YONDA?

ジャンルや出版社には特に関係なく、なんとはなしに
思い出のある書籍についてつらつら書いてみるページです。

 

Index   ジャンル別/タイトル別索引
■児童文学

『ライオンと魔女』
『朝びらき丸 東の海へ』
『二年間の休暇』
『くまのパディントン』
『冒険者たち-ガンバと十五匹の仲間-』
『ぼくのまっかな丸木船』
『青い羽のおもいで−立原えりか童話集3−』

 

■文芸

『日本の詩歌14 萩原朔太郎』
『御伽草子』

■SF/FT

『戦闘妖精・雪風』
『グッドラック 戦闘妖精・雪風』
『敵は海賊・猫たちの饗宴』
『星を継ぐ者』
『歌う船』
『旅立つ船』
『夏への扉』
『たったひとつの冴えたやりかた』
『合成脳のはんらん』
『スタータイド・ライジング』
『猫の地球儀−焔の章−』『同−幽の章−』
『かめくん』
『北野勇作どうぶつ図鑑 その4 ねこ』
『サムライ・レンズマン』

『第六大陸』
『星虫』『鵺姫真話』『イーシャの舟』『鵺姫異聞』

■ミステリ/ホラー

『陰陽師』
『陰陽師 瘤取り晴明』
『ぬしさまへ』

『こころげそう』 New
『亡国のイージス』

簡易版 本読み日記

最近買った/読んだ本とか、大雑把な評価とか。
ツッコミやお勧めなど、管理人以外の方の書き込みも歓迎です。

■その他

『天使の世界』
『ねないこだれだ』

『ねこの肉球 完全版』


児童文学

『ライオンと魔女』(C・S・ルイス 瀬田貞二訳/岩波書店)
 全部で七篇ある「ナルニア国物語」の第一作(シリーズ中の時間軸では二番目の話となる)。かくれんぼ遊びの最中に少女ルーシーが入り込んだ衣装箪笥は異世界ナルニアへと繋がっていて───、と云う導入部から始まるかなり有名どころのファンタジー児童文学。
 第一作だけあって、全七篇の中でも一番面白いと言い切ってもまず間違いないかと。ムダとは知りつつ、何かを期待して洋服ダンスの中に入ってみた思い出と共に。

『朝びらき丸 東の海へ』(C・S・ルイス 瀬田貞二訳/岩波書店)
 上にもある「ナルニア国物語」の3作目(作中時間では5番目か)。ナルニアを発ったカスピアン王子の船・朝びらき丸は世界の終わるところを目指し、あちこち怪しい島々に寄り道しつつ東の大海の果てへと。
 朝びらき丸に乗り組んでる面々の中でも、物言う鼠一族の長にしてナルニア一勇敢な騎士リーピチープ卿が特に昔からもの凄くお気に入りでした。身長60p(くらい)の高潔な騎士様ってなんか良くないですか? と変にピンポイントな趣味を前面に押し出してみたり。なお、序盤から中盤にかけてのユースチス君については何度読んでも仮に目の前にいたらどつき回したくなる気持ちを禁じ得ませんが、とある出来事を経て性根が幾ばくか叩き直った後ではむしろエドマンド(改心後)よりも好感が持てます。

『二年間の休暇』(ジュール・ヴェルヌ 朝倉剛訳/福音館)
 『十五少年漂流記』の方が世間的にはメジャーなタイトルかも。かく言う自分も家の本棚にあったのを開いてみるまで同じ物だとは気が付きませんでした。
 時代的背景とか国民性とか色々有るんでしょうが、作中でしつこいくらい「イギリス人の野郎、フランス人差別しやがってコンチクショウ」的な匂いのする記述が見られる割には「モコは黒人なので選挙権(無人島生活でのリーダーを選出する為の)はありませんでした」などとへろっと書かれてある辺りが流石は昔の西欧人が書いたお話って感じで。給料も払ってないのに誰のお陰でまともな食生活送れてると思っているのか。

『くまのパディントン』(マイケル・ボンド 松岡享子訳/福音館)
 呑気なお人好しの中流家庭、ブラウン家の日常に一匹の仔グマが訪れたその日から、ロンドン郊外の住宅地ウィンザー・ガーデン三十二番地の平穏はどこへやら。サイズ的にも色(但し風呂に入った後のみ)的にも、生きて動くテディベアとしか思えないパディントンの行くところ行くところとにかく騒動が巻き起こり、関わった人は(大概気の毒なくらいに)ヒドイ目に遭わされるものの最後には何故か大抵丸く収まり(時として大黒字)おおむねハッピー。ロンドンの人々はクマがウロウロしていることには驚いても、何故かソレが人語を喋っていることを意に介しはしないご様子です。いわば街中に子供部屋の魔法が掛かった物語の世界は、ほんわかとしつつも結構(いかにも英国らしく)キッツいネタ混じりの温かさ。しかし今時「暗黒の地ペルー」って云うのはだいぶマズくないですか? ていうか南米の方では売られてないんでしょうかこの本。
 それはそうとシリーズ7作目の『パディントン妙技公開』でシティの証券マンであることが発覚(?)した一家の主ヘンリー・ブラウン氏ですが、彼は何であんなに家の中で立場が弱いのでしょうか。家族に愛されてはいるみたいだけど奥さんからの扱いが結構ヒドイですよ初回の冒頭から。

『冒険者たち-ガンバと十五匹の仲間-』(斉藤惇夫/アリス館)
 一部の世代の人には多分アニメの方が有名かも。アニメではキャラクターがニコイチされたり削られたりして七匹だったけど原作では十五匹もいてしかも挿し絵はリアルな鼠。アニメよりも先にこれを読んでいたので、「なつやすみこども劇場」か何かでアニメの再放送を見たとき激しく違和感があったと言います。
 ていうかアニメにはイダテン出ないのが問題だと思います。個人的な趣味ですが。ガクシャも何だかファンシーなメガネ君になってて、原作の偏屈なインテリぶりが好きだった身には少々辛いものが。ボーボなんてマンプクとキャラが合体させられてて最終回までピンピンしてるから原作で一番好きだったシーンが出来なかったし(ソレを言うなら潮路嬢もそうなんだけど)。いやまあ確かにみんな生きてる方がハッピーエンドっぽいんですけど。

 そして気が付けば読書感想文でも何でもなく、アニメ版に対する文句付けにしかなってないわけで。

『ぼくのまっかな丸木船』(久保村恵/国土社)
 小学校3年生の時、教室近くの廊下の本棚にあったのを何とはなしに読んで、後々怖い記憶だけが残ってしまった曰く付きの本。あれ以来どこを探しても見付からないので下手をすると幻だったのかも!? とかうっかり思ってしまったことすらありました。
 ストーリーは、小学6年生かそれくらいの主人公の男の子が、プールの帰りに行方知れずになった同級生(多分)を追ううちに、子供を攫っては半魚人(水棲人か?)に改造するというマッドサイエンティストの野望を阻止するとかそんな内容。マッドサイエンティストが子供を誘い込むために使う赤い丸木船の不気味な感じとか、半魚人にされた子供のサカナっぽい顔(目に瞼がない)とかのおどろおどろしいイメージだけが、未だ強烈な印象として残っています。
 「私も読んだ!」という方いらっしゃいましたらお便り下さい〜、などと言ってたら結構反応して頂けたのでひと安心。やっぱりアレは梅雨時の幻じゃなかったんですね!(安堵)

 ちなみにSFオンラインのバックナンバーでもこの本の実在は証明できたのですが……表紙の絵、怖ッ!!

『青い羽のおもいで−立原えりか童話集3−』(立原えりか/角川文庫)
 シーズンはずれの別荘村で友達を欲しがっていた幼い兄妹、ひがしとみなみは近所に引っ越してきた不思議な手品師一家と出会う。樫の枝の上で生活し、風や星や鳥、人間の目には映らないものと交流できる、美しい翼を持った人達。夢のような一年が過ぎ、友達の「あの子」が10歳の誕生日を迎えたその日……

 最初に表題作を絵本で手にしたのは小学生の時で、綺麗なイメージと共にだいぶ残酷な匂いもするエピローグがひどく印象的でした。20年近く経ってから短編童話集という形で再会、改めて読んでみると他の物語にもその感触は共通していて何となく納得。純粋さを失って夢の世界と永遠に決別してしまうのか、もしくは汚れることを拒絶しこの世の全てを捨て去ってしまうのか。いずれの選択にも付きまとう、ある種の幸せと不幸。
 ところでこの「青い羽のおもいで」という物語で今も昔も一つだけ腑に落ちない点といえば、作中での視点はずっとひがしとみなみ兄妹の側に置かれていたのに、何故かプロローグとエピローグでは妹の知人らしき「わたし」と兄妹の父(かもしれない?)「おじいさん」との関わりのみで一切が述べられている事。とりあえずそこで妹の行方については触れられているようなのに、本編中の主体というか狂言回し的な存在だった兄の事については一切言及されてません。どうしてこんな構成なんだろう?

SF/FT

『戦闘妖精・雪風』(神林長平/ハヤカワ文庫JA)
 30年前、南極大陸に出現した超空間通路から現れた異生体ジャムと地球人類の戦闘は「通路」の向こう側にある惑星フェアリィで未だに続けられてい た。地球へのジャム侵攻を阻むための防壁として通路の向こうに設けられたフェアリィ空軍(略称FAF)内の一組織、特殊戦第五飛行戦隊SAF-V、友軍を見殺しにしてでも戦闘情報を収集し、確実に帰投しなければならないという任務を負った「ブーメラン部隊」所属パイロット深井零中尉と彼の愛機・スーパーシルフィード「雪風」 。他者と触れ合う事を厭い、愛機の機械知性のみを信じる零が雪風を駆るフェアリィの空の下、地球人とFAF、ジャム、そして地球人が自ら造り出した電子機器群の「意志の疎通の出来なさ」だけがどんどん浮き彫りにされていく様子 が硬質ながらも鮮やかな文体でつづられていく。
 雪風に対してナイトライダーのKITTとかソレ系の人格搭載型乗り物コンピューターな感じのコミュニケーションを期待しているとまず泣きを見ますが(<見たらしい)、何だかラストの突き放されたような感じが妙に後を引いて、一読目には自分でも気持ち良かったのか良くなかったのかいまいち判断しかねて困ったことも。

『グッドラック 戦闘妖精・雪風(神林長平/早川書房)
 愛機・雪風から袖にされた(と思い込んだ)ショックの余りついつい3ヶ月も植物状態に陥っていた特殊戦パイロット、深井零中尉。軍務に復帰し雪風との信頼関係を取り戻すための努力を続ける彼の前に、口の減らない女医さんと昔の自分を見るような新入りフライトオフィサが現れ人間関係は複雑化を辿る一方(9割ウソ)。
 かなり衝撃的だった前作のラストから新規蒔き直しの急展開で人類とジャム、人間と機械知性、FAFと地球、そして人間と人間、前作で突き詰められたテーマ「コミュニケーション出来ないということ」から一転して「それでもコミュニケーションを試みてみること」をあらゆる手段で模索していく登場人物たち。

 ところで、このシリーズ読んでるとどうにも鳥肉食べるのが怖くなって困ります。

『敵は海賊・猫たちの饗宴』(神林長平/ハヤカワ文庫JA)
 お天気のいい日に刑事と猫と宇宙船と軍人さんとで楽しい草野球。但しルール無用のほとんど殺人ベースボール。
 とまあ、そういうのとは別に、人間とかの知らないところで情報戦略コンピューターとかの人工知性体たちが何か勝手にやってるような居心地の悪さが微妙にあったりする辺り、他の作品とも通底しているお約束のような。

『星を継ぐ者』(ジェイムズ・P・ホーガン 池央耿訳/創元SF文庫)
 月面で宇宙服を着た5万年前の死体が発見されたお陰で学者先生がた大騒ぎ。予想も仮説もどんどん覆る、最後の最後までオチの読めない空想科学小説。与えられた情報からパズルを組み立てるように真実へ迫っていくのは楽しい……けど、心憎いラストへと辿り着くまでには各分野に渡る研究レポート(しかも長い)を読まなければならないのがちょっと大変。

 事の真相はシリーズ続編『ガニメデの優しい巨人』『巨人たちの星』で次第に解き明かされ、更に『内なる宇宙(上下巻)』へ続きますがでもやっぱり1作目が一番面白いような気がするのは個人的見解ってところで。
 読んでて時々、未来への展望がやたらに楽天的すぎるのが却って不安な気持ちを誘います。

『歌う船』(アン・マキャフリー 酒匂真理子訳/創元SF文庫)
 聡明な頭脳と宇宙一の美声を持つヘルヴァはお年頃のレディ、但しボディはチタニウム製の最新鋭宇宙船。
 ガジェット(道具立て)SFの傑作とか聞きますがそれ以前にラブコメSFだったというのが正直な感想。不自由な身体と引き換えに、宇宙船へ耐久チタニウム殻入りの脳を納めたサイボーグである以外には主人公はわりと(古典的な)普通の女の子っぽく、頭脳は優秀だけど感情的でロマンチストでだいぶムラのある性格は恋愛ものハリウッド映画ヒロイン的。頑丈で高性能な身体にナイーヴな乙女心を乗せて、恋をしたり歌ったり嘆いたり女同士の友情を築いたり犯罪に巻き込まれたり勿論バリバリ働いて借金を返したり色々しながら宇宙を駆け巡り、最後には誰よりも自分を愛してくれてる有能なナイスガイをゲットですよ!?(違)
 ただ、翻訳者の文体がいまいちリズム悪いっていうかあんまりスッと入ってくる感じじゃないのが難と言えば難かもです。原書で読めたらもっと楽しめるのかも?(無理)

 でもこの話の何がスゴイって、人類が外宇宙に移住しているご時世に情報記録媒体が磁気テープ。

『旅立つ船』(アン・マキャフリー&マーセデス・ラッキー 赤尾秀子訳/創元SF文庫)
 宇宙考古学者の両親を持ち、聡明で柔軟な頭脳を持った7歳の少女ヒュパティア(以下ティア)は原因不明の奇病に冒され身体の自由を失う。彼女が夢を実現するためには「殻人(シェル・パーソン)」プログラムに組み入れられ「頭脳船(ブレインシップ)」としての人生を選択するしかなかった───
 『歌う船』の世界観を引き継ぎ(作中年代はだいぶ経過しているもよう)新たな「船」ティアをヒロインに据えたシリーズ第2作。第1作のヘルヴァと異なり7歳までは生身の「非殻人(ソフト・パーソン)」だったティアのメンタリティは他の頭脳船とはだいぶ違って妙にアグレッシブ。考古学探検局の派遣船として働くかたわら、子供の頃からの夢だった宇宙放浪種族の遺跡発掘やかつて自分を襲った伝染病の撲滅を目指したり、年季奉公(宇宙船になった際の経費を返済しないといけない)の身から自由になるため頑張って稼いだりと、自分の能力でやれるだけのことは目一杯やろうという姿勢が大変にステキです。仕事の片手間の財テクで思いのほかに大きく儲けた彼女は夢の遺跡発掘のため&パートナーのアレックスとの恋愛を成立させるためにかなり大胆な手段に出ますが……正直、あのオチはけっこう力技だと思いました。

 時代が進んだせいか訳者が違うせいか、テクノロジー関連の単語がわりあい新しいモノに。情報記録媒体もデータヘドロンだし。

『夏への扉』(ロバート・A・ハインライン 福島正実訳/ハヤカワSF文庫)
 一度この話のあらすじを誰かから聞いた時(確か「恋人と友人に裏切られて猫と一緒に冷凍睡眠していた主人公が目を覚ますと昔仲良しだった小さい女の子が妙齢の美人になって待っていたのでめでたく結婚した」とかいうような身もフタもない説明だった)「図々しい話だなあ」とか思ったりもしたわけですが、一応本物も読んでみようと思い立ってみたところ考えてたよりはダメじゃなかったっていうか……割と面白かったんで認識を改めました。一応その「都合のいい」結末にたどり着くまでには結構大変な努力と手間も掛かっていたわけですし。しかし冷凍冬眠とタイムマシンを併用するアイデアはかなり面白いと思うんですが、それでもやっぱり(前半の四苦八苦状態の反動かも知れないけど)やたらとトントン拍子に上手く行くラストの展開に一抹の胡散臭さは禁じ得ません。ついでに冷凍睡眠から冷めた「未来」の社会描写がかなりスゴすぎます。とても今年(このテキストUP当時)の話とは思えないっていうか。

『たったひとつの冴えたやりかた』(ジェイムズ・ティプトリー・Jr 朝倉久志訳/ハヤカワSF文庫)
 同じ宇宙を舞台とした3つの物語、「ファクト/フィクション(実話を元とした創作)」という形式の、「既に過去の出来事」としてそれらは語られる──銀河の渦状腕間の空隙、「リフト」と呼ばれる未開拓の辺境宇宙に進出した人類が遭遇する様々な危険、そしてファーストコンタクト。登場人物達はそれぞれの局面においてそれぞれの選択と決断を迫られる。少なからず犠牲を伴う「たった一つの冴えたやり方」を。
 既に起きてしまい終わってしまった物語に読者は介入できず、ただ記録を辿りその運命に思いを巡らせる事しかできない。そして優しくて残酷な、甘くて苦いような不思議な読後感が胸の片隅で棘になり残るのみ。
 川原由美子の手になる表装と挿し絵(やたら多い)のお陰か、何となく少女漫画っぽい雰囲気が増幅されてて照れくさい感じもちょっとだけ。

『合成脳のはんらん』(レイモンド・F・ジョーンズ 半田倹一訳/岩崎書店)
 手元に実物がないので記憶だけで。小学校の時「図書の時間」なる授業があって、ただ図書室で本読んでればいいという極楽タイムでしたが、その頃図書室の棚の片隅にあった「エスエフ世界の名作」というシリーズが特にお気に入りでした。名作古典SFを子供向けにリライトした活字の大きいハードカバーで、アシモフの『くるったロボット(『堂々めぐり』)』やヴェルヌの『地底探検(『地底旅行』)』などスタンダード系からハインラインの『超人部隊(『深淵』)』、ベリャーエフの『合成人間(『ドウエル教授の首』)』とかの子供にコレ読ますのはどうですか!? っぽい代物まで色々取り揃ってた訳ですが、これもまあ思い返してみればよく小学生にこんなもん読ませたなという部類で。
 内容はとある総合研究施設に所属している科学者夫妻(確かジョンとマーサ)が交通事故で死亡、気付くと脳だけが取り出されて研究所の巨大コンピューターに組み込まれており、夫妻の他にも既に他界したと思われていた科学者達が同様の状態にある。実は研究所の目的は優れた科学者を集め、その脳を使って最高の多目的コンピューターを作り上げる事だった。自分達の事故も脳を手に入れるために仕組まれたものだったと知った二人はコンピューターの中からラボ設備を操り、合成生物を作り上げてヒトの形に近付け、遂には法廷で研究所を告発する──な感じだったと。まあストーリーは置いておくとして、とにもかくにもゴセシケです。生物学の天才だった夫妻がラボの助手ロボットに作らせた合成神経細胞群塊(…で良かったっけ)、略してゴセシケ。後で聞いた話だと、どうも原書では「アレ」とか「カエルモドキ」くらいの呼ばれ方しかしておらず、「ゴセシケ」は訳者の方が自分で作ったそうでそのステキな言語センスに脱帽。んで、そのゴセシケが何ていうか子供心にも不気味で(挿し絵がまた禍々しかった)、その謎っぽい名前の響きと共に長く心に刻み込まれる事に。ラストの方の展開も子供心に相当泣けました。

『スタータイド・ライジング』(上・下)(デイヴィッド・ブリン 酒井昭伸訳/ハヤカワSF文庫)
 とある未来、偶然から異星人とのファースト・コンタクトを果たした地球人類は、その瞬間から重大な問題を抱える羽目に陥っていた──知的種族は須く「始祖」と呼ばれる偉大な種族により「知性化(準知的生物から宇宙航行可能な段階にまで知能を引き上げる操作)」され、以後五つの銀河系で連綿と連なる知性化と支配/奉仕の関係を築き上げてきた中で、人類は「主族(知性化し支配する側)」も持たずに宇宙へと進出し、「類族(知性化され、主族へ奉仕する側)」と見なされるチンパンジーとイルカを既に自力で知性化していたため、図らずも微妙な立場を獲得することとなる。「列強種族」達は、この得体が知れない上に宇宙の序列も心得ず、面倒事ばかり引き起こす新参鬼子種族を大方は敵意を持って、一部は好奇の目で注視している──
 という状況下、地球の探査船〈ストリーカー〉号が辺境宇宙でたまたま発見してしまった謎の遺物、一隻が月ほどもある五万隻もの大船団──「始祖」の時代から宇宙の全てを記録しているはずのデータベース「ライブラリー」にすら記録されていない──その謎の在処を求めて好戦的な列強種族達が我先にとストリーカーを追い回す。傷付いたストリーカーが必死で逃げ込んだ辺境惑星キスラップの上空では列強の艦隊同士が熾烈な戦闘を展開し、惑星の海に潜むストリーカー内部でも乗組員達の間に不穏な空気が流れ出す。人間数名とチンパンジー1人、大勢のイルカたち、そして地球人類全ての命運を掛けたサバイバル、謎が謎を呼び「始祖」との関連も囁かれる漂流船団、強大な技術力と攻撃性を持ちながらも妙におかしい(頭が)列強種族達、更に何の価値もない海洋惑星と思われていたキスラップにも大きな秘密があって……と、これでもかこれでもかと言わんばかりに面白そうなネタが盛り込まれたエンターテイメント。メイン登場人物のイルカたちや人間も皆キャラが立ってて魅力的。ついでに何故か俳句が大ブーム。
 但しあれこれ盛り沢山すぎて謎や事態の趨勢の一部は続編送りになってたりと、回収してない伏線が山積み状態。ものによっては続編『知性化の嵐』3部作が完結してもまだ手つかずだったりして果てしない。尚、「知性化シリーズ」としてはこの話の約二百年前が舞台の『サンダイバー』や、別の惑星におけるストリーカー騒動の余波を描く『知性化戦争』(上下巻)もあるのでそちらも必読。

『猫の地球儀−焔の章−』『同−幽の章−』(秋山瑞人/電撃文庫)
 かつて「天使」が造り出した文明の遺物と黴(かび)に被われた、「トルク」と呼ばれる円筒形の世界。遙か未来、全ての「天使」──人間が滅びた宇宙コロニーの中で社会生活を営む猫達は発達した「電波ヒゲ」を用いてデジタル言語を交わし、「天使」の遺したロボットを操る。世界の外に浮かんでいる青い星を「地球儀」と呼び、死んだ猫の魂はそこへ行くと信じている。猫の中にはわずかだが「生きたまま地球儀に降りる」方法を考え実行に移そうとする者「スカイウォーカー」が現れるが、「スカイウォーカー」は社会に混乱をもたらすとの恐れから「大集会」より差し向けられる刺客「ソウルセイバー」に常に命を狙われている。猫達の娯楽である命がけの闘技「スパイラルダイブ」の覇者となった無愛想な白猫・焔(ほむら)は、37代目スカイウォーカーとして先代スカイウォーカー・朧の遺した研究と天使型ロボット「クリスマス」を受け継いだ小さな黒猫・幽(かすか)と出会った。互いの価値観に触れ、反目し、再び交わることのない道を往く二匹の猫。猫だけどハードボイルド。
 男の夢とロマンを追った代償は……可愛い挿し絵と可愛い猫にすっかり油断してました。あ痛たたたたた(涙)。

『かめくん』(北野勇作/徳間デュアル文庫)
 かめくんはカメ型ロボット「模造亀(レプリカメ)」。何が原因でいつ始まって、今も果たして続いているのかいないのかよくわからない、謎の「敵」との戦争を行うために造られた。今のところはフリーらしいかめくんは古アパートに部屋を借りてバイトに出たり、川辺まで散歩をしたり図書館に行って本やビデオを借りたり、ワープロを打ったりパンの耳やリンゴを食べたり猫の肉球にハマったり世界の形について考えたりする。
 物言わぬ(人語を喋る機能がついていない)かめくんの視点で描かれた世界は表向き平和にのほほんとしているように見えて、でもどこか少し胡散臭いような曖昧な怖さが隠れていて。かめくんの甲羅の中には本能にも似たプログラムやこれまでに経験した色々なことがメモリーとして蓄積されているけれど、重要な事ほどメインフレームの外に深く堅く封印されていて思い出せない。その封印が解かれるとき、かめくんの少し変だけどまったりしていた世界も終わってしまう。そのラストシーンの何とも言えない寂しさ。

 なお、かめくんの「敵」である存在の側から書かれた『ザリガニマン』(同デュアル文庫)というお話もあるのでそれを読めば、この世界がどういう風に成立したのかわかるような余計にもっとわからないような。

『北野勇作どうぶつ図鑑 その4 ねこ』(北野勇作/ハヤカワ文庫JA)
 ハヤカワにしては珍しく特別装丁のこのシリーズ、なんかメディア上で目にする書評の8割くらいは「折り紙付き!」をオチにしているような気がするのですが思い過ごしですか。まあ、実際おりがみ付いてるけど。本から切り取るのもなんだし折らないけど。
 それはさておき、「ねこ」の巻なのに猫の話が1つしか入ってませんでした。代わりに怪獣の話と蛇の話が抱き合わせでした。
 にしてもしかし、なんかこの人の小説は読んでいて悪夢の一歩手前というか、目が覚めてすぐ内容を忘れてしまうのにしばらくモヤモヤした気分にさせられる中途半端な夢を見ているような気分にさせられます。気持ち悪いのかヌルいのかよく解らないような、風の生あったかい曇りの日に地下鉄の入口で途方に暮れているような、そんな感じ。

『サムライ・レンズマン』(古橋秀之/徳間デュアル文庫)
 まあこんな事言うとSF畑の人には怒られるのかもしれないのですが、E・E・スミスの『レンズマン』シリーズを読んだ時どうしても「ネタ的にはすごく面白いんだけど、どこかが微妙に面白くない…」とか思ってしまい、いまひとつハマれなかった理由がこの本を読んで遅まきながら解っちゃったような。どうやら私、『レンズマン』の主人公キムボール・キニスン氏が苦手というかあんまり好きではなかったもよう。小学生の時にTVで見てたアニメ版レンズマンのキムは好きだったような記憶もありますが、原作版の彼はどうも大変にパーフェクト過ぎて(設定上仕方がないとはいえ)、何だかとっても遠かったというか。

 さて、本家レンズマン・シリーズのシェアード・ワールドものといった感じのこの作品、文体やガジェットの用い方などでは思わずニヤリとさせられるほどに本家の(翻訳の)スタイルを模倣していながらも、この作者ならではの味付けもしっかりされたストーリー展開や主要キャラクターの造形は少々やりすぎなくらい荒唐無稽にして痛快。本家ではまずお目にかかれなさそうなガテン系ヒロイン(小惑星帯の採鉱作業者)キャットをはじめ、盲目のレンズマンで居合の達人シン・クザク、色々と(主に頭が)ブッ壊れている敵役デイルズなど濃いキャラクターが天文学的スケールで大暴れというエンターテイメント過剰っぷりです。無論、キムやヴァンバスカーク、ウォーゼルなど本家の名キャラクターも登場し脇で結構おいしく活躍。銀河調整官閣下なんてアレくらいぞんざいに扱われていた方がむしろ好感が持てます(また怒られるようなことを)。さりげに本家の『第二段階レンズマン』『レンズの子供たち』二作をブリッジしているところも芸コマ。

『第六大陸』(1・2)(小川一水/ハヤカワ文庫JA)
 西暦2025年、砂漠や高山、南極、深海など極限環境での建設事業では随一の実績を誇る御鳥羽総合建設が受注した新たなプラン──施主は巨大レジャー企業会長、工期は10年、予算1500億円、そして建設予定地は月──
 多くのSFではそこへ行くまでが一苦労か、もしくは既に当たり前のように基地や都市が築かれている事の多い月面という舞台に人類の足場を造ることそのものを主題に据えているのはむしろ目新しいかもと思いました。登場人物がみな技術者や経営者、サービス業従事者など純然たる職業人ばかりでヒロイックな彩りが全然ないのも良いです(ある意味近未来のプロジェクトXといった印象も)。表紙や口絵が『プラネテス』の幸村誠氏なのも効果覿面。ていうか2巻の口絵はもはや反則の域でした。
 ただ、この人の小説は他の作品でもそうなんだけど、物語終盤になるといきなりその存在が明らかになる「大いなる外的な何か」が出てきてそれまでストーリーの枠の中で別々のスタンスに立っていた人々を手っ取り早く一致団結させてしまうことが多いのでその辺りは少々引っかかるかも。

『星虫』『鵺姫真話』『イーシャの舟』『鵺姫異聞』(岩本隆雄/ソノラマ文庫)
 いちめんの星空から降ってきて、宇宙飛行士を目指す少女の額に貼り付いた不思議な生物「星虫」は世界中の人々にも拡大された知覚をもたらし、近い将来に崩壊の危機を抱えた地球と人類の関係をも浮き彫りにしてみせた。地球と人類の未来を救うためのプロジェクト──「進化計画」の始動を描く第一作と、それに連なる時空を超えた因果の流れを別々の視点から解き明かす他三作。作品間のリンクを完成させるための最終ピースである『鵺姫異聞』以外はそれぞれ単独のストーリーとしても成立しているものの、ソノラマ版になってからより補強された(らしい)リンクがお互いの舞台裏を補完し合う構成になっているため、『星虫』はともかくとして他の作品は合わせて読まないとストーリー中には直接関わってこない「あの人」とか「あの出来事」とかがさっぱり解らず微妙なストレスを覚えてしまう事になるかも。
 あとメインの登場人物のほとんどに大なり小なり「実は生まれの秘密が」あったりするのも人によっては好みが分かれそうなところ。

 個人的には神の姿を模した巨大ロボに乗ってきた人が言葉通りにデウス・エクス・マキナとしてオチをまとめていったあたりがメタ的になんか面白いと思いましたがそこらへんもまあ好みによりけりかと。

ミステリ/ホラー

『陰陽師』(夢枕獏/文春文庫)
 何だか今更説明しなくても良さそうな安倍晴明もの。コミック版も(9巻までは)それなりに面白いですが、やはり原作の方がよりイイ感じに味があるような気がします。
 文庫版は挿し絵も何にもないというのに、文字だけでこの密度というか何というか、えもいわれぬ濃密な気配の感触。流石です。どこか湿り気のある平安京の夜闇の質感も決して不快なものでなく。

『陰陽師 瘤取り晴明』(夢枕獏/文藝春秋)
 映画化以降、しばらくの間バブリーに盛り上がっていたブームもいい加減落ち着いてきて何よりというか、この手の題材はむしろ地味にじわじわ堪能したい方なので当分は世間から忘れられていて下さいとかヒドイ事を。
 そんなことはさておき、今回は変形版の上たっぷり挿絵付きと何となく絵本ぽい構成の特別編。「こぶ取り爺さん」の昔話に安倍晴明と源博雅を介入させてみました、ということでクライマックスには以前本編に登場した妖物の皆さんやらこの手の業界(?)ではメジャーすぎるアレやら続々出てきてサービス番外編という感じ。
 それにしてもシリーズが進むにつれ、博雅の存在そのものがどんどん反則技になっていっている気がします。

『ぬしさまへ』(畠中恵/新潮社)
 江戸は日本橋でも指折りの回船問屋、長崎屋の若だんな一太郎は生まれてこの方生命の心配をされなかった日は無いほどの超病弱、夏の暑さ冬の寒さにも生死の境を彷徨い、常に布団と店先を往復してばかりのいささか心許ない身の上。しかし出生にまつわる大きな秘密を持った若だんなにはこの世ならぬものたちの加護があって……
 と、病弱ゆえかえらく過保護に育てられた割には聡いおつむと真っ直ぐな性根を持った若だんなが、幼少の頃よりお側に仕える犬神&白沢ほか妖物精霊の面々、幼馴染みの菓子屋の跡取りや岡っ引きの親分を頼りにしながら江戸の街で巻き起こる奇妙な事件を控え目に解決。安楽椅子どころかお座敷の布団に寝たきり探偵が手掛ける事件自体はけっこう陰惨なものが多いものの、優しくおっとりした若だんなの人柄と、その周囲を固めるなんか少々一般常識からズレた面々のおかげで読後感は意外に悪くもなく。
 同じく若だんなと愉快な保護者たちが登場する第一作目『しゃばけ』と比べても、文章の硬さや資料に振り回されてる感が取れてだいぶ読みやすい感じに。

 

『こころげそう』(畠中恵/ 光文社)
 表紙のタイトル脇にはっきりと、副題と言うかアオリ文が書いてあります、「男女九人 お江戸の恋ものがたり」と。

 騙された!
 男女七人夏物語みたいなノリかと思ったらのっけから二人が死んでた!

 最近のこの作者の作品には、こうした単独作品でも代表作である若だんなシリーズでもやけに死の匂いが付きまとってる感があります。というか、初期作品からあったものがより表に出てきていると言った方が近いのか。
 大抵の作品に登場する妖怪やお化け、この世ならぬ存在に仮託して、人が死んでしまうということ――もしかしたら何も形あるものを残せずに、誰かと心を繋げもせずにこの世から消えて無くなってしまうことへの恐怖と言うものを繰り返しシミュレートしているような印象を受ける作品群は、だからといって決して辛気臭いとか読んでてうんざりするとか言うことはなく、むしろ結構凄惨な事件をのんびり と細やかな江戸情緒と気のいいメイン登場人物の台詞回しとでさらっと読ませてたりするので、却って気構えも出来ないうちに心のそういう「夜中に突然、怖い事を考えて眠れなくなる回路」にグサッと刺さってきたりもするわけで。

『亡国のイージス』(上下)(福井晴敏/講談社文庫)
 『川の深さは』『Twelve Y.O.』と続いて世界観と前作での出来事による状況の変化、及び前作ラストで使用されたアイテムをマクガフィンとして引き継いでいるものの単独作品として読むには特に支障なし。
 前2作同様に現状では日本という国と国民を護るための剣と盾としての役割を果たし得ていない自衛隊という組織への問いかけを含んだストーリーと平行して、自分の生き方に挫折を覚えはじめた中年男と自分の人間性を見失いただ任務に従う戦闘機械のような少年工作員との交感が描かれている──けど、何だか3回も同じパターンが反復されているわりにキャラの描き分けはあんまりしてないんじゃないかというか、時々ふと内容を思い出してそのセリフとかシチュエーションとかって仙石だっけ? 桃山? みたいな感じになることも。

 毎回どこかの軍事施設が破壊されたり大規模テロが起きたりして山のように死人が出ている割にはラストシーンへの持って行き方が(ちょっと無理矢理上手く行ったことにしてる傾向はあるけど)上手いせいか読後感は妙に爽やかだったりいい話だったような気さえしてくるけれども、しかしやっぱりあの艦長はどうかと思ってしまうわけで。大量の人血で手を 塗する覚悟が出来てもいないのに私怨に走って無茶をする人は正直ただ単に迷惑なだけだと思います。

文芸

『日本の詩歌14 萩原朔太郎』(中公文書)
 どの詩を見ても、病んでたり腐ってたりさびしかったり憂鬱だったりするようなイメージのある方ですが(もうちょっと言い様ってものが)、時々どうかしたのかと思うくらいに脳天気な詩もあったりします。 しかし確かに言葉を選び出すセンスには常人の追随を許さないものがあるし、艶めかしい感じのするオノマトペなんかは絶妙です。
 昔、中学校の図書室の『近代詩歌全集』か何かに載っていた顔写真はなかなかに二枚目だったけど、詩のイメージ程には陰鬱そうな顔でなかった(むしろ爽やかにマンドリンなんか弾いていた)ので意外だった憶えが。

『御伽草子』(上下)(市古 貞次校注/岩波文庫)
 昔々「日本昔ばなし」に更なる原典があることを知らなかった子供の頃は、竜宮城の乙姫様は家来が世話になった恩人を歓待した挙げ句に老化トラップ仕込んだ土産を持たせて送り返すよく解らん人だと思っていましたが、大学で日本文学概論の授業を取って初めてそれは誤解だという事を知りました。そもそも亀は子供に苛められてなかったし(たまたま釣ったのをリリースしただけ)竜宮城の所在は海底でなく従って鯛や平目は舞い踊りもせず、乙姫様なんて人はいませんでした(というか「美しき女房」とあるだけで名前がない)。肝心の箱の中身に至っては老化するガスとかでなく「浦島が年を(中略)畳み入れにけり」というものだったもよう。つまり現世と時間の流れ方が異なる世界でただの人間に過ぎない浦島があっという間に塵と化したりしないよう、浦島が人間として全うするべき時間そのものを体から切り離して箱の中に収納してあったわけで、何だか理屈は解らないけど竜宮城のテクノロジーすげえ! センスオブワンダー!! …などとピントのズレた感想はさておき「乙姫様は逃げた男をタダでは置かない地雷女」とか間違った認識を鵜呑みにしないためにもある程度古典に親しんでおくのは悪い事じゃないなあと思う次第でした。まあ、これよりもっと古い日本書紀あたりの記述とかになると釣った亀とその場で結婚しちゃったりして正直はしょり過ぎだと思ったのですが。

 勿論、浦島太郎以外にも面白い話や意外と知らなかった(後世で省略もしくは改変された)エピソードなど色々あって楽しめます。古文体だけど略注も付いてて辞書無しでも読める程度だし。

その他

『天使の世界』(マルコム・ゴドウィン 大瀧啓裕訳/青土社)
 分厚いハードカバーで凶器にもってこい。カドなんか破壊力抜群ですよ奥さん。

 それはさておき、腰巻きで「日本で初めての本格的な天使学大全」と謳っている通りに中身はぎっしりで知的好奇心を満足させたりネタ本にするには良い感じ。但し信仰心お篤い向きにはどうかと訊かれれば、多分お勧めは致しかねますが。
 何が面白いって天使の翼の骨格モデルとか図版で載ってる辺りとか、古書市で立ち読みした時そのページを見て即レジへ直行してしまったくらいです。正価は結構高価いので、古本じゃなかったらちょっとは躊躇したかもしれませんが。

『ねないこだれだ』(せなけいこ/福音館)
 正真正銘、「物心付いて間もない時期読んでトラウマ化した絵本」の第一候補に挙げられそうな正方形(に近い版型)の本。夜中になっても起きてる子供はお化けがやってきてお化けの国に連れてっちゃうぞとかいわゆるそういう躾け用絵本ですが、極力簡素なディティールで表現されたネコ目のお化けが子供心にも死ぬほど怖かった訳で。
 もうここまで育つとそんな脅しの効果もすっかり失せて夜中はネットで泳いでたりする今日この頃ですが、先日書店の絵本コーナーで見た同じ作者の絵本に同タイプのお化けが出てくるのを見かけてつい立ち読んでみたところ、あんまり怖くなかった(ストーリー的にもむしろ気の毒な役回りだった)どころか何となく可愛く思えたりもするあたり、歳を喰ったもんだなあとかウッカリ実感。

『ねこの肉球 完全版(写真:板東寛司 文:荒川千尋/文春文庫PLUS)
 ねこの肉球はそりゃあ良いものです。ああぷにぷに。

 巻末の方のコラムにあった、かわいいにゃんこが教祖様の新興宗教なんてものが本気で作られたらうっかり入信もしくはお布施をしてしまいそうな予感。

 

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