日本基督教団 水戸中央教会 本文へジャンプ
略史

水戸中央教会は、戦前より水戸メソジスト教会、水戸ウェスレアン教会、水戸新生教会として伝道活動が始められていた。潮田忠三牧師の志願出征によって、教会活動は一旦休止するが、戦後1946年、潮田牧師の帰還によって再開する。19521130日に地域の農村伝道センターとして現在の大町三丁目三番地に米国ミッションの支援を受けて、土地を購入し、礼拝堂と幼稚園建物を建設した。戦後のキリスト教ブームの中で、伝道を展開、ララ物資の地域受け入れセンターともなった。米国からのブランズ宣教師等も奉仕された。

 1968728日、水戸新生教会は水戸自由ヶ丘教会と合同し、水戸中央教会となる。潮田忠三牧師が主任で石坂幸雄牧師が担任となった。その後1973年この合同は解消され、水戸自由ヶ丘教会は独立する。

 1976年、南部泰孝牧師を主任として迎え、潮田牧師は名誉牧師となる。この間、NTT水戸支店の改築に伴う日照権問題が起こる。NTT建物の影となり、幼稚園の教育活動に支障をきたすため、建物の新築が必要となった。遊び場を日の当たる方へ、礼拝堂兼幼稚園ホールを日陰へ、園舎には天窓を設ける等の設計方針が立てられ、1976831日に竣工した。

 19793月の南部牧師退任を機に付属幼稚園も含めた教会内部の問題が表面化した。同年4月に望月修治牧師が赴任するが、一年足らずで退任する。1980年より1983年、当時の茨城地区長藤崎信牧師(日立教会)が代務者を務めた。関東教区に水戸中央教会問題特設委員会が設けられ、事態の収拾が図られた。1983年よりおよそ1年間にわたり、この教会内の紛争鎮静化のために活動休止(礼拝禁止)措置が取られた。

横溝洋三牧師の赴任に伴い、1984212日、礼拝後の私語禁止という条件の下に礼拝が再開される。2000年に隠退するまで、横溝牧師は、問題の解決に当たりつつ、教会付属若葉幼稚園の閉園また統一協会信者の救出などに尽力した。

 20008月に山本隆久牧師が主任として赴任、その後、結婚、妻の英美子牧師が担任となった。2004年、水戸中央教会問題は解決した。在日大韓基督教会水戸伝道所、在日インドネシア人教会大洗ベツレヘム教会など地域の外国人教会との支援協力関係を強めてきた。2003年夏、バイオラ大学短期宣教チームの受け入れ、2004年よりは毎年2回、韓国サラン教会青年部短期宣教チームの受け入れなど、海外との交流も積極的に行っている。
 2011年3月11日の東日本大震災により、被災、建物は半壊し、現在、再建委員会が立ち上げられ、国内外の多くの祈りと支援に支えられて、再建の途上にある。