雨の日の品定め
4人の女の子が集まったマンションの窓を濡らして、シトシトと6月の雨が降り止みません。路面に張った水を跳ね散らして駆けていく車の音も、どんよりと重たく響きます。雨に煙る都会の空を仰いで、
──ヤになっちゃう、とユミは白い喉をのけぞらせて、スナック菓子をポイと口に放り込みました。カレとまた逢えなくなっちゃった。ホント、ヤな天気!
──でも、たまには休めてイイじゃん、とアスカはぼんやりとした表情に似合わぬアケスケな口ぶりでした。ユミの男狩り、凄いんだから。
──男狩り!.と、ユミは彫りの深い顔にスッキリと引かれた眉を顰め、大きな瞳を驚きに輝かせました。私、そんなにスケベか?
──スケベ、スケベ!.と、ミヤビもナナコも囃し立てました。
──ちょっと待ってよ。だったら何、アンタたちは男なしの生活してるわけ?.と、ユミが椅子の背もたれに片肘をかけて、ホットパンツをはいた白い長い脚を組んで、他の3人を眺め回しました。
──どうも誤解があるようだから、ハッキリさせとくけど、私、女子高出身だよ、しかもミッションスクール!.だから、男っ気のない、まじめな高校生だったんだ。ただね、発展家の子がけっこういて、その子たちを通して、知識だけはドンドン膨らんじゃった。で、彼女たちの話を総合するとさ、男って、要するに「逢う=やる」ってイメージが、私の中でガチガチに固まっちゃったのよね。だからさ、男の子と付き合う時、まず最初に宣言するのよね、「私はやらない子なんだよ。それでもいい?」って。そこで最初の篩にかけて、去っていく男の子は、「はい、そこまで」って感じ。それに、いくら「好きだ、好きだ」と言ってても、やったらそれで終わりってこともよくあるじゃん。それで、私、男の子たちにアンケート、取ったことがあるんだ、「いつまで我慢できる?」って。そしたら、「好きな子だったら、半年」っていうのが一番多くて、それを基準にしてるの。これって厳しい?
──厳しいよう、とミヤビはさもイヤそうな顔をしましたが、アスカとナナコは黙っていました。
──私って、基本的に男の子の下に位置するのがイヤなタイプなのね、とユミは続けました。だからさ、ホントは好きなのに、「どうでもいいんだけど、あんたが好いてるみたいだから、付き合ってあげる」ってスタンスを崩さないの。その子が他の女の子なんかといると、とても嫉妬するくせに、デートの別れ際なんかに、「この前、どこそこの子と一緒にいたの、あれ、どういうこと?」って、さり気なく聞いちゃう。だって、そんなことで楽しい時間をメチャクチャにしたくないじゃん。だけど、これって結構しんどくてさ。だから今、付き合ってる男の子は星の数ほどいるけど、ホントに好きな子は1人もいないよ。ちょっと寂しいけど、プライド捨ててまで欲しいものじゃないしね。
──そういうの、やっぱり男を狩ってるんじゃないの?.と、眉と首筋の辺りで切り揃えただけのボサボサの髪をした、胸にヨットのプリントのある、肩がはみ出るほど大きなタンクトップを着たアスカが言いました。数が多いってことは、やっぱり凄いじゃん。ユミには男を惹き付けるフェロモンがプンプンしてるんだ。私なんか、たった2人だし、その1人とはキスまでだったよ。中3から高2までだったってこともあるけど、「やらせろ」みたいな雰囲気がいつもあって、無理やりそういうところに押し込められても、最後は「いや!」って拒否してた。私を囲い込もう、囲い込もうというカレの強引なところに、拒否反応を起こしちゃったのよね。
──その点、今のカレはその真反対の人だから、かえって何でも許しちゃう。それでさ、エッチしてる時でも、フッと素敵なイメージが浮かぶと、「あっ、これ、作品になる!」って、心に留めるし、口に出すこともあるの。私、将来は芸術で身を立てたいから、そういうもの、大事にしてるんだ。カレも絵とかの趣味のある人だから、「そうだね」って相槌打ってくれて、それからまた、エッチの続き、するんだよ。それって、私には何の抵抗もないことなんだけど、カレはどうなんだろ?
──というのはね、この間、カレがまじめな顔して、「ボクもキミのこと、誤解したくないし、キミにもボクのこと、誤解してもらいたくないから、お互い、正直に話し合おう」って言うの。私、全然人のこと、気にするタイプじゃないから、思ったままを口に出し、感じたままに生きてきたけど、それってずいぶんカレを傷つけてきた気がするんだ。
──それはもう「愛」だ!.と、浅黒い肌の、男っぽい声をしたミヤビが断言しました。恋とか愛とか、そんなの、面倒じゃん。それに、ユミの言うプライドって何?.それってどういうものか、具体的に教えて欲しいな。ユミはね、色は白いし、顔はきれいだし、そのピンク色の唇に男の子が夢中になるんだ。だけど、男の子をいちばん夢中にさせるのは、セックスだよ。それを出し惜しみしてちゃ、いちばん肝心のところが分からないじゃん。美人が必ずしも最高じゃないってこと、ホントの男なら、誰でも知ってることだし。
──それってイヤミ?.とユミがムッとして、その輝く瞳でミヤビを睨みました。
──オー、ノー!.とミヤビは大きく手を広げ、大げさに顔を横に振りました。単なるブスのやっかみだから、聞き流して!
──ミーちゃんはブスなんかじゃない、とミヤビを見つめたままのユミの口調は率直でした。ミーちゃんこそ、フェロモンがムンムンしてる。
──そりゃ、いつも出してるもん、とミヤビは冗談っぽく応えて、テーブルの上に乱雑に散らばっている菓子包みを手で払って、チョコレートをつまみ上げると、白い歯で噛み砕きました。けど、酔っ払った勢いでやるもんじゃないよね。それもさ、友達の彼氏だったこともあって、全然、意識してなかったんだけど、話してるうちに意気投合しちゃって、「この人、私のこと、ずっと見てくれてたんだ」と思うと感激してさ、つい行くとこまで行っちゃった。ところが、痛くて入らなかった!.元カレって、デカかったけど、入ったよ。それなのになぜあの時入らなかったのか、いろいろ反省したんだけど、富士山みたいな裾広がりだったからかなあ?
そう言って豪快に笑ってから、ミヤビはまた続けました。
──まっ、友達のカレっていう心の負担が大きかったのかも知れない。それに、「何か姉ちゃんとやるみたい」なんて興ざめなこと言うから、余計にシラッとした空気になったのも事実だしね。やっぱり、形より精神的なものが影響するかもね。だからもう、酔った挙げ句に友達のカレと寝るの、金輪際やめたんだ。
話し終えた3人の女の子たちは、それなりに充実した表情になって、また菓子をつまんだり、ペットボトルのジュースを飲んだりしました。うつむき加減にウンウン頷きながら聞いていたナナコも、
──ねえねえ、聞いてくださいよ!.と、つぶらな瞳を上げて、薄いつややかな唇を思い切って開きました。実は私、まだバージンなんです。
──ええ!.と驚いた3人が一斉に振り向き、
──だってもう20才でしょ?.と念を押したミヤビは、ナナコが頷くと、
──信じられない!.とまたチョコレートをつまみました。
──ずっと好きな人がいるんです、とナナコは言いました。その人が他の子たちと一緒にうちに遊びに来たことがあって(高校の時からよく4人で遊んでた仲だったんです)、そのままうちに泊まったんですよね。私とその人と、ベットで寝ることになって、その人の手がモロに下から入ってきて、私、どうしていいか分からなくなって、とりあえずアソコ、触ってあげてたの。すると、他の子たちが起きてきて、そのままオジャンになっちゃった。翌日もそんな感じで、そんなことが2日も重なったんですよ。
──その人からは「やりたい」みたいなこと、ずっと言われてたんだけど、私、バージンだから、単にやりたいだけの人はイヤだった。「ホントに私が好きなの?.私はバージンだから、単なる遊びじゃダメだよ」って言いたかったけど、それも言えなくて、友達のような、恋人のような、中途半端な関係がズルズルと続いてたんですよ。だから、あの夜も友達がいるんだから、あそこまでは行かないだろうって計算が、きっと私の頭の中で働いてたと思う。その人、そのまま引き下がってくれたけど、それが嬉しいような、物足りないような、今は複雑な心境なんです。是非みんなのアドバイスを下さい!
──さっき私が話した男の子よね、とミヤビはナナコを優しく見つめて言いました。それって、ナナの彼氏なんだよ。
──ええっ、そうだったんですか!
──黙ってようと思ってたけど、話、聞いてて、何だか打ち明けた方がいい気がしてきた。
──そうだったんですか……。
──だけど、お互い、酔った勢いでやっただけで、恋愛感情なんてなかったよ。第一、入らなかったし!.と言って、ミヤビはまた笑いました。
──酔うと、そこまで行く人だったんだ……。
──そりゃ男だもの、その時の気持ちが体に正直に表われるじゃん。
そう言った後、ナナコの顔色を見たミヤビは、
──さっきは粋がったけど、やっぱり最後はハートなんだ、と付け加えました。カレ、ナナのこと大事に思ってるから、無理やりやろうとしないんだよ、きっと。
そう言われても、ナナコにとって何の慰めにもなりません。しょんぼりと飴など舐め出したものですから、他の3人も黙って菓子をつまむ他ありませんでした。ボンボンボンボンと、壁掛け時計が4時を打つと、
──私、帰る、とナナコは不意に立ち上がりました。今日はママの誕生日だから、ケーキを買って帰らなくちゃ。
高層マンションの白い部屋の中に訪れた重苦しい沈黙を破るように、
──傘、どうする?.とアスカが言いました。
──地下鉄まですぐだから、走る。
──でも、凄い降りになったよ、とユミが窓を振り返り、ミヤビもアスカも釣られて振り返ったその隙に、ナナコは靴を引っ掛け踵を踏んで、廊下に飛び出しました。後ろ手で強く閉めた扉にもたれかかると、止めどなく涙があふれ出て、
──あいつの提案、もう絶対に認めないんだから!.もう却下なんだから!.課題のノートも、もう2度と見せないんだから!.とナナコはかわいい唇で繰り返しました。そして、エレベーターで地上に降りて、自動ドアの開く間ももどかしく表に飛び出すと、「あいつ」が買ってくれたモカシンの靴で水の張った地を蹴って、雨に煙るビル街の交差点に見えている地下鉄の入口をめざしました。