャンボ・タクシーの運転手は言いました。京都から奈良に行く途中か、逆に奈良から京都に来る途中の、休憩を兼ねた観光コースになっています。宇治のすぐ向こうがもう奈良ですから。
 ──すると、半日で明日香まで行くのはムリですね、とわたくしが確認すると、
 ──とうていムリです。片道でも2時間以上かかります、と運転手が言いました。
 ──彦根はどうですか?
 ──やはり同じくらいかかるでしょう。
 ──じゃあ、大津に出て、石山寺を見てから、瀬田川、宇治川を下るコースはどうでしょう?
 ──半日ではムリでしょう。
 ──なるほどね、と、助手席のわたくしは、数日前から俄かに再発した腰痛が、スプリングの効いたシートが揺れるたびにじくじく痛むものですから、窓枠の手握りをしっかりと握って頷きました。──半日となると、やっぱり市内観光になるんですかねえ。
 ──その方が無難ですね。
 ──だけど、清水寺とか金閣寺とか二条城とかだと、みんな1度や2度は訪れているから、新鮮味がないんですよ。
 ──確かに観光には目新しさが必要ですよね。
 ──そうそう!
 ──だから、瀬戸内さんの説法が聞かれるという『嵯峨野・寂庵巡り』などを観光業者が勝手に作ったりもするんです。そのため人が集まりすぎるようになって、去年、瀬戸内さんは説法を中止しましたよね。
 ──ああ、それはボクも聞きました。
 ──不景気なこともあって、どこも必死なんですよ。
 ──花鳥風月の世界にも資本の論理が浸透しているわけだ。
 ──今はどこも『お金、お金』の世界ですから。
 ──確か京都の寺の拝観料に観光税を導入するかどうかで大揉めをしたことがありましたよね。有名寺院が一斉に拝観を中止したりしたでしょう。
 ──はい。
 ──あれはどうなったんですか?
 ──さあ、どうなったんでしょう。
 ──宗教界も『お金、お金』の世界になっているのかも知れない。
 しかし、わたくしに遠慮したのか、運転手は今度は笑うだけで何にも応えませんでした。
 アルコールが入って気持ちのよくなった門徒の方々は、後ろの座席で車に揺られながらうたた寝をしています。奈良街道から宇治川沿いの土手に出ると、広い川面に白波を巻きつつ青灰色の速い流れが川洲にぶつかり、岸を洗っています。向こう岸の山々は新緑が明るく光り、山あいを下って流れ出ている宇治川のほとりには、1000年の時を刻んだ平等院が、物質文化に飽食気味の現代人の虚ろな興味を繋ぎ止めるかのように、落剥した朱塗りの鳳凰堂を人工池の中にとどめていることでしょう。