2月
にがつ


2月17日(金) 渡辺貞夫さんの音色

本日、風邪を引いて行けなくなった友人がチケットをくださり、東京文化会館・小ホールで行われた渡辺貞夫さんのコンサートに行った。ピアニスト、ベーシスト、ドラマーはNYの若手ミュージシャン。彼らと貞夫さんとの年の差は50歳以上になるかと思う。

貞夫さんは酉年生まれでいらっしゃるから、今年は年男。ちなみに、その一回り下に坂田明さんがいらっしゃり、来週21(火)に誕生日を迎えられる。その日の夜、新宿ピットインでの誕生日ライヴに、今年は私も参加させていただくこといなっている。

貞夫さんのアルトサックスの音色は、もう、ほんとうに、貞夫さんしか奏でることができない、それはそれはすばらしいものだった。温かさ、やわらかさ。特にゆったりとしたテンポのバラッドやボサノヴァで聴くことができる、あの音色は、美しい湖の小さなさざなみのように、心の襞にゆっくりと滲みわたっていくようだった。

前半、keyがほぼFとCだったと思うのだが、その音色が際立つkeyだったように感じるのは私だけだっただろうか。あの「ファ」の音の震え。で、E♭やB♭になると、どこかBe-Bopというか、エッジがかかった音色になる気がした。無論、曲調やテンポ、リズムにもよることは言うまでもないけれど。また、なんとなく、前半と後半とで、貞夫さんはリードを変えられた気がする。って、細か過ぎるかもの私(苦笑)。違っていたら、ごめんなさい。

最初、貞夫さんはとても緊張していらっしゃったのか、音がちょっとひっくり返ったり、また、途中、テンポやコードを見失ったり、ちょっと指や舌がまわらなかったり、といったようなことはあったように思うが、また、全体はいわゆるジャズのオーソドックスな演奏形式(アドリブ回しなど)で構成されていたが、なんというか、そんなことはどうでもいい、と思うコンサートだった。

あのホールで、いわゆるカルテットでジャズ、ということで、私は真っ先に音響のことを心配したが、やはりコントラバスの低音は聴き取りにくかったように感じたし、「どうだ、僕は上手でしょう」と言っているように聞こえたピアニストには思うところ多々あるが、ここでは書かない。私にはドラマーのアプローチが面白かった。

ともあれ、今年84歳になられる方が、前半60分、後半アンコールを含めて70分、ステージに立ち続け、アルトサックスを吹く、ということだけでも、満席のお客様たち(年齢層は高かったと思う)の明日につながったと思うが、年齢がどうこうでもなく、まぎれもなく、渡辺貞夫が立っている、しかも、微笑んでいる、という在り様が、素直に、音楽がもたらす幸福感を、そして、人生を肯定する気持ちを、私たちに伝えていると感じた。

「あの笑顔で、すべてをゆるす気持ちになっちゃうのよ」とおっしゃっていたのは、一関・ベイシーのマスター、菅原さんだが、ほんとうにそういう時間を過ごしたように思う。そういう気持ちにさせる音楽家は、そうはいないと思う。そうだなあ、ジャズ界のダライ・ラマ、みたいな気もする(笑)。

ちなみに、帰りがけに「My Dear Life」の譜面がプリントされているTシャツを買ってしまった(笑)。私がジャズを習い始めるより前、いわゆるクロスオーヴァー、さらにフュージョンが流行り始めた頃、夜遅くに同名のラジオ番組を聴くのが楽しみだった私にとって、振り返れば、渡辺貞夫さんの音は、そのときから自分の身体や記憶の底に響いていたのかもしれない。




2月25日(土) 映画『それでも夜は明ける』

映画『それでも夜は明ける』をCATVで観た。

原作は1853年に発表された奴隷体験記『Twelve Years a Slave(12年間、奴隷として)』で、これは1841年にワシントンD.C.で誘拐され奴隷として売られた自由黒人ソロモン・ノーサップが書いたもの。彼は突然拉致され、解放されるまでの12年間、ルイジアナ州のプランテーションで奴隷として働かされた。

ちなみに、彼はヴァイオリンを演奏でき、当時の黒人としては珍しく字の読み書きができた、教養が高い人だったそうだ。

解放後、黒人差別がうんと激しかったであろう時代に伝記本を出版し、奴隷解放運動にも携わったが、晩年の動向(没年や没した場所など)は一切不明、と最後のテロップで流れていた。

スティーヴ・マックイーン監督、ジョン・リドリー脚本によるこの作品は、第86回アカデミー賞作品賞を受賞している。日本公開は2014年3月。

ジャズを学ぶとき、あるいは感じるとき、アメリカにおける黒人差別の問題に触れることは避けては通れないと私は思っているのだが、この映画を観て、久しぶりに初心に返ったような心持ちになった。

すなわち、自分はなぜジャズという音楽にひっかかり、魅かれ、このような泥沼の道を歩むことになったのか(笑)ということを、自分に問い直した。

本を読んだり、CDを聴いたりして、概念として、あるいは観念的に抱いていたことが、こうして映画化されて「観る」ことによって、自身の心の奥に何かが確信として残ったという感じだ。

映画のなかでは、きび畑や綿花畑で働く黒人たちの歌(コール&レスポンスによる労働歌)を聴くことができるが、私に聞こえてきたのは、ビリー・ホリデイが歌う「Strange Fruit」、そして、ルイ・アームストロングが歌う「Nobody Knows the Trouble I've Seen 」だった。

木にぶらさげられる奇妙な果実の映像。

私には“神”への信仰心はないので、つまり歌詞に即して言えば、「but Jesus」も「Glory hallelujah」も「Lord」も心にはないのだけれど、そう歌いたくなる気持ちは、主人公を含め奴隷として働かされている黒人たちの表情や涙から痛いほど伝わってきた。

私にとって、ジャズは、個人の声を聴くことを、さらに個人の声を持つことを教えてくれた音楽として在る、とあらためて思った。





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