サンボリストたち
 
 Petit Rarousseを見ていて、ヘミングウェイがAuteur de romans qui unissent réalism et symbolism(現実と象徴を融合した作家) と紹介されていたのが、ひどく秋山さんの心に残りました。常に堅牢で澄み切った響きを奏でるヘミングウェイの即物的な文章は、確かにその最良の部分において象徴の気配が漂っていたからです。
 「象徴」とは感覚で捉えられないものを感覚的に表現する技術であるとすれば、余白の効果を狙った日本画も、一輪差しの美を追究する生け花も、作法が命の花道も、「象徴の森」に咲いた美しい花たちに違いありません。
 それは他方、フェティシズムと呼ばれる「物」重視の感性や形式主義ともなり得るものでしょう。正倉院御物に他国で消失した文物の数々が残っているのも、それと無関係ではないはずです。
 病気の母親に代わって親戚の法事に参加しなければならなくなった秋山さんは、そこでまた、「象徴の森」の木立の1つに遭遇した思いがしたものです。……
 黒の礼服に黒のネクタイを締めて、前もって知らされていた空き地に駐車すると、その周囲はまた新たに幾つもの住宅が建ち並び、建設中のアパートもあり、田畑はわずかに見え隠れするばかりです。S沼と呼ばれ、秋山さんが子供時代は大雨のたびにとっぷりと浸かっていたというのがウソのようです。住民の大半は今や他の地から移り住んで来た人々で、若い夫婦が若い時代を過ごし、子供が成長して家が手狭になると、また他の地に移って行く例も少なくないといいます。地元の人々は盆地の北に低く連なっている丘の麓に住んでいて、古い造りの家も残っていましたが、たいてい新しく大きく建て替えられ、その分家が田畑の一部を譲り受けて、これまた大きな家を造っているのです。
 秋山さんが訪れた竹田家は母親の実家でしたから、幼い頃から馴染み深く、
 「今日はミノルちゃんが来たのか」といかめしい顔付きの戸主が言いました。「姉さんは元気か?」
 「ええ」
 「そうか、姉さんに早く逝かれると、今度はおれの番かと、こっちも心配になるからなあ」
 そして、上がってくれと言われて、すでに黒い革靴でいっぱいの玄関を上がって座敷に入ると、襖を取り払った座敷と中の間に親戚筋の人々が集まってお茶を飲んでいるのです。みんな秋山さんより年輩の、従って50才以上の人たちばかりです。
 「失礼します」と秋山さんは低い声で言って軽く頭を下げながらみんなの前を抜けて、花や供え物で飾られた仏壇の前で手を合わせ、経机の上に重ねられた香料袋に、内ポケットに入れて来た香料袋を重ね、風呂敷を開いて、仏壇の横に積まれた菓子折の上に自らも菓子折を置きました。そして部屋の隅に畏まって、お茶が運ばれて来るとまた畏まって頭を下げました。
 まもなく僧侶がやって来て法衣を着替え、座布団が敷き変えられて、仏壇の周りに1周忌を迎える戸主の母親と血縁の深い順に坐り、僧侶がチーンと鉦を鳴らしナムアミダブツ、ナムアミダブツと唱え、読経に入ってから、一同に焼香盆が回されました。1つまみの香をつまんで焚くひと時だけ、確かに秋山さんも法事に参加した気がしましたけれど、もちろん、それだけで十分です。それ以上やれと言われても、困るのです。
 背後の丘の上に竹田家の墓があり、そこでもまた1人々々線香を供え、その間、僧侶が横で読経しているのです。それから寺参りに車に乗り合わせて行って、これまた内陣で僧侶が読経している間、外陣に坐った人々が1人ずつ正面にある大きな香炉に赴いて香を焚き、合掌礼拝するのです。
 あとは帰宅して膳席に着き、飲んだり食べたりでしたけれど、宴会のようには行きません。正面に坐った僧侶と賑やかに話していたのは、常日頃血気盛んな戸主の弟ばかりです。秋山さんは差し向けられたビールをグラスに受けて、黙って飲んでいました。
 「ミノルちゃん、久しぶりじゃのう、何才になったや?」と戸主の弟に声をかけられ、
 「44です」と秋山さんが答えると、
 「まだ独り身なんか?」
 「ええ」
 「もうダメじゃな」と戸主の弟に言われ、秋山さんは苦笑しながらグラスを傾けました。
 「どうも今の若い者の気が知れん。結婚はせん。たとえしても、子を作らん。また作っても、親や託児所に預けっ放しだし、たまに自分が育てると、これがろくな子にならんと来とる。いったい日本はどうなるんじゃろ?」
 「少し静かにせえや」と戸主が弟のグラスになみなみとビールを注ぎました。「おまえもろくな子にならん、ならんと言われながら、けっこう立派に育ったろうが。同じことじゃが」
 「いや、違うぞ!」と弟はさらに大声を張り上げました。「わしは言いたいことをはっきりと言ったし、やりたいようにやって来た。常にストレスを解消していたわい。ところが今の子供と来たら、塾とテレビゲームばかりだから、気持ちが内にこもってしもうとる。そして、いったん外に向かって爆発すると、人殺しにまで行くわなあ」
 「だけど、おれはそんな子供じゃないんですよ、44才なんだから」と秋山さんが言うと、
 「同じことだわい」と弟はぐいとビールをあおるのです。「独り身じゃあ、人生の本当の姿は分からん」
 「それなら、坊さんも分からんことになるぞ」と戸主が茶化すと、
 「おまえは何も知らんなあ!」と弟がぐいと兄にグラスを差し出しました。「真宗は肉食妻帯主義なんじゃ。うちの和尚がスケベの生臭坊主だから、女房を隠し持っとるわけじゃない。従ってじゃな、人生もよう分かっとられる。なあ、和尚?」
 しかし、僧侶はニコニコするばかりで、時に相槌を打ったり話しかけたりしても、席の中心に坐っていながら話題の中心に入ろうとはしませんでした。そしてまもなく引き上げて行き、その場はさらに戸主の弟の独壇場となったのでした。
 ……
 「秋山さんが今まで法事を知らなかったとは、驚きですね」と法蔵寺さんは微笑みます。「それがサンボリスムに見えたのは、さらに驚きだけど」
 法蔵寺の本堂と庫裏とを結ぶ玄関の窓際に据えられた椅子に腰かけて、秋山さんは空池の向こうに見えている中庭の一角で緑の葉の下に赤い実を結んだマンリョウに目を止めました。飛び石の続く白砂の中に、それはいかにも冬の空気に張りつめ凝固した鮮やかさだったのです。
 「何もあの赤さと冬と必然的な結び付きがあるわけではないけれど」と秋山さんは語るのです。「少なくとも中年を越えた日本人の目にはそう映る。それと同じ効果を焼香に感じて、新鮮だったね」
 「お経もお念仏も、ある意味では同じでしょうね」
 「どういうこと?」
 「お経は聞くだけでは分かりにくいために、かえって畏れ多い印象があるでしょう」と法蔵寺さんは説明しました。「ときどき現代語訳のお経が聞きたいという人がいるけど、そういう人はたいていお経に対して批判的ですね。分からないから敬虔に聞くか、あるいは批判的に聞くかで、その人の物の考え方が分かります。もちろん、それは何でも盲目的に信じればいいということではありませんけれど」
 「確かに、日本人は精神的に言えば神秘主義、社会的に言えば権威主義の傾向が強いよな」
 「仏教的に言えば、密教でしょうけどね」
 「ただ、ナムアミダブツと称えるだけで救われるというのも、密教と五十歩百歩だろう」
 「それはちょっと違いますねえ!」と法蔵寺さんの語気は強まらざるを得ませんでした。「なるほど、確かにお念仏によって救われるんですけれど、そう説かれただけでは納得できない人が大半でしょう。称えたあとには理屈も必要なんですよ。
 その逆、つまり理屈が分かったら称えるといったものじゃありません。それはちょうど、生きているからその意義を問うのであって、生きる意義があるなら生き、ないなら死ぬというものではないのと同じことです。『生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ』というハムレットの台詞は、自我中心の西洋、あるいは若者独特の思考であって、余り普遍性はありませんね。
 まずナムアミダブツと称えることです。しかし、なぜ称えるのか?.その意味を問うのが聴聞です。だから称名と聴聞とは表裏一体の関係、コインの裏表のようなものですね。
 浄土真宗の寺で伝統的に法話が重視されて来たのも、そういう事情があるからです。ただ現実問題として、寺に参って来る多くがお年寄りであってみれば、法話の内容がお年寄り向きになるのは不可避ですね。だから若者には向かないし、都会で暮らす働き盛りの人々の胸にも届かないでしょう。しかし、戦後ずっとエコノミック・アニマルでやって来て、それだけで生きて行く不安がバブルの頃から芽生え、それが新興宗教の隆盛につながってるんでしょうね。
 寺の法話ではしばしばアミダブツを親にたとえ、『親の心子知らず』といった切り口からお念仏の意義が説かれるけれど、現代人にはなかなか通じない。と言うのも、それは、親子関係を重視した儒教が社会通念として広く行き渡っていた時代の産物だからでしょうね。対機説法は何も説法する相手の性格に即すというだけじゃありません。時代に即した説き方が求められるだろうし、そもそも、浄土教は末法思想という時代精神に合致したからこそ、かつて広く流布したわけです。
 では、今の時代精神は何かと問われれば、『個人主義』と答えるべきでしょうね。自由も平等も、結局のところ、そこに帰着しますから。それを仏教用語で言えば、『自我』あるいは『凡夫』や『煩悩』が前提にされているということでしょう。しかし仏教の理想は『無我』だから、そこにどうしたって齟齬が生じる。今の文明とかけ離れたところにロマンチックに仏教の理想を語ることはできるかも知れないけれど、それは単なる夢想か、一部の特権的な人にのみ可能なことですよね。
 浄土教は死後の悟りにすべてを賭ける教えです。生きている時にやりたい放題をして、死ぬと今度は悟ろうというのは、虫のいい話だと古来、批判されて来ました。しかし、いずれ救われるのだから好き勝手にやればいいというのは、薬があると居直って毒を食らうようなものだ、それはアミダブツの本願を試す不敬行為だ、と親鸞聖人自身、たびたび諫められているところです。
 そうではなくて、就職し結婚して家庭を設ける、そしてその中でさまざまな喜怒哀楽を体験しながら人生を全うしていく一般の人々の救いが目指されているんです。
 その救いのジャンプ台としての儒教はすでになく、代わりに個人主義が流布しているのだと、ぼくは言いたいですね。
 すると、そこで何が最も語られなくなったのか?.それが『死』だと、ぼくは言いたい。『個』が絶対なら、『死』はその対極に位置するものだからです。
 『浄土』とは『死後の世界』ですよね。死後の世界を冷静に語る勇気をぼくたちは持ちたいし、それは必然的に『個』を超えた世界、仏教でいう無我の境地、悟りの世界に切り結ばれて行くものではないでしょうか?」
 法蔵寺さんの長広舌に、
 「それは要するところ、『信じる者は救われる』式の世界だな」と秋山さんは笑います。「おれにはまだ(永遠に、かも知れないけど…)ついて行けないや」
 「どうしたって、まず信じることから始まるんですよ」と法蔵寺さんも笑いました。「だって、人の生き死にに理屈はないんだから」
 「だけど、生きている間の理屈も必要だろう」
 「だから、仏教では色即是空・空即是色とか、一即是多・多即是一とか、生死は仏家の調度なりとか、義なきを義とすとか、さまざまな説き方で両者の関わり合いを論じているんです」
 「すると、現代は何が最も有効なんだろう?」
 「個が前提であるからには、個を自我や煩悩として見据え、その救いをアミダブツに託した浄土教が、末法思想とも儒教とも切り離された新しい形で語られることではないでしょうか?.仏法では語ることが聞くこと、聴聞にもなるんです。ナムアミダブツと称える瞬間々々に、秋山さん流に言えば、救いの世界、悟りの境地と象徴的に切り結ばれていくんです。アミダブツの本願の意味を知れば知るほど、その結ばれ方が強くなるんです。そういう意味でナムアミダブツは大いなるサンボルであり、われわれはみんなサンボリストになる必要があるのでしょうね」