ヴァレリア島戦記

〜灰色の魔導師3〜

 
 



「なんだぁ、てめえは?」

「かっこつけてんじゃねえぞ!」

 男たちから次々と罵声が飛ぶ。かなりいらだっていると見えてその声はすでに脅しの域を越えて殺気立っている。

 下手をすれば殺されるな、バイアンの頭の中にそんな思いがよぎる。

「何があったかは知らないが、力ずくで解決しようとするのには納得がいかないな。この娘が悪事を働いたのであれば王城へ訴え出るがいい。我らの偉大なる覇王が公平に事を裁いてくれるだろう。」

 こちらの心情を悟られぬよう彼はできるだけ堂々と、ゆっくり言った。

 怖くないといえば嘘になるだろう。現に彼の手には汗が吹き出し、心臓は口から飛び出さんばかりに勢いよく鼓動している。


 できれば争いになる事は避けたかった。だがそんな彼の思いもむなしく、男たちは彼の提案を無視した。それどころか逆に彼らの反感を買ったようだった。

「へっ、偉大なる覇王だと?笑わせやがって。民族融和なんて腐ったことをほざくようなバクラムの裏切り者に公平な裁きなんざぁできるか!」

 男たちは口々に王の悪口を吐くとそれぞれの武器をかまえた。

 しかたないな、戦いが避けられないことを知ったバイアンはローブの袖の中にそっと手を忍ばせた。そこには愛用の短杖(ワンド)が入っている。硬い樫の木で作られたワンドはいざというときには護身用の武器となる。そして何より魔法を使う際に術者の魔力と集中力を助ける働きがあるのだ。杖のほうが魔法の補助としての効果は大きいのだが、杖は一人前の魔術師の証であり、バイアンのような学生は持つことを禁じられている。だが実際は一人前の魔術師でも携帯の便利さなどからワンドを持ち歩く者は多いそうだ。

 じっとりと汗ばんだ手の平にワンドの冷たい感触を感じると彼はゆっくりとそれを握り、精神を集中させた。指の動きに合わせるかのように目もゆっくりと閉じる。

「おうあぁぁぁー!!!」

 気合いの声とともに長身の男が突進してくるとそれに続く形で残る男たちも走り出した。

 おちつけ、いつも通りやれば大丈夫さ・・・、バイアンは心の中でそう自分に言い聞かせ、大きくひとつ息を吐くと静かに詠唱を始めた。

「地に眠る醜悪な妖精よ、そのかぐわしき息吹を大地に放て・・・・」

「死にさらせぇ〜!!」

 男たちは狭い道を一気に駆け抜け、バイアンまであと少しという所まで迫った。バイアンは避けようともせずにワンドを掴んだ手を袖から出し、天にかざして叫んだ。

「アシッドクラウドッ!!!」

 彼の声が響き渡るやいなや、男たちの足元が突然ぐらついたかと思うと石畳ごと空中に吹き飛んだ。彼の魔法によって高圧ガスが地中から噴き出したのだ。

 狭い道で密集していたこともあり、その一発で男たちは全員が魔法の餌食となり宙を舞った。しばらく空中遊泳をした男たちを待っていたのは硬い地肌と舞い上がった石畳の破片の雨だった。

「ぐあっ」

 屈強そうな男たちではあったがこのWパンチにはさすがに悲鳴をあげた。

「微弱なガスを使ったから死にはしない。まだ続けるというのなら話は別だがな。」

 地面に這いつくばっている男たちに向かってバイアンはそう言い放った。最もこの言葉には多少はったりが含まれてはいる。いくら天才と謳われるバイアンと言えど一撃で敵を屠れるほどの魔法は使えない。

「ぐっ、て、てめえは一体・・・?」

 よろよろと苦しそうに立ち上がりながら男の一人が搾り出すような声で言った。

「I am wizard」

 一瞬炎を出して見せるとにやりと笑いながらそう答えた。

「ウィザードだと?ただの魔術師のくせに俺たちをこんな目に合わせといてただで済むと・・・・」

 立ち上がりかけていた男の言葉はそこで途切れた。見ればいつの間にかその腹に先程助けを求めてきた娘が拳を叩き込んでいる。続けて娘はまだ倒れている男のみぞおちを踏みつけ、膝をついた男のあごを蹴り飛ばした。いずれも一撃で男たちは気を失った。

 そして娘は一瞬こちらをちらりと見たかと思うと猛ダッシュでその場から逃げ去ってしまった。助けてやったバイアンには礼の一つもせずに。

「何なんだ一体・・・?」

 後に残されたバイアンはわけもわからずにただ呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。


 陽もいよいよ沈みこれから夜が始まろうという頃、ようやくバイアンは自分の下宿の近くまでたどり着いた。

 あの後、これ以上面倒に関わらないよう気絶した男たちを残してそそくさとその場を立ち去ったのだが迷路のように入り組んだギルド街をなかなか抜けられず、今まで歩き回っていたのだ。それだけ長時間ギルド街をうろつきまわっていたにも関わらず、いざこざを起こした男たちに会わなかったのは不幸中の幸いだと言える。

 見慣れた街はすでにあかりが灯されはじめ、夜の賑わいを見せ始めている。

「今日はやけに騒がしい日だったな・・・。」

 棒になった足を引きずりながら彼は近道をしようと賑わいを見せる表通りをはずれ、薄暗い裏通りに入った。

 暗くなってきたこともあり、裏通りはひっそりとしていた。そのひっそりとした中を少し進んだところで彼は『騒がしい日だった』と言うには少し早かったなと思い直した。

「やあ、また逢ったね。」

 その声に路地にうずくまってい娘ははっとなって顔を上げた。娘は昼間バイアンが助けたあの娘だった。

 娘は一瞬逃げるそぶりを見せたがすぐに力尽きたようにまた座り込んだ。たぶん昼間逃げ去った後もハイム中を逃げ回っていたのだろう、疲れて一歩も動けないようだった。

「こんなところで立ち話も何だから家にでも来ないかい?たいしたもてなしはできないけど。」

「・・・・私をどうする気?」

 友好的に話しかけるバイアンとは対照的に娘は冷たくそう答えた。

「別に何もしやしないさ・・・とは言っても証拠があるわけじゃないから信じてもらうしかないけどね。」

 そう言いながら彼はよいしょと娘を背中におぶる。

「な、何を・・・」

「疲れて動けないんだろ?それにこんなところにいたら昼間の連中に見つかるかもしれない。」

「私は昼間あなたに礼も言わずに逃げたのよ。」

「ああ、あれ?君があいつらをだまらせてくれたおかげで何事もなく逃げられたんだし気にしなくていいよ。」

 何事もなかったかのようにハハッと笑って見せる。同時に膝のほうも笑いそうになるがこちらはなんとかこらえた。

「・・・・私はガルガスタン人なのよ、それでも助けてくれるって言うの?」

 しばらく黙っていた娘がふいにつぶやくようにそう言った。

 バイアンはぴたりと歩を止めると、肩越しに背中におぶった娘のほうを振り返った。

「奇なことを。昼間助けてと言ったのは君のほうだったと思うけど?」

 それだけ言うと彼は棒になった足にまた鞭を打ちながら帰路についた。

 続く



 

 

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