卒業
 
 明治以降、ごく近年まで文学がいわば宗教の代役たり得たのは、欧米文化に対する憧れの反映もあったに違いありません。わたくしの青少年期は文学全集の盛んな時期でしたから、まだその大きな波は続いていました。高校の時、新潮世界文学という個人選集を束ねたように1冊1冊が厚くて高価で、しゃれた装幀の全集が刊行されています。その第1回配本は『シェイクスピアT』でした。その後、スタンダール、カミュ、ヘミングウェイ、トルストイ、ドストエフスキー等々、続きましたが、文庫本で好きになった作家の多くの作品を、2段組にしては字体の大きな豪華本のページをめくって読み耽ると、そこには夢のような未知の世界が魅力を放っていたものです。
 わたくしがルソーを知ったのは大学に入ってからですが、その自然讃歌に触れ、あたかも旧知の作家に出会った錯覚に陥ったのは、いま思えば慣れ親しんだ作家たちに彼の影が深くさしていたからなのでしょう。スタンダールにせよ、トルストイにせよ、あるいはカミュにせよ……。
 わたくしの通った高校は地域の進学校でした。ちょうど高度成長期のまっただ中でもあり、同級生たちは表向きは成績軽視の素振りを示しつつ、裏では激しい競争意識が見え隠れする人間が大半でした。相手に優越意識を味あわせた後でショックを与えるさといった歌詞の、当時はやった『高校生ブルース』さながらの高校だったのです。もっともそう感じたのは少数で、あるいは大半の生徒はそれほどの意識もなく、いわゆる青春を謳歌していたのかも知れませんが……。
 東京の一流大学が生徒たちの進学の目標である中、わたくしが北海道に憧れたのは、ロシア(当時のソ連)に近い、しかも大自然が日本で唯一広がる地だったからでした。
 「寒いと大変なんだぜ」と学生時代、信州で下宿生活をした経験のある、同じ下宿の隣の部屋の大学院生が言ったことがあります。「風邪を引いて外に出ると、鼻汁が凍ってそれが鼻を傷つけ、それがまた凍るんだ。温室育ちには酷な環境さ」
 「オレは痩せているから、さらに困ったかもね」
 「違いない。北海道なんて、それこそ地獄行きだ」
 「住めば都って言葉もあるけどな」
 「住む場所に依るさ」
 その時ふっと想起したのが、ヘミングウェイの『日はまた昇る』の初めあたりで主人公のジェイクがロバート・コーンに語った忠告です。
 『どこに行ったって自分からは逃れられない』というジェイクの言葉は事ある毎にわたくしの胸に去来し、そして50年近い人生の大半を、生まれ育った寺の中でわたくしは生活していますけれど、コーンは、
 『パリがイヤなんだ。南アメリカに行きたいんだ』と執拗に繰り返しました。
 それほどパリがイヤなら仕方ないとジェイクはあきらめますが、「寺」に対するわたくしの気持ちには今もって愛憎相半ばするものがあります。そして「仏教思想」には強い関心を若い頃から抱き続けてきました。
 「仏教思想」と言っても大げさなものではなく、幼いころ初めて親から与えられた絵本が釈尊の生涯で、その挿話の1つ1つがなぜか心に刻み込まれたのです。そして何度も何度も1つの部屋(どの部屋でもよかったのですが)に入った時からボクはすばらしい人間になるんだと心に誓い、その敷居をまたいだ瞬間からたとえば歩き方など心して変えて、正面を見たまま直立直行などしたものでしたが、もちろん長続きしませんでした。
 とにかく「世間」と1つ溝を隔てているという意識は常にありました。いわゆる差別する・されるの問題ではなく、世間の外にいるという感覚です。
 文学はわたくしを高校の外に置いてくれるものだったのかも知れません。北海道もまたその1つだったとも言えるでしょう。
 「この成績だと国立大学は難しいな」と高校3年の1学期の懇談の席で担任の先生は言いました。「有名私立大学もムリだ」
 わたくしは顔から血の気がサッと引くのを覚えたものです。高校2年まで実力試験で北海道の大学への合格可能性はずっとAでしたから、たった数ヶ月の間に一斉に競走馬が走り出し、自分だけ取り残された焦燥感に襲われたのです。
 「キミは今まで通りやっているつもりなのだろうが、みんな必死で追い上げて来ているんだ」と先生は諭しましたが、だからといって急に受験勉強を始める意欲は湧きませんでした。
 そうして高校3年の夏休みを悶々と、勉強もせず読書もせずに過ごした8月31日、わたくしは1ヶ月前に出したラブレターの返事を受け取りました。今は京都の大学めざして勉強に忙しいという丁重な断りの文面を見て、よし、オレも京都に行こうと決意し、2学期から猛烈な勉強を開始しました。そして1年遅れて同じ大学に入って、同じ喫茶店の同じ夜のコーヒーを飲みつつ、
 「それでもかまわない」とM子に言われたものです。「恋の形はいろいろあるはずだもの」
 「そうだろうか」とわたくしは納得できませんでした。「あなたの本当の姿なんてオレには初めから見えていなかった。『パルムの僧院』のファリブスが『恋に恋していた』って自省する場面があるけど、まさにそれさ」
 「それでいいじゃないの」とM子はキラキラ光る瞳で見つめました。「恋ってそういうものでしょう」
 「そうかな。何か不自然だな」
 「恋って不自然なものよ。そもそも人間自体、不自然な存在なんだから」
 「なるほど、服も着ていれば車にも乗るし、街も作る。そんな動物、他にはいないものな」
 「そうよ」
 「恋はセックスを糊塗するための幻想か……」
 「違う?」とM子は挑戦するような表情でした。
 コーヒーグラスを手にしてジッと、狭いアクリルカバーのテーブルを見つめていたわたくしは、
 「違うと思う」と答えました。「恋は恋で終わるものじゃなくて、真理に至る1つの階梯なんだ。そこを突き抜けて初めて、肉体に左右されない絶対の真理を体得できるんだ」
 「それこそ不自然の極みじゃないの!」
 「それが本当の自然じゃなかろうか?」
 「ごまかしだわ」
 「それはオレにも分からない、まだそこに至っていないから」
 夏の夜の、もうわたくしたちの他には客のいない、学生街の喫茶店の窓際の席でした。外は赤煉瓦の壁で、室内は白く、BGMが低く流されている中、カウンターの奥のマスターは時々こちらに目線を送っています。
 白地に青の横縞の入った袖なしシャツのM子の胸が意外に盛り上がって見えます。小ぶりではあっても、それは確かな手応えをそそりましたけれども、「出ようか」とわたくしは言いました。M子も立ち上がり、こうして外に出ると、2人は別の方角にあるそれぞれの下宿をめざしたのです。
 それから2年後、確かに「真理」はわたくしの目の前にありました。
 しかしそれから10年間、その「真理」の呪縛を逃れるための悪戦苦闘の日々が続きました。それはまた、文学青年を卒業するための日々でもありました……。