夕佳山の女
 
 春の夕佳山は松林を行く風の匂いも暖かく、青空に白く咲くコブシの花にも風が通い、下生えのない南斜面に梅の花がほのかに紅く咲いています。春休みの解放感に満たされたわたくしの前に不意にメジロが飛び立ち、ハンノキの枝々に垂れた黄色い房からパッと黄色い粉が弾けます。まだ若葉のない木立の中をウグイスが啼き渡り、観音谷にこだまして、遠い山々まで跳ね上がりました。
 国旗掲揚台のある頂上に立って、松の枝を透かして眺める、霞に煙った穴浦平野に整然と田の面が広がっています。西の空に連なっている、深い皺の刻まれた山々の麓を銀色に光りながら蛇行しているのが、千田川です。中国山地の谷を縫って御領市に出て来た千田川は、山々に沿ってゆったりと流れ、山が途絶えるあたりで南に大きくカーブして、川口市へと流れ込んでいくのです。
 東西に長い穴浦平野を縦断し千田川に合流する荒神川に沿って、長い歴史を刻んだ穴浦の町が広がっています。内陸深く切れ込んだ入り江だったがゆえに穴浦と呼ばれたのだという古代はいざ知らず、中世になると、夕佳山の城主が辺り一円を支配して、穴浦は政治と経済の中心地だったのです。江戸時代に入って、千田川の水を引いて堀を巡らした川口城が築城され、政治の中心は南の地に移りましたが、穴浦は宿場町として栄え、明治以降、繊維の町としての繁栄を維持してきました。それでも小さな町であることに変わりなく、中学時代のわたくしは、夕佳山の頂きに立っては大きな夢を膨らませたものです。町を出て行くだけで、それが半ば実現できると考えたものでした。
 夕佳山の背後に広がる桃源平まで幾つも峰があり、峰を上がると、空を隠すほどに高い、下枝の枯れた松林の間を猛烈な風が吹き、峰を下っていく時は、深い笹を掻き分け掻き分け、山を行く人の踏み固めた尾根を辿らなければなりません。そして観音谷の奥にある、浅緑色の葉に若さの匂う赤松林に囲まれた、明るく青い水の面に春の雲が映っている小さな池に到着して、乱れた息をしばし休めるのが、わたくしは好きでした。池の端に寝ころんで、空を行く雲に遠い夢を預けるのが好きだったのです。
 ホーホケキョと、頭上のどこかで、またウグイスが鳴きました。そして、夢見心地にまどろむ頃、
 ──こんにちは、と夢の扉を開けるように、明るい声が耳元に飛び込んできたのです。
 驚いたわたくしは、目を開け、顔を上げて振り仰ぐと、池を巡って山奥に続く小道に、母くらいの年格好の女の人が立っていました。しかし、母より遥かに色白で、目鼻立ちの整った美しい人でした。
 ──この道がまだ通れるか、知ってる?
 ──どこまで行くんですか?
 ──梅谷。
 ──梅谷……、と、わたくしは頭のどこかに仕舞われている気がして、その地名を探しました。桃源平の向こうですか?
 ──そう、と女の人は言いました。よく知ってるのね。
 ──一度、行ったことがあるんだ。
 ──じゃ、行けるのね?.と女の人に念押しされると、わたくしは即答しかねました。鍔広の帽子を被り、細い腰をベルトで締めて、ベージュのワンピースを着た女の人でしたから、はたしてその足で、灌木に包まれた、日照り続きでない限り細流の流れている石ころだらけの小径を桃源平まで歩けるか、判断しかねたのです。
 ──たぶん、水が出てると思うな、とわたくしは言いました。夏ほど草が大きくないから、通れるとは思うけど。
 ──あなたの言ってるのは、私が思ってる道じゃないけど、たぶん、そっちの方が近道なのね?
 わたくしは大きく頷きました。大人の、しかも美しい女の人から山の様子について尋ねられ、わたくしの最も大切なものが認められた気がして、嬉しかったのです。
 ──桃源平まで案内してあげようか?
 ──してくれるの?
 ──いいよ。
 ──ありがとう、と女の人は白い歯を見せて微笑みました。
 立ち上がって、シャツとズボンに付いた草を払っていると、女の人も手伝ってくれ、わたくしの頭はカッと熱くなりました。
 ──どうしてこんなところに来たんですか?.と先に道を辿りながら、わたくしは尋ねました。男の人でも滅多に来ないよ。
 ──実家があるの。
 ──はあ?.と、わたくしはピンと来ませんでした。梅谷に?
 ──そう。
 ──あそこに家があったかなあ。
 ──あるのよ。3軒あるわ。
 ──3軒も!.とわたくしは驚きました。でも、ぼく、今まで誰とも会ったことないや。
 ──そりゃそうでしょうね、と、いささか息の荒くなった女の人の声と共に、わたくしの首筋に化粧の香がプンと纏い付きました。東から回れば、ちゃんと車の通れる道があるんだから。
 それでもその女の人が有るか無きかの山道を選んだのは、娘時代、山を下って観音谷を通り抜け、穴浦駅から電車に乗って、川口の女学校に通っていた懐かしい思い出があるからでした。その迂遠な距離を想像すると、子供のわたくしには言葉もありませんでした。
 ──今から思うと大変だったけど、当時はみんなそうだったのよ、と女の人は語りました。自転車で川口まで出るのが普通だったし、逆に川口から穴浦に来る子もいたからね。ここがこんなに雑草が生い茂るようになったのは、最近のことなのよ。
 ──でも、ぼくは滅多に人と会うことないな。
 ──そりゃ、人通りが絶えて10年以上にはなるはずだから。
 ──10年って、おばさん、大昔のことじゃないか、とわたくしは強く反論しました。
 ──そりゃそうだ、と女の人は笑いました。あなたの年から10年を差し引くと、まだ赤ん坊だよね。
 谷の両側に迫り出した斜面が徐々に低くなるにつれて青空が大きくなり、やがて広々とした、かつて馬の放牧場だったという桃源平に出ました。南の海から吹き付けてくる風に傾いた大きな松の根もとで、わたくしたちは春の光りに彩られた川口市を眺望しました。海岸線から沖合遠くまで堤防が張り出され、まだ海水の残る堤防の中は幾つも砂利の山が築かれ、その周囲をダンプカーが彷徨しています。そこに大きな工場が来ることは、風の便りに子供の耳にも届いていました。
 ──きっと賑やかになるんだ、とわたくしが誇らしげに言うと、
 ──でも、海水浴場がなくなるよ、と女の人が言いました。それでもいいの?
 ──海水浴場は沙美にも横島にもあるんだよ、とわたくしは教え諭す口調でした。おばさんが子供の頃にはきっとまだバスがなかったから、そこまで行けなかったんだよ。
 ──そうかも知れないわね。
 桃源平を下りるとすぐ梅谷に続き、その狭い谷のいちばん奥に、確かに3軒の家がありました。いずれも馬屋原と名乗り、その家々と寺との結び付きを知ったのは、ずっと後年になってからです。女の人の父親に駄菓子を1袋貰ったわたくしは、お礼を言い、「遊びに来てね。盆には帰ってるから」と手を振る女の人と別れて、登ってきた同じ道を下っていきました。下りは早く、観音谷の奥池まで引き返すと、そのまま谷を下りる方が早く帰宅できるはずでしたけれども、わたくしはあえてまた尾根を辿りました。
 西の空を遮っている夕佳山の後ろにすでに日が落ち、熊笹を騒がす風がいっそう強く吹き付けています。歩き慣れた道とは言え、さすがに夕暮れの物寂しさに襲われて、わたくしの心は急ぎました。かつて城が聳えていたという夕佳山の頂上は、確かに山にしては不自然なまでに平坦でしたが、深い草木に被われ、見た目には分かりません。ただ、国旗掲揚台のところに佇んでいると、落日が赤く染めた穴浦平野の静寂に、わたくしはひどく感動しました。人と自然と、こんなにも融合して生存しているのかという思いに囚われ、小さな家庭の外に広がっている大きな世界に初めて触れた気がしたのです。
 その時、背後の草むらで何やら人の気配がし、わたくしはギョッとしました。滅多に人の通らない山の中で、1日に2度も人と遭遇するとは!.そこで、身を屈め、そっと草の葉を分けて近付いてみると、まず赤い襦袢が目の中に飛び込み、茹でたての蟹の足のように大きく開いた、白くて柔らかい女の脚が宙にあり、その足袋の白さが、半信半疑のわたくしの目を射たのです。黒くかぶさる男の背中があったはずですが、わたくしは思い出すことが出来ません。そもそも、大時代がかった着物姿の女が山の上にいること自体、子供の目にも非現実的に映ったにもかかわらず、襦袢の赤さと、着物の裏地の絹の白さとが、今もわたくしの瞼の裏に鮮やかです。
 半ば閉じられた女の目の中の瞳がわたくしを捕らえ、その瞳孔が驚きに広がると、わたくしは、
 ──見たぞ!.と、怒りに駆られて叫びました。
 ──見たぞ!.とわたくしは繰り返し、捨て身の荒々しさで飛び出すと、草を蹴り枝を払って、一目算に山を駆け下りていきました。