英文政府広報誌 パシフィックフレンド10月号に小暮の特集記事が掲載されました。

「お宅のキッチンお借りします・・・」店を持たないシェフの呼び名は「出張料理人」



  中華、フレンチ、イタリアはもちろん、ロシア、キューバ、ブラジル、エジプト、タイ…、いまの東京では、世界各地の料理で
  食べられないものはないほど、数多くの種類のレストランがある。
  しかし、その一方で、日本の飲食業界は厳しい経営状況にさらされている。レストランの乱立による競争の激化と、多様な個人
  のニーズに応えるのが難しく、多くのレストランが現れてはつぶれて行く。
  そんな時代の中で、千葉県習志野市に住む料理人小暮剛さんは、電話一本で自ら全国どこへでも駆けつける、店を持たないこと
  で知られる有名シェフだ。
  「店がないからこそ、理想の料理がサービスできる」と語る、話題の料理人の現場を追ってみた。

  ● 全てが一人の出張料理
  小暮さんの今日の出張先は、東京都大田区の住宅地にあるマンションだ。依頼者の大橋純子(おおはし、じゅんこ)さんの希望
  は、ご主人の一周忌を、形式張らずに、親しい友人とともに自宅で行いたい、というもの。小暮さんはいつものように地図を片
  手に、小型のステーションワゴンを運転してやってきた。
  自動車には、食材や食器と道具一式が入った米櫃3個とトートバックが一つ積まれている。これだけで前菜とデザートを含めて
  5品のコース料理を作りあげる。アシスタントスタッフはゼロ。小暮さんは一人で、テーブルセッティングから調理、料理のサ
  ービス、洗い物をこなして行く。調理の合間には、お客さんとのトークもこなし、進行を見ながら料理を順番にサービスして行
  く。全てが一人という、ユニークで見事な仕事ぶりに、大橋さんの招待客から、次々と質問が飛ぶ。会食は、料理の話題を中心
  に盛り上がり、和やかなうちに終わった。
  「子どものころから料理で身を立てようと決めていた」と小暮さんはいう。将来の店の経営に役立てようと、大学で経済を勉強
  した後、大阪の料理学校、そしてフランスに渡り料理の修行を積んだ。「日本の料理人としては、実際に仕事をはじめるのが遅
  かった。ただそのお陰で、一シェフという立場に止まらず、色々な角度から料理業界を見る視点が生まれた」と小暮さんは語る。
  東京のように地代が高い都市では、レストランを経営していくためには、原価を抑え、値段を釣り上げていくしかない。必然的
  に店が客を選び、客層が限られるようになる。料理人にしても、苦しい予算状況では、思ったような材料で料理が作れない。フ
  ランスから戻り、都内の有名レストランを転々とするなかで、小暮さんは日本のフランス料理店の限界を感じとってしまった。
  そして、「これが自分の出したい料理ではない」と決意し、現在の「出張料理人」を思い立った。「お客さんの目の前で料理する、出
  張料理は毎回ものすごい緊張感がある。でもレストランの厨房にいたら絶対にわからない、料理を作る人間と食べる人間の本当
  のコミュニケーションがある。お客様が自分の料理を心から喜んでくれると、料理人をしていて本当に良かったと思う」と小暮さ
  んは、出張料理の醍醐味を語る。
  最近東京でも、レストランが行うケータリングは増えてきているが、小暮さんの出張料理はその手のものと異なる独自のスタイ
  ルがある。まず第一に場所や設備を選ばないことだ。調理用コンロが一つあればいい。場所によってはコンロもいらない。皿さ
  え洗えれば、携帯用のコンロを使って、事務所や駐車場でも本格的なコース料理を調理したこともある。
  また、人数分の皿やカトラリー一式、希望によってはグラスも持参する。小暮さんに料理を頼む家庭では、調理設備ばかりか招
  待客の食器の心配もない。
  第二に、その費用の安さである。通常ケータリングというと、高級ワインなどもセットで組まれ、さらに出張費、サービスする
  複数のスタッフの人件費が加算されるため、一般の家庭では、気安く頼めない金額になってしまう。それに対して小暮さんの場
  合は、スタッフは彼一人のみ。お酒や主食のパンやご飯類は、お客さんの好みや予算によって、自分で用意すればいい。純粋に
  料理だけの値段がお客さんに請求される仕組みだ。
  そして三つ目には、最大の特長である料理だ。フランスで修行した小暮さんが作る料理は、フランス料理が基本になっているが、
  オリーブオイルをはじめ、醤油、みりんなどの和洋折衷の調味料、食材を合わせている。さらに30種類以上の野菜を使い、ど
  のカテゴリーの料理にも入らない、彼のオリジナル創作料理だ。「男性、女性、子どもからお年寄りまでどの客層にも満足して
  もらいたい」と、パンやご飯、ビール・ワインや日本酒など何にでも合う味わいを工夫している。「普通のレストランなら店ごと
  に客層が決まっているけれど、出張料理ではどんなお客さんが待っているかわからない。家庭には色々な年齢層の人がいるのが
  当たり前。フォークやナイフに慣れない人に、お箸でも食べられるようにしたり、出張料理には細かい配慮が必要なんです」と
  小暮さんは説明する。
  レストランの大きな厨房で大勢で調理する料理人と違い小暮さんは、出張先でたった一人で料理を作る。直にお客さんの評価が
  返ってくる。また、店も看板もない小暮さんには、お客さんを増やすには、口コミだけが頼りだ。まさに「料理の一回、一回が
  真剣勝負」で、その蓄積が現在の小暮さんの料理と評価を生んでいる。
  小暮さんはいま、自家製の無農薬のハーブ類を使ったり、旬の野菜や魚を食材とするなど、材料選びにこだわっている。「食べ
  物の安全性が話題になっているいま、便利さの一方で自然の摂理に反したものが多い。全ては無理でも、自分の作る料理で、新
  鮮な食材を一から手作りした本当の美味しさをお客さんに知ってもらいたい。そして健康になって欲しい」小暮さんの将来の夢
  は海外にもこの「食べて健康になる創作料理」を広めていくことだ。小暮さんは、イタリアやニューカレドニアにも「出張料理」の
  経験がある。もし旅費を負担しても、小暮さんの料理を試したい、という読者がいたら、きっと自慢の包丁を持って小暮さんは
  地球上のどこでも出張してくれるだろう。


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