問題意識が私とかなり異なるので、少々コメントしづらいんですが、一応レス。 >「教職免許について」 >まず、教育者を志す人たちの、教育への関心の低さ、志の低さ。教育者を育てるカリキュラムの不足。教師ではなく教職免許を取ることが目的である者の増加。ペーパー教師の増加。教免所得者の増加と教師の質的低下。 確かにペーパー教師は増加しているかもしれませんが、 それが教師の質的低下につながっているとは思いません。 教員採用は甘くないです。ここ数年小学校は随分と倍率が下がっていますが、 中高ではまだまだ数十倍を下らない状況です(去年の愛知・社会科は230倍だったとか)。 単に教員免許だけ取る、という人間は、普通に就職活動をするので、 当然のことながら教員採用試験のための勉強は出来ず、受かる可能性は非常に低いですし、 大抵は試験を受けることすらしません。 ほとんど受からない教員採用試験に賭けてまで教師になりたい、 という人間以外は教師になりにくい状況なのです。 つまり一定以上の志がなければ教師になれない、 というのが現在の状況だと思うのですが、いかがでしょうか。 無論「それでもまだ志が低い」と言えば言えないことはないですが、 昔よりは確実に高くなっていると思います。 教師の質的低下が事実だとしたら、それには別の原因があるではないでしょうか。 ちなみに、教職課程自体もそれほど楽ではありません。 教育学部・教育学科は別ですが、他学科で教職をとる場合、 (大学・学科によりますが)通常なら130単位程度で卒業できるところを 160〜180単位取らなければならなくなります。 本当に教師を目指している人間なら別に苦になりませんが、 そうでない人間は脱落する場合がかなり多い。 うちの大学の場合、1年で教職課程を登録した人間のうち、 半数以上が4年になる前に諦めているのではないかと思います(周りを見る限りですが)。 >「公的な問題について」 >教職の採用の甘さ。「ゆとり教育」の破綻と指導要領の拮抗状態。閉鎖的構造。教育機関との連携の不備。上下関係の締め付け。教師一人一人の力の限界。 >「学校そのものについて」 小中義務教育の加熱。それに逆行する「ゆとり教育」。高等学校の脱義務教育モラトリアム化。大学教育の社会人モラトリアム化。私立公立学校の個体差、地方差。 このあたり、やや抽象的で、私の頭ではよく分からないのですが・・ 部分的には言いたいこともありますが、ちょっと保留させていただきます。 >下のスレの議論を見て思ったことなのですが、やはり学校、教師に対する印象は自分が受けた教育によって左右されるようです。文字通り左右されるのです。大体教師を目指す人の話を聞けばこんなところでしょう。 >「学校は酷いところだった。オレの教え子には俺のような目には合わせない!学校制度がおかしいんだ。オレが変える!」(左) >「僕の担任は素晴らしい人でした。あのような先生になりたい!僕の受けたような教育を自分の教え子にも受けさせたい!」(右) >不謹慎な話ですが少なからず左より、右よりの傾向は出るものです。そういった学校に対する見方の個体差は、こういう議論で相違を為すものです。ですがそれはごく自然なことなので、そういう現状があるとだけ理解してもらえればよいのですが。 これは私も同感。 しかし、実際に教員になったなら、どちらの考え方も理解しておきたい。 生徒は本当に多様ですから(だからこそ、私は笛さんに答えて欲しかった)。 ちなみに、私は右寄り。 ただし、大学で教育学を教わり、自ら色々考える中で、 恩師と同じことをやっていたのではダメだと気づきました。 恩師を超えなければ意味がない。でなければ、申し訳が立たないでしょう。 何十年かかるかは分かりませんが・・
欲を言えば、もう少し論点を整理していただきたかったです。 教育制度は総体として論じなければ意味がないことは分かりますが、 今の私にはちょっと辛いです。申し訳ありません。機会があればまた。 長文、失礼いたしました。
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