夢の中へ
 
 畠山の奥さんは石垣の上の築地塀から太く真っ直ぐ空に向かって枝を広げているモミの木を仰いでいたのです。すると、モミの先から木全体に渡って微妙に震え出し、かつて経験のない地響きが足元に低く強く伝わって来たのです。地の底深くドッドッドッ!と駆け足でやって来る地鳴りに本能的に恐怖し、奥さんは踵を返して一目散に石垣の前の道を駆け抜けつづけ、地が震え天が揺れるのを確かに感じて、着物の裾を乱してハッハッハッ!と息せき切って段々畑の広がる傾斜の緩い地点までたどり着き、立ち止まって改めて振り返ると、灰色の雲が大きく渦巻いている空いっぱいに響き渡る地割れの音と共に、ちょうどスローモーション・ビデオでも見るようにゆっくりと、屋敷の裏の山が俄かに崩れ落ち、たちまち竹林を呑み込みそのまま幾棟もの屋敷になだれ込み多数の庭木をなぎ倒した勢いでミシミシッ!と鈍く石垣をも突き崩した茶褐色の土砂が、まるで露出された内臓のような生々しさで平地の田んぼに大きく広がって行くのでした。
 「ああ、金蔵さん!」と畠山の奥さんはその時やっと、前を歩いていた作男の金蔵さんを思い起こしたのです。耳の遠かった金蔵さんは不気味な山の変化に気づかなかったに違いありませんが、滔々と横たわる土砂を前に奥さんはなす術を知りませんでした。そしてテレビ・ニュースで放映され、翌日の新聞のトップを飾った畠山家の倒壊現場に自衛隊の救助隊員が4、50人集まって、手作業で土を掘り起こし、4日後に金蔵さんの遺体を発見したのです。
 F市の畠山家と言えば近隣に知れ渡った由緒ある資産家で、四千万円をかけた屋敷の大修復が完成したばかりのことだったのです。わざわざ京都から庭師を招いて北山杉を使い苔も京都のものを植え付けたといいますが、昔からある2本のモミの木のうちの1本が残ったばかりです。黒い漆を新たに塗った太柱も全て倒れ、葺き替えた屋根の瓦は土の中に四散してしまいました。ただ、さすがに畠山家の桐の家具は強靱だったため、衣類の損傷はほとんどなく、書類を収めた金庫類もまた無事だったことは、不幸中の幸いと言えましょう。
 畠山御殿があった地は災害指定地域にされ、もう住居は建てられなくなりましたし、ご主人も奥さんも、その地に未練はありませんでした。
 「200年間続いた屋敷がわたしの目の前でアッという間に消えてしまいましたもの」と畠山の奥さんは、金蔵さんの百カ日の法要に来た法蔵寺さんに語りました。「まるで夢を見ているようでした。今でも夢の続きではなかろうかと時々思います」
 「自然災害の少ない地だから、とりわけその感が大きいですよねえ」と法蔵寺さんも腕組みをして唸ります。「ぼくもテレビで知った時にはびっくりしました。まさかご門徒の家が台風による土砂崩れの被害に遭おうとは思いもかけませんでしたから。しかも畠山さんのお宅が!」
 「あんな危険なところによく住んでいましたねえって後からみなさん口々に仰いますけれど、昨日今日住み出したわけじゃございませんのよ」
 「住めば住むのが当たり前、災害が起これば起こるのが当たり前なのが、世の人の受け取り方でしょうね」
 「そうですねえ!」と奥さんは深い溜め息を吐くのです。「なぜわたしたちの代にこんな災難に遭ったのでしょう。どんな因果があるのか、ご住職に伺いたいくらいです」
 「そんな迷信に陥っちゃいかん」と、口髭を生やしたいかめしい顔つきのご主人が横から言いました。「こういう時に、人はとかく迷信に傾きがちだ。そして下らん信仰を奉ずるようになる。もちろん、ご住職のことを言ってるんじゃありませんよ」とご主人はすぐ補足しました。「いわゆる新興宗教の類いです」
 「危機意識をあおるのは、布教の常套手段の1つですけどね」と法蔵寺さんは笑います。「世紀末とか、ノストラダムスの大予言とか(もっともこれは外れたようですが)、黙示録とか、キリスト教の世界にもいろいろありますよ」
 「新興宗教ばかりじゃないわけですな」
 「伝統宗教も昔は新興宗教でしたから」
 「わしも昔は若かったようなものか」
 「誰だってそうですよ。ぼくも昔は若かったですしね」
 「だが、ご住職はまだ若い」
 「『まだ』と比較の上で若く見えることもありますが、もう青年じゃありません」
 「そりゃそうですな」
 奥さんが法蔵寺さんの前の煎茶茶碗にまたお茶を注ぎ、
 「どうぞ」と勧めます。
 「ありがとうございます」と法蔵寺さんはまた一口、喉を潤すのです。「それにしても、別宅が無事でよかったですねえ」
 本宅と畑を隔てた山際に、畠山さんは長男夫妻のために20年前に別宅を建てていたのです。しかし、長男は定年になるまで東京から帰る意志がなく、今は金蔵さんが管理していて、その座敷の床の間に、掘り起こされた仏壇の本尊を祭り、金蔵さんの遺影を掲げ、百カ日の読経が唱えられたのです。
 「金蔵さんにはお気の毒で…」と奥さんは涙声になりました。「一言知らせてあげれば、お年寄りとはいえ男の人ですから、逃げられたかも知れませんのに…」
 「そりゃ無理だ」とご主人は顔をしかめました。「おまえより10才も年上だよ。それに最近は膝が悪いとこぼしてたのはおまえも聞いてたじゃないか。いつまでも自分を責めるのはやめなさい」
 「そうは言ってもまだ夢に見ますもの」と奥さんは愛嬌のある笑顔を曇らせるのです。「ご住職、わたしたちは本当に脆い地殻の上に暮らしているのですね。百年、二百年に一回の地震など、地球にとって日常茶飯事のようなものなのに、百年生きられないわたしたち人間は、起きるたびに大騒ぎをしてますもの」
 「日本じゃ百年に一回じゃないぜ」とご主人は笑います。「一年に百回は起こってる」
 「大きな被害のある地震のことです」
 「今回は台風が原因だけどな」
 「だけど、あなたに予測できました?」
 「出来てたら、屋敷の修復なんてしてない」とご主人は口髭の間からフッと白いタバコの煙を吐き出し、畑の向こうの、コンクリートで塗り固められたばかりの山肌を眺めました。「うちばかりじゃない。この地方は風水害に対する危機意識が薄いから、今年の台風によって至るところで家屋の倒壊や浸水があったんだ」
 「人間なんて脆いものですね」と奥さんは再び法蔵寺さんに語りかけました。「明日のわが身も分からないで呑気に暮らしていますもの」
 「おいおい、出家でもするつもりか?」とご主人が冷やかすと、
 「したいくらいの心境です」と奥さんの愛嬌のある顔がキリッと締まりました。
 「ご不幸を逆手に取った説教はぼくの好むところではありませんが…」と法蔵寺さんは何か語らざるを得なくなりました。「今を生きていることは決して当たり前のことじゃないと気づかれたのは、よかったんじゃないでしょうか。人はいずれ死ぬものですけれど、自らもまたいずれ死ぬものだとは、なかなか納得できないですよね。まだ夢を見ているようだと仰いましたが、この世が実は夢なのかも知れませんよ。夢をハッキリ夢だといま気づかれたのかも知れません。
 もちろん叩かれれば痛いし、刺されれば血も出るし、死ぬことだってある。確かに生きていることと死ぬこととは天地の差があるけれど、それもまた、比較の問題でしょうね。人間の平均寿命が50年から80年に、あるいは100年に延びたと言っても、千年生きられるわけじゃない。一万年生きられるわけじゃない。ましてや地球の何十億年という歴史と比べると、人の命など夢のまた夢ですよ。
 だからはかないと考えるか、あるいはありがたいと受け止めるかで、その人の生き方が大きく変わりますよね。ところが、その人生の一大事から目を逸らさせている最大原因が、『自我』だとぼくは考えます。『わたし、わたし』で生きているから、『わたし』の向こうが見えないんですよね。いずれ必ず消滅していくのが『わたし』の世界であるにもかかわらず、『わたし』がある限り、すべて『わたし』中心に動いていますよね。それは、『家庭』と言っても、『会社』と言っても、『国家』と言っても、あるいは『人類』と言っても、結局、同じことでしょうけど…。
 だから、仏教は出家を通してそうした自我に満ちた世界を超える生き方を求めて来たんです。『生死を超える』とはそういう意味ですが、誰もが出家できるわけじゃない。と言うか、むしろ大半の人々は在家の形で、いわば社会人としての人生を全うしなければならんでしょう。そういう人々が、それでも『生死を超える』道に与る方法が、ナムアミダブツなんです。
 仏に任せて、死後の浄土で悟る。いや、悟らせていただくと深く信ずる喜びこそ、浄土真宗の求めるところです」
 「するとご住職」とご主人は半ば冗談、半ば真剣な面持ちで尋ねました。「そういう信仰のある人は、人間が出来るんでしょうか?」
 「さあ、どうでしょう」と法蔵寺さんは腕組みをして考える風です。「人間が出来るとはどういう意味かにもよるでしょうけどね」
 「いや、難しいことじゃありません。ストレスの溜まらない平穏な日々を送ることができれば、実に幸せなことだろうと思っただけです」
 「それは少なくもぼくには当てはまりませんねえ!」と法蔵寺さんはふっくらと張りのある頬を輝かせて笑いました。「ぼくの頭の中にはいろんな雑念が駆け巡って離れません。お念仏を唱えると、かえって鏡のように明らかに、心の中の魑魅魍魎が映し出されることも少なくありませんから」