人づくり・子育てのページ

特に3歳までの間は、子どもにスキンシップで愛情を注ぎ、家庭の責任である適正、的確なしつけをしましょう。
子どもがいくつになっても、そして時間は短くても、子どもとの対話を欠かさず続けましょう。


子育ての悩み話し合いましょう!

ご感想や子育て法で 役に立つお話しなどの投稿をお待ちしています。 メールへ

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子育ての疑問から始まる 本当の家庭教育・人づくり

「甘えさせる」と「甘やかす」の違い・・・「与える甘やかし」の危険性

 親失格・・・人間失格の幼児虐待問題

必見! あなたの子育て法チェック!!

子育ての話 いろいろ

子育て ちょっと こまった話

必見! 「おとうさん 子育て 手伝って!」

必見! 叱り方って難しいですね 正しい叱り方とは?

子どもの心が突然わからなくなる時期

放任主義と自主性を伸ばすことの違い

無関心主義の親の問題

うちの子に限って・・・と考える親の心理と子の実態

何でもみんなと一緒・・・他人と違うことが出来ない子ども達

おとなと子どもの世界を同等と思う子ども達の問題

子どもの相談Q&A


子育ての疑問から始まる 本当の家庭教育・人づくり

 私たちが、これで良いと思っている子育て・・・。でもそれは本当に正しいのでしょうか? 一人前に人の親となり、自分の子どもと関わっていく中で、私たちはその難しさと大切さを学んでいきます。

 親は親らしく、堂々とその生き様を子ども達に見せられるでしょうか? 何にでも子どもの言うとおりになるという意味ではなく、子どもの心を見失いそして心を踏みにじってはいないでしょうか?

 そんな疑問を我が家はもちろん、周りや新聞・テレビから聞こえてくる子ども達の悲しい現実から感じます。私たち親や大人に責任はないのでしょうか?

 子ども達が影響を受ける環境は社会や周りにもたくさんありますが、一番影響を与えているのは、子ども達と一緒に過ごす時間が多い私たち親や家族なのです。

 私たち親の後ろ姿を子ども達がしっかり見ていることを忘れてはなりません。子を持って初めて解る親心と共に、子を持ちそして子育てに関わる中で、子どもと一緒に成長していくものだとつくづく思います。

 子育ての疑問を持つことから真の子育てが始まります。 そんな中から、家庭の温かさや優しさと思いやりの心が育まれ、ひいては明るい社会が創られていくのだと感じます。 (ある父親の独り言から)

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 必見! あなたの子育て法チェック!!

わが家の こ・こ・ろ ふれあい度チェック

◆子どもと一緒に過ごし、語り合う時間がありますか? 

◆自分だけの余暇や過剰な付き合いで、家族を犠牲にしていませんか?

◆忙しくても、なるべく一緒に遊ぶなど、ふれあい時間を大切にしていますか?

◆親子の会話が続いていますか?

◆子どもから「お父さんあのね。」「お母さんあのね」の言葉が出てきますか?

◆親も子も、朝夕のあいさつがきちんとできていますか?

◆子どもの明るい笑顔がありますか?

◆明るい笑い声が家庭内に響いていますか?

◆子どもが欲しがる前に簡単に物を与えてはいませんか?

◆子どもが何もしない前に、何でもしてやってはいませんか?

◆兄弟姉妹や他の子どもと比べていませんか?

◆子どもの良さを見つけようとしていますか?

◆子どもに対して、自信をもって自分の信念や生き様を見せることができますか?

◆子どもや人の言葉に耳をかたむけていますか?

◆何においても自分だけが正しいと思っていませんか?

◆子どもの真の理解の有無を無視して、自分の考えを押しつけていませんか?

◆こどものしつけは学校の責任だと思っていませんか?

◆他人に迷惑をかけないことや、人として絶対にしてはならないことを、家庭できちんと教えていますか?

◆また、社会で生きていく上で絶対にしなければならないこと、人として生きる上で絶対に身につけなければならないことを、家庭できちんと教えていますか?

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子育ての話 いろいろ 

子 心 親 心

 子どもを園に迎えに行ったお母さん。子どもの汚れた洋服を見るなり「また汚して!」と強い口調で叱った。 子どもの笑顔はとたんに消え失せ、しょんぼり。 「ぼく、お母さんと離れて頑張って園にいたのに。さあ帰ろうねって、優しく抱きしめて欲しかったのに・・・。」 子どもの心のつぶやきが聞こえてきそうだった。

 

 人のせいにしないで

 「そんなことをすると先生にしかられるよ。おまわりさんにつれて行かれるよ」と、お母さんがいたずらをしている子どもに注意をしている。 先生に叱られるからいけないのではなく、危険なことや人に迷惑をかけることがいけないのだと、小さいときから年齢に応じて教えることが大切。
 そしてもっと大切なことは、大人が自分の責任を他人に転嫁しない姿勢を、子どもに示すことではないだろうか。

 お手伝い 大好き!

 「先生! お掃除手伝います。」と、教室の掃除をしている私に子どもが言ってくる。「Kちゃんありがとう。」と、ほめると「ぼくね、お家でも、お母さんの手伝いをしています。」と、ニコニコ笑顔で答えるKちゃん。
 子どもはお手伝いが大好きです。「邪魔よ」「危ないからしなくていいよ」などと言わずに、自分で進んでやろうとする気持ちを大切に育てると、ますます、何にでも積極的に取り組むようになります。

 育 児 は 育 自

 毎日、子どもを叱らない時はないくらい、目のつりあがつた自分が、子どもの目の前にいつもいます。そして、子どもを通して、その自分の姿を見た時は、「ハッ!」とするのです。
 育児は、子どもを養い育てる、育むということですが、一方的な押しつけではダメなのです。
 「育自」でなければ、親(大人)失格なのではないでしょうか。自分自身が心豊かで、広く、大きく、自らを育まなければならないと思います。
 育てているつもりが育たされている自分に気づくことが多々あります。「育児は育自」・・・そうやって親は、親らしく成長していくものなのですね。  
熊本県教育委員会発行「すこやか家庭教育ヒント集」から要約編集掲載。

  瞳を見つめて

 「先生あのね・・・。」子どもはお話が大好きで嬉しいこと、困ったことなど話をしてくれます。 「なあに?」と顔を合わせるとアレアレ? 瞳がキョロキョロ・・・「こっちを見て」と言ってもすぐにキョロキョロ。
 ちょっと待ってください。話を聞いてあげる私たちおとなが、いつも何かしながら「なあに?」と答えていませんか。
 私たちおとなにとって大切なこと、「子どもの瞳の高さに」をつい忘れがちになります。ふれあう時間の多いお父さん、お母さんにも大切なことのようです。
 小さなふれあいでも、子どもの瞳を見つめましょう。
 熊本県教育委員会発行「すこやか家庭教育ヒント集」から要約編集掲載。

 お父さん、お母さんのガンバリ いつも見ています 

 私たちのことも見ていてくださいね

 お父さん、お母さん。毎日のお仕事本当にご苦労さまです。 ぼくたち、私たちのために一生懸命がんばってくれて本当にありがとう。
 汗を流して頑張っているお父さん。エプロンに料理の匂いがしみついているお母さんのがんばりを、ぼくたち、私たちはいつも見ています。
 疲れているから休みの時位はゆっくりしてください。そしていつもできないことで楽しんでもらいたいと思います。
 でもね。たまにでいいから・・・月に一回でもいいから一緒に遊んでください。キャッチボールでも、買い物でもドライブでも何でもいいからね。お父さんたちが遊びに行く所にも一緒に行ってみたいな。 
 お父さん、お母さんのがんばりに負けずにこれからも一生けんめいにがんばります。
 これからもぼくたち、私たちを見守ってくださいね。

中学一年生が先生を刺殺!

 この何ともショッキングで痛ましい事件が発生してから、ナイフを使った少年犯罪が全国で次々と報告されています。 今、子どもたちの心に一体何が起こっているのでしょうか?
 今の子どもたちの言葉の中に「むかつく」や「きれる」といったものがあります。これがこの事件に関係あるかどうかは別として、子どもたち自身、自分の気持ちを正確に説明できず、ムシャクシャした気持ちを簡単にこの言葉で代弁しているようです。
 これに対して「我慢が足りないから」とか「甘えているから」や「親のしつけがなっていないから」などの分析がなされています。
 これらの分析も理由の一つでしょうが、私たちは子どもたちが何故こういった感情を持つようになるのかを考えてみる必要があります。
 人の心をはかり知ることは難しいものの一つ考えられることは、まずは子どもたちの不安や不満になる前に、子どもの心を知ることが大切であり、そして、親や社会が真剣に理解し対処する姿勢を持ちながら、子どもたちに適正・的確に「親らしく、大人らしく」応えてやれるかどうかだということでしょう。
 人間、誰も最初から悪い人間なんていません。生まれた時のあのあどけない可愛い表情がいつまでも変わらず、心身共に健やかに成長していって欲しいものです。

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子育て ちょっと こまった話 

トイレに花子さん

「学校の怪談」や「トイレの花子さん」という映画やアニメが流行しました。これはこれとして、本当にトイレに花子さんや化け物が居ると子どもたちが恐がっているという話を聞きました。トイレに行くのを恐がって排尿、排便をガマンしているなんて、こんなかわいそうなことはありません。「そんなもの居ない!」と叱っても子どもたちには恐いものは恐いもの…各ご家庭で実態を優しく聞いて、お父さん、お母さん方、適切なアドバイスをお願いします。

学校でウ○コをしてはいけない?!

 またまた、トイレの話で恐縮ですが、学校で大便をするとからかわれるのでガマンしている子どもがいるという話も聞きました。大便所の話なので、特に男の子がからかわれることが多いようです。
 からかった子どもは悪気はないかも知れませんが、これが原因で排便をガマンするというのはかわいそうです。
 これは基本的人権に関わる問題であり、残酷、陰湿なイジメにつながる危険性も心配されます。各ご家庭でのご指導、ご助言をお願いします。

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必見! 「おとうさん 子育て 手伝って!」

母親の悩み座談会から

 お母さんたちの子育ての一番の悩みは「子育て疲れ」。 毎日家事をしながらの育児、これは父親には想像を絶するものがあります。特に精神面の弊害が表れ、育児ノイローゼになるお母さんも多いと報告されています。「ちょっとだけでもいいんです.優しい声かけだけでもいいんです」・・・こんな声がこの座談会でも聞かれました。 毎日毎日育児に追われて自分を見失ってしまう・・・・そんな時、子育ては妻の仕事と決めつけるのではなく、夫や家族が育児をフォローしてお母さんを「ホッ」とさせる体制づくりをすることが大切であり、これがお母さんたちの新たな子育ての意欲に結びつくと、強く感じました。

子育ての悩み みんないっしょ

 子育てへの関心は推もが強く持っています。この教室に参加したお母さんたちも同じで、市い関心と大きな悩みを持って参加しました。「どうしたら良いか悩んでいます?」「子育てのセオリーは?」「叱つてばかりで自己嫌悪に陥っています」「上手な叱り方は?」「子どもの身体や成長段階の標準価が気になります」「私だけが子育てがうまくいっていない気がして心配です」などなど、子育ての悩みは尽きません。「みなさん同じ悩みがあると分かつて救われました」「子育てにはセオリーや標準値がないことが良く分かりました」・・・こういった声が最後には聞かれ、無関心ではいけないが、子ども一人ひとりの個性に合わせた子育てが大切であることを皆さん確認されていました。

一人で悩まず みんなで悩もう

 核家族化は、生活面などで気楽な面もありますが、人との触れ合いが少なくなることも事実です.「近所に相談相手がいない」・・・この教室への参加者に限らず、今の日本の家族形態は親子だけの生活という
ものが多く、子育ての悩みを母覿一人で抱え込む危険性があるとも言えます。
 悩み過ぎが発端となって表れる子育ての弊害も多く、子育ての悩みは一人で考え込むよりも、家族はもちろん、先輩、友人、県や町の育児専門カウンセラーに相映してアドバイスを受けたり、こういった家庭教育講座や子育て教室に参加することも良い方法でしょう。 そんな中から自分に合った子育て方法がきっと見つかります。「人は人と接しながら成長していくもの」・・・子どもだけでなく、私たちおとなも社会と交わりながら、そして子どもの育児と関わりながら成長していくものと言えましよう。

子育ては反復練習

 「子育て・・・分かっているつもりですけど、実際は後悔することばかりですね」「いいな−と思った子育て方法・・・すぐに忘れてしまいます」・・・こんな声も聞かれました。最初から子育てが上手な人はいません。もしも忘れても子育てに関心があれば思い出します。無関心は絶対に問題ですが、少しずつ上手になっていくものだという事でしよう。

子育て これだけは気を付けましょう

 「子育てには決まった方法はない・・・セオリー(理論・学説)やマニュアルはない」といっても、「これだけは気をつけて欲しい」というものがあります。それは子どもの生命に危険が及ぷときと、社会の秩序を乱すような行為があった湯合は、その時を見逃さずその場で強く叱るなどの対応しなければなりません。 もちろんただ叱るのではなく、何が悪いことなのか?・・・どうしてしていけないのかを、「諭す(さとす)」ことが出来なければ、子どもの心には響きません。

もっともっと 子育てを学びたいですね。

 この教室で知り合った人たちとの交流を深めながら、学んだことを忘れないで実践しようと、閉講後も自分たちの力で、この会を続けていきたいとの声が上がりました。そして、今回のこの教室のメンバーだけでなく、子育てに悩みを抱えるお母さんたちに広く呼びかけようということになりました。

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必見! 叱り方って難しいですね 正しい叱り方とは?


▼私が叱る(たたく)と、その子が下の子を同じように叱ります。弱い者に向かうようになってしまうんですね。(これがイジメの原点と首われています.)
▼他の子どもに見えないように、叱る子どもだけを叱っています。 ▼イライラして、どうしても叱ってしまう私。いつも自己嫌悪に陥っています。 ▼叱れば「ゴメンなさい」とすぐに謝りますが、ただ反射的に謝っているだけで、心から反省しているのではないようです。 ▼叱ったら何かのところで誉めることも大切。あるいは、父親が叱ったら母親が優しく慰め諭す連携プレーが大切。子どもにも「逃げ場」を。 ▼子どもの悪いところばかり目に付く私・・・良いところにも目を向けたいと思います。 ▼叱り方にも愛情を!

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子どもの心が突然わからなくなる時期

子どもの目を見て 心を読みとる大切さ

親離れ・子離れのすすめ

 小さいときから手塩にかけて育ててきた子どもが、突然違う世界の子どもに見える時期があります。 それは、自分の気持ちを主張し始めたりして、精神面で順調に人間らしく成長するという内面の変化と共に、中学生ともなると身体も大きく大人らしくなっていくという外見面の変化に対して、親が精神面でついていけないということです。

 特に身体が大きくなることから、親は「身構える」という心理状態になることもあります。 しかし、子どもは精神面では健全に成長していくとしても、身体が大きくなっても親や家族に対しての気持ちは変わらないのですから、何も身構える必要はありません。こんな時期、子どもからの気持ちはなぜ親の態度が変わるのかと、不思議に思うことになります。

 目は口ほどに物を言う・・・子どもの身体ではなく、目や表情、態度を良く見て総合的に判断し、子どもの心をつかむことが大切なのです。

 ある意味で、親の寂しさを実感する時期でもありますが、身体も心も大きく成長しているのだな・・・と大きな心で子どもと接することが大切なのです。 これが真の「子の親離れ・・・親の子離れ」にも通じることなのです。

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放任主義と自主性を伸ばすことの違い

子育ての最初から(小さい頃から)の放任主義は絶対間違い

 よく、「私は子どもの自主性を伸ばすことに力を入れています」というお父さん、お母さん方がいます。ここまでは、そのとおりだ・・・素晴らしいと思いますが、具体的にどうやっていらっしゃいますか?とたずねると「子どものやりたいことを自由にやらせています。子どもの心を尊重しています。」とのちょっと心配な答えが返ってきます。それは絶対にしてはならないことと絶対にしてはならないことという「歯止め」はきちんと教えられているのだろうかと疑問が生じるということです。 それはいつ頃からですか?とたずねると、「小さい時からです」との答えが返ってきたら、これはもう相当問題です。

 何もわからない3歳位までは、コンピューターで言うなら、何もソフトが入っていない状態です。そんな時期から何でも自由にさせていたらどんな子どもができるかわかりません。小さいときの放任主義なんてあり得ません。あるとすれば、それは単なる「手抜き子育て」でしかありません。

 放任主義は、子どもの側からの心理には親の心とは裏腹に「自分は親から期待されていないんだ」と勘違いする恐ろしさがあることも認識しておく必要があります。

 子どもの成長に合わせて、他人に迷惑をかけないことや、人として絶対にしてはならないことや、また、社会で生きていく上で絶対にしなければならないこと、人として生きる上で絶対に身につけなければならないことを、家庭できちんと教えた上での良い意味での「放任主義」でなければならないのです。

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親の無関心主義の問題

 「子どものことは母親と学校に任せている」と言う父親・・・その母親からは「学校にお任せしています」との答えが返ってきてビックリ。一体この家の子どもはどういう生き方をしているのだろうかと心配になります。 そんな親だからしっかりしてした子どもであって欲しいと願うばかりです。

 学校は学業面で子どもを伸ばすという学校教育の場であり、しつけをはじめとする家庭教育は家庭の責任だとしっかり認識しなければなりません。

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うちの子に限って・・・と考える親の心理と子の実態

押さえ付け教育をする 親と教師の問題

 我が家では、何も問題が無いように見える子どもが、学校や社会の中では親から信じられない行動をすることがあります。 それは、万引きや暴力行為、喫煙などの犯罪や不良行為であったりします。

 そんな時、警察や学校に呼ばれた親から出る言葉は、よく知られているように「うちの子に限って」・・・という言葉なのです。

 こんな子どもの内と外の姿のギャップはどこから出てくるのでしょう? そのひとつに「押さえ付け教育」があります。何でもガミガミと子どもを叱り、親の言うとおりにしてしまう親。そんな環境からは「親の前だけは、とにかく怒られないようにしておこう」という歪んだ心が作られる危険性があります。 これは、正しいことを力説することは大切なのですが、子どもの理解度を無視して自分の思い込みを押し付けるだけで、子どもはただ圧力としか感じず真には納得していないということなのです。

 「授業中はとにかく静かにしてくれれば良い」と、押さえ付け教育を正しいと思い込む・・・そんな単純な考えの先生もいます。

 そんな家庭や学校で生活していた子どもが環境が変わった途端(小学校から中学校・・・中学校から高校への入学など)に歯止めが無くなって、とんでもないことをやらかしたりします。

 家でも学校でも子どもの心にうったえる教育の大切さ・・・難しいことですがこれが大切なのです。

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何でもみんなと一緒 

他人と違うことが出来ない子ども達

悪いことだとわかっていても、仲間はずれを恐れて引きずり込まれてしまう子どもの心理

 人間、一人で生きていくことはできません。家庭はもちろん社会での協調や協力は大切なことです。

 しかし、この事とは別にして、今の多くの子ども達は良い意味での個性が欠如しています。 そんな子は、誰が何と言おうと正しいことは正しい・・・間違いは間違いだと言い切る強い意志も感じられませんし、みんながすることと同じ事をするのが正しい・・・みんなと違うことをするのは間違いだという錯覚もあります。 そんな中にはみんなと一緒に行動するのが当たり前になって、トイレまで一緒に行かなければ気が済まないという極端な例もあります。

 こんな中から、イジメは悪いこととわかっていても・・・「イジメたくはないのだけれどもイジメをしないと仲間外れされる」という心理が働きイジメの拡大につながってしまう悲しい現実があることはご承知のとおりです。

 「私は何と言われようとこの服が良い・・・流行なんて関係ない」というポリシーと個性を持つことの大切さを認識しましょう。 だからと言って裸で歩き回ることなど、社会の規範に反することとは違うことは言うまでもありません。

 もう一つ心配されることは、言葉は正しくありませんが、子どもの中で「正しいグループ」と「悪いグループ」があるとしたら(ここで何が正しく何が悪いのかと問いかけないでください。・・・大きな意味でとらえ大きな心で読んでください。)その「正しいグループ」が「悪いグループ」の数の多さに圧されてしまう危険性があるということです。

 もちろんこの「悪いグループ」を切り捨てるという考えではいけません。すべてが良い方向に伸びていくためには、この「良いグループ」を核として、孤立させずに正統派として見守りフォローしながら、全体を良い方向に向けていくことが大切なのです。

 人間、最初から悪魔のような悪い人間はいません。たとえ、この「悪いグループ」の子どもだとしても、最初からそうであった訳でもありませんし、ずっと悪い子ではないのです。

 みんなで助け合い、理解し合い、認め合う中から優しい心で明るい家庭や社会や学校が創造されていくのです。

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おとなと子どもの世界を同等と思う子どもの心理

 たばこを吸った子どもが親や先生から見つかって「どうして吸ったらいけないのか! 先生や大人は吸っているではないか!」と反論する子どもがいます。

 これに対して皆さんなら何と答えますか? 「法律で決まっているからダメだ」や「身体に悪いからいけない」・・・などなど、正論を唱えても子どもの真の理解は得られません。

 子どもは「身体に悪いのなら先生も大人もやめればいいじゅないか!」と理屈で言い返してきます。

 中学生ともなれば、身体も大きくなり大人が自分に対して見る目も変わってくることから自分は大人になったと錯覚してしまい、自分と大人の世界を混同する危険性がここにあります。

 そんな問答の中、ある子どもが喫煙した子どもに対して「先生や親が吸うのは大人だから当たり前だ。僕たちは子どもだからいけないんだ。」の一言で話しは終わり。

 子どもと大人の世界は違って当たり前。 良いことは良いこと。悪いことは悪いこと。・・・理屈ではなく、毅然と対応する大切さの本質がここにあります。

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子どもの相談Q&A

問   い

 私は中学一年生の男子をもつ親です。三歳上に姉がおり、こちらのほうが本当なら難しい年ごろのはずですが、まったく心配することなく見つめられています。
 それに比べて、この長男のほうは別に悪いことをするというのではありませんが、まったくといってよいほど勉強する意欲がありません。
 少しは机に向かってくれればと思って叱ったり、ときにはほめたりするのですが、いっこうにやる気になってくれません。このままでは、落ちこぼれになってしまうだろうと思うと、心配で仕方ありません。 どうすれば学習意欲が出てくるものなのでしょうか。


  答   え    意欲を出させるにも個人差があります

 子どもにはいろいろな個性の違いがありますから、何も言わず温かく見つめていてあげるだけで、学習に取り組んでいく子もいるでしょうし、たえず励まし続けていくことで、やっとやる気が起きる子もいるでしょう。
 このように個人差が大きいため、あまり一般論を申し上げても役立つかどうか疑問ですが、ここではもっとも基本的な点のいくつかを記しておきましょう。

良いところを見る力を養い、認められたい心理をつかむ

@成功の喜びを体験させる
 どんなことでもかまいませんから、成し遂げたという成功の喜びを体験させてください。そして、そのときはしっかりほめてあげてください。

A好きな教科に力を入れる
 「算数も国語もだめ。絵や描くことが好きでも将来の入試には役立たないよ。」というようなことは絶対に言わないでください。一つのことに自信がもてるようになると、他の教科もやればできると思うようになりますから。

B兄弟姉妹との比較をしない
 「お姉ちゃんはよくできるのに、どうしてお前はだめなの。それでも同じきょうだいかしら。」といった言葉は、本人に深く劣等感をもたせますし、きょうだいの仲を悪くする危険すらあります。

C長所をほめましょう
 お子さんにはどこか良いところがあるはずです。勉強はしなくても、とても明るいとか、優しい思いやりがあるとか、そんな良いところを見たり感じたりしたら、言葉だけでなく態度でほめてあげてください。

Dお子さんの気持ちになって接してください
 両親に認めてもらいたい。ほめてもらいたいと、お子さんは絶えず思っています。注意したり、叱った後で、「お前だってバカではないのだから、やればできるはずよ」はほめたことにはなりません。ますます学習意欲をなくすだけだと肝に銘じましょう。

岩佐壽夫氏著「揺らぐ心をどう受けとめるか」から要約転載

子どもの「ツッパリ」とは?

 問 い 

 うちには俗にツッパリと呼ばれる子どもがいて、「自分たちは、ただかっこいいとか好きでやっているのではない。親や大人のやっていることを見れば、オレたちに文句は言えないはず」などと言います。どうしたら良いのでしょうか?

 答 え 

 親や大人が子どもたちに対し、その子のためと思って厳しく接しても受け入れられないことがあります。これは、子どもの心をうたない何かの問題があるのでは・・と、私たちは素直に反省してみる必要があるのではないでしょうか。
 そして、子どもさんに一番伝えて欲しいのは、周辺に一方的で身勝手な大人がいるとしたなら、「オレはそんな大人には絶対ならないぞ」と考えて欲しいということです。世の中、そんな大人ばかりではないということ。また、その人たちへの反発からの「ツッパリ」ならば、自分を大切にして欲しいということです。
 子どもたちに期待する私たち大人は数えきれないほどたくさんいるのですから。

「揺らぐ心をどう受けとめるか」少年問題カウンセラー 岩佐壽夫氏著から要約転載

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人間失格・・・親失格の幼児虐待問題

子どもが子ども育ててしまう危険性からか、育児疲れからなのか?

 この問題がテレビなどで報道される度に、何ともかわいそうで目も耳も背けたくなりますね。これは、心が出来上がっていない子どもが子どもをつくるという現象からと、育児疲れから子どもにやつあたりをしてしまうというどちらかが考えられます。

 もしも、あなたの近所や身近なところで幼児(・・・に限らず)虐待や子ども同士の陰湿なイジメの話を聞いたら、都道府県の児童相談所や警察に知らせましょう。  そして、一日も早く苦痛と苦難から子ども達を救い出しましょう!!

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「甘えさせる」と「甘やかす」の違い

良かれと思ってしてやったことが、子どものためにならない現実

甘やかすとは? (与える甘やかし・・・からの脱却のために)

 世の中でしなければならないことと、してはならないことは絶対に教えていかなければなりません。特に、してはならないことをした場合は強く叱らなければならないし、社会の常識を教えていくことが大切です。こういった点での甘やかしがダメだということはどなたも認識されていると思います。ところが今から述べる「与える甘やかし」の危険性については、子どもが可愛いと思う親の気持ちとしては、問題性を特に認識しにくいものだと思います。

 私が子どもの頃は、テレビ、おもちゃ、ましてやコンピューターなんて無かった時代です。食べ物だって今でもカレーライスとバナナ、牛乳、納豆を食べ始めたことを覚えているくらい、日本全体に物質的に何もなく貧しさから少しずつ高度経済成長の名の下に発展(これが結果的に環境破壊やバブルの崩壊で表される経済破綻につながるわけですから、本当の発展かということには疑問がありますが。)途上中の時代でした。

 そういう環境で育ったこともあり、また、親からそう簡単には欲しい物も買ってもらえなかったことから、私の年代は物質欲がものすごく強い気がします。 そういうことから、可愛い我が子には、何でも欲しい物をすぐに与えてしまう・・・喜ぶ子どもの顔を見たいこともあり、子どもが欲しがる前にでも好きそうな物を買ってやる・・・そんなことが続く危険性があります。

 こういった物質面のことだけではなく、ちょっとの距離でも車で連れて行ったり、雨が降っていたら通学も大変だろうと同じく車で連れて行ったり、何事かがあるというと子どもは何も考えることなく親が段取りをしてしまうとか、食事の後の子どもの茶碗まで片づけてしまったり、とにかく子どもが考えて動く前に親が先に手を出してしまうことが多いと思います。

 こういうことは、親としては当然といった一面もあり、子どもにありがたくも思ってもらわなくても良いが、子どもは親の気持ちは解っているだろうから、ちゃんとやるときにはやるだろう・・・これが甘えにまではならないだろう・・・他の親もしていることだし、まあいいか・・・と多少の疑問は持ちながらもこうした「与える甘やかし」が中学生の頃まで続く危険性があります。

 ところが、小学生高学年頃から、布団の上げ下げや食事後の片づけ、勉強のことなどなど、出来て当たり前のことが自分から進んで出来ない我が家の子どもに気づき、これではまずいと口やかましく叱る場面が多くなります。

 しかし、この時点では「時既に遅し」です。 どんなに正論を唱えても子どもの心には響きません。物心両面で子どもが何を欲しがっているかや、子どもの不満、不安はいつも察知することは大切で子どもの行動と心から絶対に目を離さずじっと見守ることは大切ですが、子どもが考え動く前にしてやったり、子どもが物を欲しがる前に物を与えたりしないことが大切です。してやるときや与えるときは、それで良いのかをよく考えましょう。「与える甘やかし」は独立心と自主性を大きく損なうことにつながることだと認識しましょう。

 気休めかも知れませんが、こういう問題があったとしても、「与える甘やかし」を受けた子どもが、ずっとそういった甘えた生活を続けるということではありません。その子も自分の問題点として認識する時期は来るのです。その時、親に対して一定の「感謝の気持ち」とそういった与え方をされたことへの「恨みの気持ち」もありながら、少なくとも「このままではいけない」と気づくのです。しかし、人生の中で気づくまでの時間が無駄だとは言いませんが、その間、親子両方に気持ちの上での葛藤や悩みが生じますので、そういった時が「ロスタイム」として流れてしまうということは言えますから、やはりそういうことにならないように気を付けなければなりません。

 

甘えさせるとは?

 このページをご覧の皆さんはこのことは良くおわかりと思います。 子どもに限らず人間は素直な心がいつも現れることが大切です。子どもが不安な時、悲しいときには悩みをしっかり聞いてやると共に、苦しいときには親や家族が「心のよりどころ」としての存在になることが大切です。 時には黙ってしっかり抱きしめてやることも必要です。 一生懸命に前向きに進む精神で、子どもながらにしっかりと生きていく中で、つらいとき、苦しいとき、悲しいときに、子どもの心が「ほっ」する場所としての親の存在は重要なことです。 

 とにかく、子どもが素直に心を休めることが出来る存在があると無いとでは、子どもがこれから社会の荒波を渡って行く際にその生き様は大きく違ってくることは間違いないと、しっかり認識しなければなりません。

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