山々と野と
 
 幾重にも重なる北の山々は春夏秋冬、穏やかな空の光を浴びているのです。夏は緑が強く、冬は時にうっすらと白く雪に輝いても、時間は静かに流れています。なだらかな山肌に散在するH村の田畑が網目状に遠く光り、電信柱の並ぶ小さな道に黒い人影が揺れる時、野に住む人々の目にはおとぎの国のようにも映ったものでした。そこにもまた、泣き笑い出会い別れゆく人の世の営みが繰り返されているはずでしたけれど、どこかロマンチックな陰影を帯びてしまうからです。
 ……
 正太と次郎は布のランドセルを背負って段々畑の端を巡る道を走って松林を抜け、山の頂から谷底に広がっている青田を臨むと、つづら折りに下る山道を無視して、毎朝、急斜面のあちこちに出た岩をピョンピョンと伝って平地まで下りて来るのです。そして、谷のいちばん奥にある一軒屋の小森の婆さんに、
 「お早う!」と挨拶するのです。
 白い羽を広げてコッコッコッと庭先を駆け回る鶏に餌を撒いていた婆さんが、
 「お早うさん、今日も崖を降りたのかい?」と聞くと、
 「うん!」と次郎が答えます。「そうせんと、遅刻するが」
 「早く起きりゃよかろうに」
 「眠たいわ」
 そして納屋に置いていた自転車に乗って、
 「行って来ます!」と下り勾配の一本道をC村の中心に向かうのでした。
 広いグラウンドの向こうに2棟の校舎が見える小学校に近づくと、次々と登校中の子供たちを追い越して行き、この時ばかりは遠距離ゆえに自転車通学が許可されている正太と次郎の胸は高鳴るのです。
 ところが校門近くで、「H村の田舎っぺ!」とC村のグループに囃し立てられ、カッとした次郎が自転車を降りて飛びかかろうとした時、
 正太は弟を制して、
 「おまえら、自転車に乗れまい。口惜しかったら乗って来い」と、グループをにらみながら言い放ちました。
 2人の自転車が羨望の的になっていて、年下の次郎が何かにつけてからかわれていたのを正太は知っていたのです。
 グループのリーダー格の為吉は「ふん!」と鼻を鳴らしただけで、体格がよくて大人の雰囲気のある正太に喧嘩を売ろうとはしませんでした。しかし放課後、2人の自転車はパンクさせれられていました。
 「畜生、あいつらだ」と次郎は悔やしがり、兄弟がトボトボと田んぼ道を自転車を押して帰っていると、大きな楠がザワザワと風に揺れる荒神さんの社の後ろから朝の5、6人が顔を出し、
 「やーい、ボロ自転車、ボロ自転車!」と囃し立てました。
 「畜生!」と躍りかかろうとする次郎を再び、
 「今日は早く帰らんといけん」と正太が制しました。「みんなが待っとる」
 「じゃけど兄ちゃん、口惜しいが」と言いながらも、さっさと社の前を通り過ぎる正太に次郎も付き従ったため、ひと暴れするつもりだった為吉たちはポカンと呆気に取られて、小さな境内にたたずむばかりでした。
 兄弟は小森の家にパンクした自転車を預け、普通なら坂道をゆっくり登って帰るのですけれど、今日は遅くて、朝の崖を両手両足を使って蜘蛛のように這い登らなければなりません。炎天下の谷を歩いた後でしたから、鍔の広い麦藁帽の下で額からダラダラと流れる汗が目にかかるたびに、顔を振って払い払い、山のてっぺんに辿り着きました。
 「兄ちゃん、休もうよ」と次郎がペタンと笹藪に隠れるように腰を落としても、
 「おれは先に行くからな」と正太は笹を掻き分け、青い空の高みを吹く風に誘われるようにゴーゴーと鳴る松林を遠ざかっていくのです。
 「待ってくれよ!」と次郎もすぐ立ち上がって駆けて行き、畑を通ってもう1つ峰を越えて、やっとH村の共同井戸に到着しました。そこには、井桁の脇にフンドシ姿の隣家(と言っても田畑や林を隔てていましたけれど)の熊蔵さんが立っていたのです。
 「父ちゃんは?」と正太が尋ねると、
 「中じゃわ」と熊蔵さん。「遅かったのう」
 「自転車がパンクしたんだ」と正太が井戸を覗くと、深い暗い井戸の中に裸の男たちの黒い頭と茶褐色の肩が重なり合い、井戸に下ろされた2つの梯子の踏み木を広げた両足で踏んでいるのです。そして、ひんやりとした空気のこもる井戸の底から、
 「正太か?」と言う父の声が、苔むした石の壁に反響しながら届きました。
 「うん」
 「遅いぞ」
 「ごめん、自転車がパンクしたんだ」
 そして、
 「父ちゃん、また平地の奴らにイタズラされたんだ」と次郎が訴えても、
 「熊さんを手伝ってやれよ」と父は叫ぶばかりでした。
 H村では毎年、銘々で飼い葉桶を持ち寄り、梅雨前に共同井戸の水を汲み出して、きれいな水に変えていたのです。「エイホ、エイホ!」と井戸の中から掛け声が響き、順送りに送られて来た桶を熊蔵さんが持ち上げ、それを正太が受け取って近くに捨てに行き、次に次郎が捨てに行くのです。
 「おーい、まだか?」と熊蔵さんが大声で聞くと、
 「ぼつぼつ底が見えて来たぞ」と答える正太の父は、まるで地中の住人のようでした。
 「父ちゃん、いたか?」
 「いたぞ」
 「上げて」と正太が頼み、ゆっくりと運び上げられた最後の桶の一汲みの中に、今年も赤い鯉が泳いでいました。深い井戸の中の静かな水にゆったりと育まれた体に突如、眩しい日の光を浴びながらも、無表情な目や、丸く突き出す口元に伸びた2本の髭が、どこか仙人の生まれ変わりの風体です。
 「大きくならんなあ」と次郎が言い、
 「深いのになあ」と正太が言いながらしゃがみ込んで見ているその周りに、井戸から出て来た裸の男たちが顔を寄せ、
 「これは井戸の主じゃのう」などと口々に言うのです。「昔からおるぞ」
 「同じ鯉じゃろか?」
 「同じじゃろう」などと言い合い、女たちがおむすびと冷たいお茶を運んで来て、「ご苦労さん」などと声をかける頃、黄ばんだ夏の陽が西の峰に落ちかかっていくのです。それは、岩の上に腰掛けておむすびを頬張る正太の心にいつまでも残る夕陽の輝きでした。
 ……
 成人後、正太は山を下って、里の女と恋仲になり、大騒動の果てにその家に養子として迎えられた一方、大阪に出て30年間働いていた次郎が退職後、H村に近いF市の新興住宅に帰って来ました。そして、父の33回忌をその次郎の住宅で営んで、互いの顔に寄った皺の数に50年間の軌跡が鮮やかに刻まれているのを知ったのです。しかし、たとえ老いの入口に差しかかっていても、少年時代に山の生活の中で仰ぎつづけた夕陽の輝きは今も正太の胸に鮮明でした。
 「命はいつか果てるものですけど、だから美しいんでしょうなあ。いつまでも変わらんものはグロテスクで気持ちが悪いと、最近つくづくと思うんですわ。50になっても60になっても若い頃と少しも変わらん美人をテレビでよく見かけますが、あれはかえって心が老けとるんじゃなかろうか?」
 「でも、ああいう人たちの発言は若々しいですよ」と法蔵寺の住職が言うと、
 「それが曲者なんですらあ」と正太は言うのです。「いつまでも少しも変わらんものなんて、この世の中に1つもありゃせん。あれだけメイクアップして、発想も発言も若いということは、それだけ心のどこかが何かに凝り固まっとる証拠ですがな。
 最近、いい年をして若さばかり強調したがる人が、この近所にもいくらでもいます。しかし、いくら若く見せたって、80才、90才ともなりゃ、誰だって同じ年寄りですが。年寄りには年寄りのいいところがあると、どうして思えんのですかのう?」
 「それは大切なことですよね」と住職も賛成しました。「誰もがいずれ年を取るんだから」
 「わしゃ最近、西に沈む太陽を見るたびに、手を合わせるようになりました。自然とナムアミダブツ、ナムアミダブツと称えるようになったんですわ。空を仰いでも、山や川を眺めても、町を歩いても、見飽きるほど見て来た女房の顔を見てまで、ふっとナムアミダブツが浮かんで、浮かぶと何かが透き通っていくんですわ。すべてがナムアミダブツなんですらあ。これは、住職、わしもあの世が近くなった証拠でしょうかなあ?」
 「いやいや」と法蔵寺の住職はふっくらとした頬に微笑を湛えて、切れ長の目を正太に差し向けました。「それこそ、年寄りには年寄りの良さがあるということでしょう。自分の経て来た人生と、自分の周りに広がる世界とが、ナムアミダブツという十字路で交わって、きっとそこに大きな命が輝いているんだと思いますよ。あなたの仰いだ夕陽がきっと、その道先案内人だったんですよ」