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 「教育の問題点(学校制度を中心に)」の関連記事を一括表示 教育の問題点(学校制度を中心に)  2003-07-05 14:21  マチコ
      どうしよう・・・書く事が無いや(汗)  2003-07-05 23:28  ハイムライム
       各論:教員免許と教員採用  2003-07-09 23:34  エビフライ

 

panpukinheddo 教育の問題点(学校制度を中心に)  2003-07-05 14:21  マチコ      

下のスレからの移動です。このスレでは学校制度そのものについての問題点について整理していきたいと思います。僕の意見も少し織り交ぜていきます。

「教職免許について」
まず、教育者を志す人たちの、教育への関心の低さ、志の低さ。教育者を育てるカリキュラムの不足。教師ではなく教職免許を取ることが目的である者の増加。ペーパー教師の増加。教免所得者の増加と教師の質的低下。

教師に必要なのは適性、資質、志、そして子どもが好きであると考えます。他にもありますが、これらがそろった人物には天職と言えます。反対にこれらが一つ欠ければ、常に教師を目指す自分の矛盾に苦しむことになります。
しかし、そういう人は滅多にいないのは言うまでもないでしょう。ただ、本来精鋭であるべき、教育に特化されるべき教育者に、無自覚で無能な人間が安穏と紛れ込んでいるべきではないはず。常にそのジレンマに身悶えしながら、教師として成長していくのも一つの姿です。少なくともそうあるべきだと考えます。

「公的な問題について」
教職の採用の甘さ。「ゆとり教育」の破綻と指導要領の拮抗状態。閉鎖的構造。教育機関との連携の不備。上下関係の締め付け。教師一人一人の力の限界。

ここに教育問題が乾坤一擲に改革し得ない現状が見えます。だからといって緩慢に変化を待つのでは腐っていくだけです。笛さんの言うムーヴメントによって教育を変えていく、その志や良し。それが実現できるかは別問題です。当然のことですが、教育界において出る杭は打たれます。その理想を実現するために、大きな波を起こす一粒(とは限りませんが)の滴になる勇気があるかどうか…皮肉をいうわけではありませんが、これは高校中退を決めるより何倍ものエネルギーを必要とするでしょう。
ただ、今は理想を語るべきときではあるのでしょう。そのためにものを修める時期でもあると。一足飛びには理想は実現しません。
「自由とは束縛であり、束縛の中にこそ自由は存在する。」僕の持論ですが、このジレンマを真の意味で乗り越えてこそ、教育は変わる。そう考えて僕は今自分なりの行動基準としています。

「学校そのものについて」
小中義務教育の加熱。それに逆行する「ゆとり教育」。高等学校の脱義務教育モラトリアム化。大学教育の社会人モラトリアム化。私立公立学校の個体差、地方差。

細かいものを挙げればキリがないのですが、おおまかにはこんなところでしょうか。下のスレの議論を見て思ったことなのですが、やはり学校、教師に対する印象は自分が受けた教育によって左右されるようです。文字通り左右されるのです。大体教師を目指す人の話を聞けばこんなところでしょう。
「学校は酷いところだった。オレの教え子には俺のような目には合わせない!学校制度がおかしいんだ。オレが変える!」(左)
「僕の担任は素晴らしい人でした。あのような先生になりたい!僕の受けたような教育を自分の教え子にも受けさせたい!」(右)
不謹慎な話ですが少なからず左より、右よりの傾向は出るものです。そういった学校に対する見方の個体差は、こういう議論で相違を為すものです。ですがそれはごく自然なことなので、そういう現状があるとだけ理解してもらえればよいのですが。

とりあえず可能な範囲でまとめました。補足が必要な部分は多々ありますが、それは追々補っていくこととします。
また、このスレでは制度上の問題中心に扱っています。
そのほかのテーマはまたの機会に。しばらくしたらまた新スレを立てて議論していきたいと思います。

毎度長文大変失敬。


ninja どうしよう・・・書く事が無いや(汗)  2003-07-05 23:28  ハイムライム      

 色々と立派な書き込みで、私が参加できるスペースが無い(汗)一応スレッドのタイトルに“学校制度を中心に”とありますので、マチコさんの考えを踏まえた上での“改革のための民営化を!”というのは断固反対という意志を表明・・・と、これは関係ない話ですか?


riza-doman 各論:教員免許と教員採用  2003-07-09 23:34  エビフライ      

問題意識が私とかなり異なるので、少々コメントしづらいんですが、一応レス。

>「教職免許について」
>まず、教育者を志す人たちの、教育への関心の低さ、志の低さ。教育者を育てるカリキュラムの不足。教師ではなく教職免許を取ることが目的である者の増加。ペーパー教師の増加。教免所得者の増加と教師の質的低下。

確かにペーパー教師は増加しているかもしれませんが、
それが教師の質的低下につながっているとは思いません。
教員採用は甘くないです。ここ数年小学校は随分と倍率が下がっていますが、
中高ではまだまだ数十倍を下らない状況です(去年の愛知・社会科は230倍だったとか)。
単に教員免許だけ取る、という人間は、普通に就職活動をするので、
当然のことながら教員採用試験のための勉強は出来ず、受かる可能性は非常に低いですし、
大抵は試験を受けることすらしません。
ほとんど受からない教員採用試験に賭けてまで教師になりたい、
という人間以外は教師になりにくい状況なのです。
つまり一定以上の志がなければ教師になれない、
というのが現在の状況だと思うのですが、いかがでしょうか。
無論「それでもまだ志が低い」と言えば言えないことはないですが、
昔よりは確実に高くなっていると思います。
教師の質的低下が事実だとしたら、それには別の原因があるではないでしょうか。

ちなみに、教職課程自体もそれほど楽ではありません。
教育学部・教育学科は別ですが、他学科で教職をとる場合、
(大学・学科によりますが)通常なら130単位程度で卒業できるところを
160〜180単位取らなければならなくなります。
本当に教師を目指している人間なら別に苦になりませんが、
そうでない人間は脱落する場合がかなり多い。
うちの大学の場合、1年で教職課程を登録した人間のうち、
半数以上が4年になる前に諦めているのではないかと思います(周りを見る限りですが)。

>「公的な問題について」
>教職の採用の甘さ。「ゆとり教育」の破綻と指導要領の拮抗状態。閉鎖的構造。教育機関との連携の不備。上下関係の締め付け。教師一人一人の力の限界。

>「学校そのものについて」
小中義務教育の加熱。それに逆行する「ゆとり教育」。高等学校の脱義務教育モラトリアム化。大学教育の社会人モラトリアム化。私立公立学校の個体差、地方差。

このあたり、やや抽象的で、私の頭ではよく分からないのですが・・
部分的には言いたいこともありますが、ちょっと保留させていただきます。

>下のスレの議論を見て思ったことなのですが、やはり学校、教師に対する印象は自分が受けた教育によって左右されるようです。文字通り左右されるのです。大体教師を目指す人の話を聞けばこんなところでしょう。
>「学校は酷いところだった。オレの教え子には俺のような目には合わせない!学校制度がおかしいんだ。オレが変える!」(左)
>「僕の担任は素晴らしい人でした。あのような先生になりたい!僕の受けたような教育を自分の教え子にも受けさせたい!」(右)
>不謹慎な話ですが少なからず左より、右よりの傾向は出るものです。そういった学校に対する見方の個体差は、こういう議論で相違を為すものです。ですがそれはごく自然なことなので、そういう現状があるとだけ理解してもらえればよいのですが。

これは私も同感。
しかし、実際に教員になったなら、どちらの考え方も理解しておきたい。
生徒は本当に多様ですから(だからこそ、私は笛さんに答えて欲しかった)。
ちなみに、私は右寄り。
ただし、大学で教育学を教わり、自ら色々考える中で、
恩師と同じことをやっていたのではダメだと気づきました。
恩師を超えなければ意味がない。でなければ、申し訳が立たないでしょう。
何十年かかるかは分かりませんが・・


欲を言えば、もう少し論点を整理していただきたかったです。
教育制度は総体として論じなければ意味がないことは分かりますが、
今の私にはちょっと辛いです。申し訳ありません。機会があればまた。
長文、失礼いたしました。


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