記事タイトル:タリウム事件 


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お名前: 中川美穂子   
今、いろいろな事件が起き、大人が仰天していますが、
その対策として、子どもに自他への愛情をつちかい、
命を大切にする態度を養い、また人と関わるれるようにと、
教育しようとしていますが、

 つまり、それは愛情、思いやり、命の大切さ、友達との係わりの楽しさ、
労働の意味と楽しさなどを感じる神経回路を構築(その領域の脳を成長させる)
する ことなのです、

 今 起きている色々な事件は、これらを感じる脳が欠落しているために
 引き起こされていると 考える方向に 現在はあります。このような人でも 
 模範解答は 道徳や知識として知っていますから、冷静に反省文を書けますが
 殺したことを悪いことだと、感じる脳は存在せず、自分の事情しか理解出来ない
 のです。
 知識と行動の乖離です。

 生まれ落ちてからの、育ちの中で、普通の人間に育て上げるということが
 大事なのです。「親(保護者)の愛情のもとに、普通の環境で育てる」

 その意味で、保育園、幼稚園、また小学校教育が大切で、
 厚生労働省は、最近、社会で子どもを育てる構造を打ち出し、
 来年から その試みを始めると発表しています。
 不在がちな親に代わる愛情を提供するボランティアを募集し、
 食事と温かい居場所を確保し 文化の伝承をできるようにとの目的があるようです。

 一方、勉強さえすれば世の中でやっていけると思って、子どもに充分に遊ぶ時間も
友達と交流する時間、自由時間を与えずに ドリル練習などをさせて、
子どもの脳の発達を阻害し、欠落脳にしてしまう親御さんには、まだ打つ手はありませ
ん。(必要な時に、普通の環境を与えずにストレスをかける親のことです)

 大人が仰天するような事件を起こすこどもたちは、多くは学力優秀で、おとなしく
親の期待に応えてきたこどもたちで、学校でもそのような教育方針を打ち出している
所に多い、と分かっているようです。いくら学力優秀でも、将来役に立つ人間に
育つわけではなく、しかも他の命を絶つのでは・・・・

おとなしい、優秀な子がなぜ変化した、ということではないのです。

 幼児期からの 脳の発達が大事にされていないと、
これらの事件は起こるべくして、起こっているわけで、 

 10歳までに社会から守って丁寧に育てないと、10歳以降は
その子から社会をまもらなければ ならなくなる、

 という言葉もあります。

 親(保護者)が、子どもを持った幸せを 充分に愉しみながら
 のんびり子どもを育てるのが、解決策です。
 
大人になった時の能力は 6割が持って生まれた素質で、
 教育や環境の影響は4割であると、学会では分かっています。

親が、「20歳すぎたらただの人」、ということを心において
短い子育て期間を 愉しむ気持ちができたなら、大方の子は
将来安泰で、親も幸せに老人になれるでしょう。

 社会も落ち着けるでしょう。
自分の子が優秀になれるようにと、頑張る親に落とし穴があるわけです。
なにもかも 台無しにして 大勢に悲しみを与える危険があります。
家庭内では 済まないでしょう。

 また、子どもが親を客観的に見ることが出来るようになったとき、
コントロールされてきた怨みを親にぶつけて行く訳です。
また、親の期待に応えられない挫折感を抱いて、自殺を考えたとき、
人を殺せば自分も死ねると 弱いものを殺す事例も見られます。
 
 
[2005/11/18 12:08:31]

お名前: シリカ   
デルタ協会の方でも、乳歯が永久歯に生え変わる頃までの期間にいっしょに遊んだり
した動物については、攻撃衝動が抑えられるという説がありますよね。

つまり、保育園、幼稚園そして小学校までに触れあい遊んだ相手(人間や小さな動物
)に対して、仲間という概念が芽生え、衝動的な攻撃行動に走らずに抑制がかかると
いう理屈です。
将来は、牧場主と言っていたのであれば、小学校6年を卒業するまでは、動物は仲間
であって、自分が世話をし、守る対象だったのではないかと思います。

「嫌な奴、嫌いな奴がいなくなれば良いのに」、から、「毒薬なら、使い方次第でば
れないかも」に至る想いというのは、密かに考える経験は多くの人にもあるように思
えるのです。
普通は、命を手にかける恐怖によって抑制がかかるのに、「実験」という概念に置き
換えることによって、それができてしまう。小さな命の重さでは、抑止となりえず、
母親入院後にも投与していたのは、やはり恐いことです。
「失われた命は、2度と戻ってこない」という現実感が喪失されているように思いま
す。その「かけがえのなさ」と「自分の想い」との、どちらが重いのかが理解できて
いません。

この少女に特有のことと考えれば、不安は和らぐのでしょうが、私はそうは考えられ
ません。子供を育てる大人がすでにおかしくなっているのだと思うのです。病根は深
いと思うのです。
[2005/11/08 12:01:03]

お名前: 中川美穂子   
この事件は 病的なことも考慮して調べると思います。そのことと
 家庭環境もわからないまま なにも言えないと思います。

ただ、この少女の
「ウサギは世話すればするほどなつくので 飼育舎に良く行っていた」
との記述と、後の「小動物を殺して集める、」というところの関連について
私も考えましたが、「支配」では ないかと 想像します。

 「死体などへの興味、支配することの快感、相手の気持ちへの無頓着、感じない」
 支配することで、自分は特別な存在だと、誇りを持つ。

もしも、「生来の病的な原因」でないとしたら、幼い時からの発達の中で、
 我慢とか 将来を考えるなどの 大脳皮質の「人間の脳」というのが
 育ってなかった、ということもあるのではないかと、思っています。(最近の脳科学)
つまり人間らしい感情・意志の欠如です。これは人格形成が出来なかったと
言うことですが、この脳は生まれた時は真っ白で、なにもありませんが、
日々、五感を通じて、いろいろな刺激(感動。痛み、喜び、驚き、臭い、味、光景、触
る、感じる、等々)を脳に受けて育ちますが(感性を開く)、大体 幼稚園時期にほぼ
大人にちかいほど発達し、感覚や思いやり、物事の成り立ち行く末を想像する、などの
「人」を形作ります、
つまり人格形成には幼児期が一番重要だということですが、
また この発達は小学校でやり直すことができると、言われています。
    中には、「思いやりは8歳までに培われる」と言い切る脳科学者もいます。
つまり人格形成は小学校の内に ほぼなされ、後では取り返しが難しいということで
す、

たとえば、万引きというのがありますが、4年生以前の万引きはお腹がすいていたり、
興味で取ったりという可愛い位の理由ですので、教育で止めさせることができるそうですが、
4年生以後の万引きは悪いことを承知でスリルを求めたりする確信犯だそうです。
これはとても矯正が難しいそうです、

この人間の脳が培われないと 突然激高する 感情欠如、自制がきかない、粗暴になる
など、いわゆる「切れる」状態になるのです。

本来、親の愛情のもとに普通の環境で育てれば 赤ちゃんは普通の「人」に育つと言われています。

親の愛情とは、
 子どものリズムに合わせた食事と睡眠(親のリズムや都合ではない)
 いつも愛してる、と子どもが理解できる接し方 
  親の都合で怒らない、あるいはしつけと思いこんで過剰な叱責や虐待しない
 (子どもは親から突き放されたと不安になると、泣きますが、それをも
  叱責して、幼児をしつけようとするお母さんをみますが、胸が痛みます
悪かったことを サクッとしかったら、「分かったね」って
すぐに抱きしめてあげれば良いのにと思います)
  子どもが何を喜ぶかを 知っていて、一緒の時を愉しむ
  子どもを良く触り、接触しながら遊ぶ(体の皮膚感覚や感動を培う)
普通の環境
  動物や自然と充分に遊べること
  友達と遊んで おもちゃのとりっこや少々の小競り合いをしながら 泣いたり
  泣かせたり、我慢したり、その結果喜びあうことできること、
  自分より弱いものを庇う喜びをしること
    お手伝いの大変さと喜びをしること

なお、この長い間に培われた「人間の脳」が 簡単に壊れる あるいは抑制されてしま
うことがあります、それは深酒、麻薬、そしてゲームを続けることだそうです。
酒は一時的な麻痺ですから、さめれば戻ります。でもそれで職を失う人もいます、 
麻薬は この脳が破壊され、戻らないそうです。人間破壊です。
そしてゲーム脳という言葉が最近分かってきていますが、目と手の間の神経しか働かな
いため、大事な人の脳が発達しない状態です。だからゲームは3時間以上は続けない
ように、と今、言われていますが、
実際は3時間しなくても、そうなる人はいるかもしれません。発達前の子どもには非常な
害になります。

また、幼児期から小学校時期、非常なストレスを感じていると この脳は発達しないと
分かっています。
つまり虐待、あるいは緊張のもとに、興味のわかない記憶勉強や繰り返し訓練ばかり
やらせる。
 虐待は論外ですが
あまり子どもをコントロールして、人と係わらせないで、「貴方が偉くなる為よ」、と
勉強させ、記憶勉強、あるいは算数などの技術ばかりやられておくのも、まずいと言う
ことです。しかも自分のために勉強して、自分の利益になれば良いとだけ教えますから、
余計 人への心遣いが育たない訳です。また人と係わる経験がすくないため、勉強
して偉くなれるはずなのに、仕事にいったら他の人とうまくやれないで、仕事に行けな
くなる人も見られます。

 記憶勉強、技術をどう使うかが、人間ですから、幼児期から小学校時期、大事なのは
人間の基礎をつくることです。愛情深く接して、たっぷり遊ばせて、体験の
中から物事への
興味をやしない、子どもに「楽しいな」と思わせる生活を与えることが大事だということ
です。
昔から教育学者は、小学校中学年までに、体を使って充分に遊んだ子どもは、
後に教科書でならう事柄を難なく理解できると言います。また体験の伴わない知識は
知恵とはなり得ない、とも言われています。
お子さんの成績が良いと喜ぶとき、知識と行動の乖離の有無に気をつけたいです。

基礎基本といって、書き取りやドリル計算ばかりやらせないで、子どもの顔を見ながら
一緒に愉しむように過ごせば、今の成績は少々わるくても、良い未来があるだろうと思
っています。子どもが自分で生きていくだろうと思います。

この娘さんのケースが どの原因かは分かりませんが、最近の脳科学で分かってきた
切れる状態をお伝えしました。
[2005/11/07 22:12:31]

お名前: シリカ   
小学校の頃は、学校で飼育されている動物達の世話を進んでやって、校長先生に表賞
されたという子が、中学生になって、高校生になって、小さな命を殺して標本にした
り、果ては母親に劇薬を投与するようになるとは…。

爆笑問題の太田さんがね、次のように言っていました。
「殺人は衝撃的かもしれないけど、誰もそんなことすごいとか感動したりしない。同
じ死を題材としてもピカソは紙と絵の具で、ゲルニカを描いて凄いといわれ、感動を
与えた。人を殺す事は事件になっても、お前が考えている程凄いことでもなく、すぐ
に多くの殺人事件の中の1つになってしまう。誰もお前に感動も尊敬もしない。自慢
できるようなことをしていると考えているのなら、考え違いだ、と言ってあげる人が
いなかったのか」と。

小学校の卒業の際には、「大きくなったら、牧場主になりたい」。
中学では、「切れた神経細胞が直に繋がるような薬をつくりたい」と書いていた子が
引き起こした事件としては、やはり衝撃的ではあります。
マスコミはよく「心の闇」という言葉が好きなようですが、「闇」は誰にでもあるも
のです。
人間関係、家族関係の希薄? 母親は居ても居なくてもよいだけの存在だったのでし
ょうか?
伝えられる小学生時代の姿と今の姿が重なりません。ウサギやチャボはただの観察対
象だったのか、それとも、それを上回る強い理由があったのでしょうか?
グレアム・ヤングに傾倒していたというだけでは、理由にならないように感じるのです。
その少女には理由があったのか、それとも、誰しもにある暗い誘惑なのか。

動物が好きなはずであった少女に何があって、何が足りなかったのか、知りたいと思
います。
なにも理由や出来事がなくても、「出来てしまう事」であれば、それは本当に恐いこと
ではないでしょうか。ウサギやチャボを抱いた時の暖かさも母親の暖かさも概念であっ
て、実行行為の歯止めとはならないのでしょうか?
人の心は、かんたんに無機物となってしまうのでしょうか? 分からないことばかりで
す。
[2005/11/07 16:11:23]

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