ヴァレリア島戦記

〜灰色の魔導師7  最終話〜

 
 



 ギルド街に着いたバイアンはアリシアが飛び出してきた家へと向かった。幸い扉に
鍵はかかっておらずすんなりと入ることができた。家の中は意外と狭く、そして乱雑
だった。話が外に漏れないよう壁を厚く作っているのだろう。そんなことを考えてい
た彼の目に地下へ通じる階段らしきものが飛び込んできた。普段は本棚で隠されてい
るのだろう、壁のしみと一致しそうな本棚が横にどけてある。

 バイアンはためらうことなくその階段を下っていった。地下室は以外に深くに作ら
れており、地下へと続く真っ暗な階段がまるで地獄へと続くのではないかと錯覚させ
る。

 しばらく進んで小さな光が見え始めると彼は静かに歩を早めた。

「恐れることはない、一瞬で終わるのだからな。」

 地下室には抜き身の剣を持ったストラムと鎖につながれたアリシアの姿があった。

「次に生まれてくるときにはバクラム人として生まれてくるんだな。尤も貴様らのよ
うな卑しい者が我々高貴なるバクラムに転生できるわけはないがな!」

 そう言うとストラムは狂ったような笑いを浮かべながら剣を振り上げる。だが彼が
剣を振り下ろそうとした瞬間、手に何かがぶつかったような物凄い衝撃が走り、スト
ラムは剣を足元に落とした。

「デッドショットか・・・。」

 自分の身に起こったことを理解するとストラムは忌々しげに扉のほうを振り返っ
た。そこには予想通り、彼の計画をことごとく潰してくれた憎き魔術師が立ってい
た。

「彼女を放せ!」

 入り口に仁王立ちしたバイアンは強い口調で言い放った。

「まさかここのことまで知っているとはな、流石の私でも予想できなかった。そのこ
とは誉めてやる。だがここがお前の墓場となるだけだッ!覚悟はいいな?」

 怒りに支配されて我を失いながらストラムが吼える。

「どうして?なぜ助けにきたの?ここに来たって何の得にもならないし、殺されるか
も知れないのよ?」

 アリシアはわからないといった表情で尋ねる。

「彼女を放せ!」

 二人の問いには答えずにもう一度、前と同じ台詞を繰り返す。

「黙れッ、貴様だけは生かしてはおかぬッ!」

 剣を水平に構えると切っ先を突き出して突進してくる。

 ピッ!かわし損ねた切っ先がバイアンの腕をかすめる。ローブが切れ、赤い血が袖
に滲み出た。

「次は外さんッ」

 体勢を立て直したストラムが物凄い気迫で切りつけてくる。

「いやぁぁぁ、もうやめて!」

 剣が一振りされ、バイアンの身体に傷がつけられる度にアリシアの悲痛な叫び声が
地下室にこだました。しかし当の本人はいくら斬られても顔色一つ変えず、ただスト
ラムをじっと睨みつけているだけだった。

 ストラムの剣技自体は全然大したことはなく、いつものバイアンなら避けられる程
度である。避けられないのには先ほどのスロウムーブの影響もある。だが避けられる
範囲の攻撃でも避けずに当たっているのは実は彼の作戦の内なのだ。その証拠に致命
傷になる一撃は必ず避けている。

 そんなバイアンが突然小声で呪文の詠唱を始めた。今まで攻撃どころか反撃すらし
ていなかったのに、である。

「今更何を唱えても無駄だッ!今の貴様では魔法一つ唱えることで精一杯なはずだ。
一発で人を屠れるような魔法が、この狭い地下室で使えるはずがあるまい。」

 そう言い放つとストラムは突きを繰り出した。ねらいはそれたが切っ先はバイアン
の肩に深々と突き刺さった。他に何も聞こえなくなるほどのアリシアの大きな悲鳴が
地下室に響いた。

「・・・・さて、それはどう・・・かな?」

 苦しそうな表情を浮かべながらもバイアンはにやりと笑うと剣を握ってストラムを
逃がさないようにした。

「我が血と肉の苦痛を与え、迷えし悪鬼を滅ぼさん・・・・」

「ま、まさかその魔法はっ!!」

 ストラムがその魔法に気付いて驚愕したときにはすでに呪文は完成していた。

「喰らえ、ワードオブペインッ!」

 魔法の発動とともにストラムは膝を床に落としてもがき苦しみはじめた。

 ワードオブペイン、自らの受けた苦しみを相手にも与えると言う暗黒魔法である。
瀕死の重傷まで自分を追い込み、そしてこの魔法で相手を葬り去る、これがバイアン
の隠していた奥の手であった。ただし、この作戦では相手の生命力(HP)がこちら
を上回っていた場合、つまりこれで決まらなかった時は瀕死の状態であるこちらがや
られる事になるだろう。

 バイアンは肩で息をしながら苦しむストラムの様子を見守った。

(頼む、これで決まってくれよ・・・)

 唐突に床をのた打ち回っていたストラムの動きが止まり、同時に嵐のような叫び声
も止んだ。今度は逆に緊張の静寂が始まった。長い長い時間だった。実時間にすれば
ほんの数秒だったのかも知れないがバイアンにとってそれは永遠に近い時間に感じら
れた。

 その永遠が破られたとき、バイアンは今日二度目となる死というものへの覚悟をし
た。そう、ストラムが立ち上がったのだ。剣を杖代わりに、ふらふらしながらだがこ
ちらへと確実に歩を進めてきている。

「まさかあんな手を・・・・・隠していたとはな・・・だが・・・それもここまで
だ・・・・」

 顔は苦しそうだがその目には勝利を確信した満足感があった。

「あの世で・・・後悔・・・するが・・いい。」

 ストラムがバイアンの首筋に切っ先を突きつけた。その時・・・・。

「やらせんよ」

 そんな声とともに何かがバイアンの前を通り過ぎた。「何か」はストラムを巻き込
むとそのまま壁へと激突した。金属と石壁がぶつかる甲高い音が地下室に鳴り響い
た。

 バイアンはゆっくりと顔を上げて状況を確認しようとした。壁際には一人の騎士が
剣を水平に突き出して立っていた。バイアンの前を通り過ぎた「何か」の正体はきっ
と彼であろう。そしてその剣の切っ先はストラムの喉を貫き、石の壁に突き刺さって
いる。

「間一髪だったな。」

 騎士は剣から手を放すとバイアンのほうへと歩み寄ってきた。見たことのない騎士
である。歳は30前後くらいの正に壮年期の男で立派な髭をたくわえている。ファル
クスを見たときにも常人とは違う風格のようなものを感じたが、この騎士からはそれ
以上の魅(ひ)きつけられるような何かを感じた。相当名のある騎士に違いない。

「相当ひどくやられたな、立てるか?」

 騎士はバイアンの腕を取ると自分の肩に回した。

「自分の女くらい自分で助け出したいだろう?」

 そう言って目配せをすると騎士はバイアンに肩を貸しながら立ち上がり、アリシア
のほうへと歩き出した。

「アリシア・・・・」

 騎士のくれたキュアエキスのおかげで(このあたりからもこの騎士が上級だという
ことが覗える)何とか立ち上がれるようになったバイアンは自らの手でアリシアを鎖
の縛めから開放した。

「バイアン・・・・」

 アリシアも立ち上がって彼をみつめる。

「おのれぇ・・・」

 その後ろではストラムが自らの喉を貫通している剣を引き抜いていた。

「バイアン・・・・貴様だけは・・・・・」

 ふらふらとバイアンにむかって近づいていく。もう体力などない、気力のみでスト
ラムは向かっていた。

「!?危ない!」

 その事態に気付いたアリシアがバイアンを押しのけてストラムに向かっていく。剣
を持っているとはいえ死にぞこないの彼にはもうアリシアを倒す力すら残っていな
かった。彼女の繰り出したストレートパンチを顔面に受け、壁に叩きつけられる。そ
してそのまま壁に寄りかかりながら崩れ落ちていった。

「ククク、あれだけの栄華を誇った我々がたった一人の魔術師によって崩壊させられ
るとは・・・まったくのお笑い種(ぐさ)だよ。」

 死の直前だと言うのにストラムは苦しい顔一つせず、自嘲の笑みを浮かべる。喉を
貫かれているため、彼がしゃべる度に喉から大量の血がこぼれ、ひゅうひゅうという
気味の悪い音がした。

「だが覚えておくがいい。我々が死しても我らの思いは、理想は、争いは、決して消
えはしない。このヴァレリアに三つの民族がいる限りな。フハハハハハ・・・・・」

 呪いのような言葉と笑い声を残してストラム=ゲルザードとバクラム選民同盟はこ
の世から消えた。

「これで・・・これで本当に終わったのかな?」

 しばらくの沈黙の後にバイアンがつぶやいた。

「いや、むしろこれからがはじまりなのだろう。」

「そうね。ようやく一つの呪いを断ち切ったんだから。この平和を守り続けなければ
意味がないわ。」

 騎士とアリシアがそれぞれの意見を述べた。

「全くその通りだよ。新しい時代を創る努力をしなければね。・・・本当に今日は得
ることの多い日だったよ。」

「あら、何を得たの?」

 アリシアが興味有り気に尋ねる。

「一つは、一人でやろうとしても限界があるけどみんなで力を合わせれば超えられ
るってことさ。もし俺一人だったなら今回君を守りきれなかったと思う。ジェリドや
ファルクス隊長、今回手を貸してくれた人たち全員の助けがあったからこそできたん
だ。みんなで信じてそれをやっていけば無理だと思えることでも可能にできるってこ
とがわかったよ。」

「確かにその通りだな。」

「そうね、そうかも・・・知れないわね。」

 アリシアは少し言葉を詰まらせながら相槌をうった。まだ「人を信じる」というこ
とに少し抵抗があるのだろう。しかしそれも時間が解決してくれる、今のバイアンに
はそれが確信できた。

「そしてもう一つは・・・・」

「もう一つは?」

「前といいさっきといいあのパンチ力、君はセイレーンじゃなくてヴァルキリーを目
指したほうが向いてるだろうなってことさ。」

「せっかくの感動のラストなのにオチを作らないの!」

 バキッ、バイアンお墨付きのヴァルキリー級パンチが彼自身にお見舞いされる。

 その場にいた三人から笑い声があがった。

(本当はもう一つ、「君が好きだ」ってこともわかったんだけどね)

 それはまた今度伝えよう、笑いながらそう心に決めた。


 一ヶ月後、傷の癒えたバイアンとアリシアの二人は王城へと呼び出された。

「しかしまさか覇王様直々にお礼の言葉をいただけるなんて、まるで夢みたいだ
よ。」

 いまだに信じられないといった様子で興奮しているバイアンは今日何度目になるか
わからない台詞をアリシアに言った。

「そうね、その覇王様とやらがふんぞり返って私たちにお礼を言ってくださるのかも
知れないわね。」

 こちらは不機嫌そうにそっぽを向いて答える。まあアリシアでなくとも同じ台詞を
一日にしつこく何十回も言われ続ければ不機嫌にもなるだろう。

「それにしても覇王様ってどんな人なんだろう?きっと威厳があってビシッとした
かっこいい人なんだろうなぁ。」

 そんな彼女の気持ちなど微塵も気付かないバイアンはまだ見ぬ王様像に一人想像を
膨らませていた。

「それでは王様がお会いになられるそうです。くれぐれも失礼のなき様に。」

 従者に案内されて、二人は謁見の間へと通された。玉座前の段下まで進むと二人は
さっきの従者に教えてもらった宮廷儀礼に従って片膝をつき、頭を下げた。

「今日は覇王様にお会いできること、この身に余る光栄と・・・・」

「そう固くするな、今日は形式にうるさい貴族たちもおらん。お互い気軽にいこうで
はないか。」

 聞き覚えのある声だった。その声に反応して二人は無礼にも王の了解も得ずに顔を
上げた。

 二人の目の前には選民同盟のアジトで出会った、あの騎士の姿があった。そしてそ
の騎士は今、間違いなく玉座に腰を下ろしている。

「久しぶりだな、傷の具合は良いのか?」

 玉座の主人、ドルガルア=オヴェリス=ヴァレリアはそう親しげに声をかけてき
た。

 二人はこの状況を飲み込めずにしばらくの間ぽかんとしていた。二人ともわかって
はいるのだ。この状況から考えられる事実は一つしかないということを。しかしどう
しても頭がそこへたどり着くことを拒んでしまうのだ。

「へ、へへへへ陛下とは露知らずい、今ままでの無礼の数々・・・誠に失礼致しまし
ましたっ!」

 はっと我に返ったバイアンが弾かれたように突然、地に頭をこすりつけるように頭
を下げた。ファルクスの時とは違った意味で頭を下げたりないように思えた。

「よせよせ、そんなことは気になどせん。逆に行儀よくされたほうがやりにくいわ。
オレは王の癖にそういったことが苦手でな。」

 ハハハと軽く笑いながらドルガルアは二人に顔を上げるように言った。

「だが・・・」

 自分の国民に顔を知られていないようではオレの人気もまだまだだな、と付け加え
ると今度は豪快に笑った。

「そ、そうですか。とにかく今まで失礼しました。」

 バイアンは少し戸惑いながらも詫びの言葉を述べた。だいぶ想像していた人物と
ギャップがあったからだ。だが逆に想像していたよりも親しみやすく、そして何より
この王にはどんなことであろうとやってのけてしまうのではないかと思わせてしまう
不思議な魅力があった。そのため想像していたドルガルア像が崩れてもそう暗くなる
ことはなかった。

「バイアン、たった一人でよくオレの考えを守ろうとしてくれた。その行動と心意
気、そして勇気に感謝する。ありがとう。民が全てお前のようなら良いのだが
な・・・。」

「いえ、これも陛下の努力の賜物です。これからもご尽力されれば必ずや真の平和が
訪れるはずです。頑張ってください。そのために私もできる限りのことはいたしま
す。」

 バイアンは差し出された手を力強く握り返した。王の掌(て)は熱かった。その熱
さから彼のやろうとしていることが口先だけではないことが感じ取ることができた。
この王なら必ずやれる、バイアンはなぜかそんな確信が持てた。

「それで・・・そっちがアリシアだったな。そなたには済まぬことをした。許され
よ。」

 そう言うと今度はアリシアのほうを向いて頭を下げた。

 一国の主が頭を下げる、この事態にはさすがの彼女も驚いたようで、「いえ」と畏
まりながら短く答えることしかできなかった。

「しかし・・・前に見たときにも美人とは思っておったがこうしてよく見ればそれ以
上に美しいな。」

 いつの間にかアリシアの目の前にまで移動していたドルガルアはまるでエスコート
するように彼女の手を取った。

「オレは美人が平和と同じくらい好きでな・・・・どうだ、良ければオレの妃になら
んか?」

 そう言いながらアリシアに片目をつぶって見せる。

「それは出来ません!」

 アリシア本人より先に、バイアンがあわてて即答した。

「そうか、それは残念だな。」

 バイアンの慌てぶりがよほどおかしかったのかそれとも予想通りの反応でおかし
かったのか、ドルガルアは謁見の間全体に響くほどの大声でまた豪快に笑った。


 王城からの帰路に着いたバイアンたちの手にはずっしりと重い袋が握られていた。
中には褒美としてもらった金塊が詰まっている。はじめは断っていたのだが最後には
あの王様が強引にも持たせてくれたのだった。

「ところで・・・これからどうするんだい?」

 重い金塊の袋を置いて一息ついた時、バイアンはふいにアリシアにそう尋ねた。

「どうするって・・・そうね、お金も入ったことだしこれを元手にどこか違う町にで
も行ってみようかしら。」

 そう言いながらもらった袋をぽんぽんとたたいてみせる。

「そう・・・・なんだ。」

 覚悟はしていた答えだった。選民同盟がいなくなったからといって彼女がここに残
るとは思えなかった。なぜなら彼女にとってこの街は辛い思い出しかないのだから。

 自分の予想通り、元気のなくなったバイアンを見てアリシアはくすっと笑った。

「なんてね、冗談よ。他に行くあてもないしもう少しこの街にいるつもり。・・・も
ちろんあなたが家に置いてくれるならの話だけどね。」

 そう言って悪戯っぽく笑ってみせる。その笑顔は光の女神イシュタルすら霞むほど
に美しく、そしてかわいらしかった。これが本当の、彼女の心からの笑顔なのだろ
う。

「それであなたはこれからどうするつもりなの?」

「・・・えっ、あ。」

 その笑顔に見とれていたバイアンは彼女の問いを聞き逃してしまった。

「これからのことよ。アカデミーを卒業したらどうするのかなって思って。」

「卒業したら・・・か。」

 バイアンはそう言うと少しの間何かを考えるようなしぐさをした。別にこれからど
うしようかを考えているわけではなく、言うことが照れくさかったので話をする決心
をしていたのだ。

「卒業したら俺、アカデミーで魔法を教えようと思うんだ。導師になって魔法だけで
なくいろんなことを若い世代に教えていきたいんだ。今までのような過ちを繰り返さ
ないためにもね。・・・やっぱおかしいかな?」

 少し照れながらバイアンはアリシアの反応を見た。

「そんなことないわ。導師様なんて素敵じゃない。あなたならやれるわ、きっと。」

 だってあんなに閉ざしていた私の心でさえ動かしてしまったのだもの、彼女は心の
中でそうつぶやくとバイアンの手をそっとにぎった。


 ヴァレリア島という島がある。長らく戦乱の中にあったのだがドルガルアという一
人の男によって統一され、ようやくこの島にも平和が訪れた。だがその偉大なる統一
王の死後は後継者不在のため、またしても戦乱の時代へと舞い戻っていた。ガルガス
タン、ウォルスタ両民族はそれぞれ独立を宣言し、ヴァレリア王国もまた派閥による
抗争が起こり、旧王権派で民族融和を主張し続けた大神官モルーバや宮廷魔術師ジェ
リドなどは追放され、司祭であるブランタが実権を握り、バクラム・ヴァレリア国と
なっていた。

「ここか、バイアン=ローゼンオーン殿の家は。」

「姉さん、突然押しかけるなんて失礼じゃないの。」

 ブランタの反対派狩りの手がアカデミーで民族融和を教えるバイアンの元にも伸び
てきたため、彼はハイムを離れて故郷で隠居していた。そんな彼の元に若い娘が二人
訪ねて来たのはいまだ戦乱の収まらぬある日のことだった。

「貴殿がバイアン=ローゼンオーン殿か。私の名はセリエ=フォリナー。ヴァレリア
解放戦線のリーダーをしている。単刀直入に言おう。我々に力を貸していただきた
い。」

 突然家に上がりこんでくると娘は自分の名と目的を手短に語った。

「姉さんッ!すみません。突然押しかけてこんな話をして。」

 姉に代わって妹が非礼を詫びた。

「フォリナー、追放された大神官殿の娘さんか・・・。」

 どうやら敵ではなさそうだ、相手の正体が判明するとバイアンは反射的に手にした
杖をテーブルに立てかけた。反対派狩りに備えて、ハイムを出たときからいつでも手
の届くところへ置いているのだ。

「目的はわかった。で、お前さんたちはどうして戦っておるんじゃ?どんな世界を築
くために戦っておると言うのじゃ?」

 テーブルの上に肘をついて手を組むとバイアンはじっと相手を凝視した。まるで相
手の言葉の真偽ですら目で見抜くかのように。

「どんな・・・だと?決まっていよう、誰も争うことのない平和な世界だ。それこそ
民族や階級すら関係なくな。」

 強い決意を秘めたその言葉に彼は嘘はないことを感じ取った。同時にその強すぎる
決意が後々彼女を破滅に導くかもしれないということも。

「・・・・良かろう、この老骨で良いならいくらでも力を貸そう。」

「賢明な判断だ。さすがはアカデミー一の賢者殿だな。」

「本当ですか?ご協力を感謝します!」

 バイアンの言葉に二人はそれぞれ喜びの声を上げた。

「わしの知り合いの息子に士官学校出の騎士が一人おってな、そいつにも協力してく
れるよう手紙を書いてみよう。一人でも仲間は多いほうがよいじゃろうからのう。」

 そう言って立ち上がるとバイアンは奥の部屋へと消えていった。

「・・・・行くのね。」

 奥の部屋にいた彼の妻、アリシア=ローゼンオーンは静かにそう言った。少し心配
そうな顔はしているが引き止めようとする言葉やしぐさは全く見せなかった。それだ
け相手の事を信頼しているのだろう。

「いつまでもこんな田舎に引っ込んで知らん顔をするわけにもいかんからな。それ
に・・・・あの娘さんたちを見ているとほっとけなくなるわい。昔の誰かさんのよう
でな。」

「確かに他人のような気がしなかったわ。美人なところなんか特にね。」

 二人は軽く冗談を言い合うと互いに笑った。

「では行ってくるよ。達者でな。」

 その日の内にバイアンは解放戦線のメンバーとともに旅立っていった。

 あの人が行ったのならもうこの島も平和になるわね、バイアンたちを見送りながら
アリシアはそう心の中で確信した。



「ってなことぐらいかのぉ。」

おおっ、と聞いていたベンチウォーマーズ全員から声があがり拍手の渦が起こった。

「バイアンって見かけによらず大恋愛の末、結婚してたのね。」

「そんな物語みたいなことが本当にあるんだな。」

 サラとヴォルテールがしきりに目をぱちくりさせながら驚いている。

「バイアンさんって覇王様にも知られた有名人だったんすね、今のうちにサインも
らっとこ♪」

 最近雇われた傭兵はバイアンにサインをねだっている。

「うちの父上とバイアンとはそういう仲だったのか。知らなかった。・・・しかし今
ので何となくバイアン救出の時に苦労したかわかる気がするな。」

 フォルカスは一人何かを納得している。

「でもこれってよく考えるとバイアンと奥さんのただの馴れ初め話じゃねーの?」

「あ、ばれたかの。」

 その一言にどっとあたりに笑い声があがった。

「とにかく今回の語り手、バイアンにもう一度大きな拍手〜」

 沸き起こる歓声と拍手を全身で受けながらバイアンは手を上げてそれに答えた。


「みんな待たせてすまない。ようやく敵を殲滅し終えたよ。それじゃバーニシアへ向
けて進撃を再開しよう。」

 デニムたち一軍は何事もなかったかのように平然と待っていたベンチウォーマーズ
と合流すると休むことなく一路バーミシアへ向けて進撃を始めた。

 そう、彼らの宴・・・じゃなかった、戦いはまだ終わったわけではないのだ。


灰色の魔導師編 終


 

 

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