「Walzenlafette」 ―Haben Sie noch Zimmer frei?― 


最終部:第六部

 序文:
 日本、東京、中野。
「もう大分焼けてしまったわね」
「そうだな」
「響子、どうしているのかしら」
「まったく。手紙もよこさんで何をしてるんだ」
「来るわけ無いじゃないの、戦争中なんですよ」
「わかっとるわい。可愛い響子が独逸で空襲に怯えているかと思うと儂わなあ」
「あらあ、最後の手紙に入っていた写真に映っていたおと−」
「男だと? わしゃ知らんぞ」
 元独逸大使館付け書記官、千草夫妻の日和であった。

 開幕:(オープニングです)
 漆黒の闇夜に名残惜しむようにコントレールを牽きながら迫り来るB-36と護衛の戦闘機群。
 天空の高みから逆落としで駆ける第参帝国空軍先進実験航空団のエンテ翼双発ジェット戦闘機。
 目を閉じたままの空軍総監マクシミリアン・ガーランド大将。窓外を凝視するローエングラム首相。
 B-36のノーズアートは水着姿の女神だ。
 合衆国大統領府、英国地下総理府の様子。叔父宅で食事を採るマリー。
 暖炉の前のメルツとアンナ。不て寝するクララ。
 照明もつけず目を見開いたままの響子・ツェッペリン。
 止まったままの懐中時計。
 手を振る五代裕作。重なる聡一郎の面影。燃え落ちる二人の幻影。
 打ち抜かれ割れて粉々になる一刻館:Eins Stunde hameの日々。
 温かな眼差しのイカリヤとミレイ。
 出会った人々が走馬灯のように立て続けに現れては消えていく。
 ただ、時を刻むだけの古い柱時計の振り子だけが動いていた。

結の章:想い、空高く

「管理人さん、入るわよ」
 ビュステルハンが消毒液と替えの包帯を抱えて入ってきた。
 ここはツェレの伯の別荘、その南に面した2階の部屋。
 悪逆の泥濘を塗りたくったような夜は終わり、空襲の惨禍も嘘のように空はただただ、高く、蒼茫なままに晴れ渡っていた。
小鳥の囀りすら聞こえてくる、平穏な風情だ。
「ダメじゃない、食事摂らなきゃ」
 ベッド横には朝食が手付かずのまま残されていた。
「……………」

「どう、管理人さん?」
「ダメ、ね。あれじゃ生きている死人よ」
 一同は何も発しない。
 昨晩も結局、五代達は到着しなかった。
 響子は傷も癒えぬままベッドで待ち続けていた。膝を抱え、鉛色の瞳で。
「ミレイさんを犠牲にしたのが応えているわね」
「道路があちこち寸断され居るし、橋だって幾つも壊されているから、ここに着くのが遅くなるかもしれないじゃない。
 私達だって12時過ぎてたじゃない」
「あれからもう3日よ」
「叔母様…」
「かあちゃん、五代のにいちゃん、戻って、戻ってくるよね、戻って」
「大丈夫だって、ちゃんと戻って来るよ」
 イカリヤが居れば大丈夫だろう、だが、イカリヤになんて言えばいいのだろうか。
「お通夜じゃないんだから、パーツと行こうよ」
「かあちゃん!」
「辛気臭いことばかりしていたら福なんてやってきやしない、明るくしてこそなんぼのもんだろう」

「響子さん、入るよ」
 ベッド横の椅子に窮屈そうに腰掛け、
「酷い有様だったなあ、昨夜は」
 微動だにせず壁を凝視し続ける響子。
「ミレイさんには大変気の毒なことをしたかもしれん。気休めかもしれないがな、これからの話しを少し聞いとくれ」
 僅かばかり首を傾け、目線をずらす。沈みきってはいないようだ。
「一刻館への入居はヨッツアーさんの紹介だとは知っとるだろうが、イカリヤ夫妻と聡一郎とは面識があってな。
 勿論、亡くなる少し前、響子さんとは会わなかったようだがね。
 旅先でミレイ夫人が臥せった時に聡一郎に世話になったそうだ、そしてな――」
 次第に目を見開いていく響子、それは聡一郎との日々を追憶すること。
 そして、五代と出会った日々をも追憶することだった。
「――ということらしい。
 事の次第がおぼろげながら掴めたときに響子さん達を守ろうと決めたそうだ」
 この2週間、イカリヤとミレイの言葉が次々と紡ぎ出され、こころの中にある想いをも編みこんでいく。
 声にならない声が、言葉に出来ない言葉が、涙となって止めど無く溢れ出した。

「ヨッツアーさん、朝から何処に出掛けたの?」
 一同に恭しく敬礼し、玄関で直立したまま、いつもの口調でぼそりと話す。
「朗報、で、す」
「それじゃあ」
 ヒルデガルドが本来の笑顔を取り戻し、
「五代君の居場所が分かりました」

 翌日、午後2時過ぎ。
 ハノーファー市内、ラーツケラー。
 約650年近く前に建てられた旧市庁舎地下側を利用したレストランの前の庭。
 運良く被災を免れ、煉瓦色の屋根に芽吹こうとする新緑の蕾が復興を象徴していた。
「五代さん!」
「五代さん!」
「五代さん!」
 石畳を駆け、けが人で溢れかえる中を探す響子。
「五代さん、五代さ−」
 横を向いたままぶつかってしまい、謝ろうと向き直ったその先には五代の顔が。
「ご、五代さぁぁん」
「か、管理人さん。今、ちょっと耳が聞こえづらくて」
 両手で五代の顔をなぞり、肩や胸、腕を、手を次々とさわり、ここに五代が居ることを確認する、いや触れていたい。
「五代さんっ!!」
 抱き着き、誰彼に憚ることなく波声をあげ繰り返す。
「生きていて、生きていて、良かった」
「イカリヤ、さんは?」
 首を横に振り答える五代。
「そう、ミレイさんも…」
「あの、これ」
 胸ポケットから懐中時計を取り出し、
「イカリヤさんが見つけてくれたんです」
「中、見られました」
「ええ、悪いとはおもいつつ」
「そう、悪くなんか無いわ」
「あの、管理人さん。
 結婚して下さい… 残りの人生をおれに… 下さい」
「ひとつだけ、約束…守って… お願い…」
「1日でいいから、あたしより長生きして…」
「もう、一人じゃ、生きていけそうにない、から…」
「響子さん……決して一人にはしません…」
「約束よ…」

 市内に来たついで一刻館の様子を見に向かう響子、五代、ヤヌアール、ビュステルハン、ヨッツアー。
 瓦礫の残る街中を抜けて坂道を登りだし、一刻館へ。
 見えてきた一刻館は、被災しているが焼けもせず、奇跡的に残っている!
 玄関先で割れ物や壊れた扉や窓、建具を整理している人影がある。
「?」
 思わず、急ぎ足になり、駆け寄っていく五代と響子。
 玄関から机と茶具を抱えて出てきたのは、
「早かったですね」
「ちょうどいいですわ、今お茶の時間にしようとしていたところです」
 煤と埃に汚れてはいるが二人は、
「イカリヤさん!」
「ミレイさん!」
 自然と手を繋ぐ五代と響子。

 机に置いた聡一郎の形見の懐中時計、その蓋の裏には五代の写真が入っていた。

バルト海に撃墜されたと戦後公表された戦史資料の中には搭載されたのが原子核反応分裂爆弾の記述は無かった。
ただ、巨大な光の塊が現れたと、漁民の証言が残るのみである。

 Ende

エピローグ:

「おい、五代、映画はもう終わったぞ」
 ぼんやりとしていたのだろうか? 五代は明るくなった館内を見渡し、今まで見ていた出来事を思い出そうとしていた。
だが、ハッキリと思い出せない。
「(映画)見ながら、うたた寝したのかなあ!?」
「なにぶつくさ云ってんだよ?
 保父試験終わったのを労って折角映画に誘ってやったのに、しゃんとしない奴だな」
「お前にそう言われたくないよ、坂本」
 劇場を出て、坂本と分かれ荷物を取りに一路キャバレーバニーに向かう五代。
 その五代の後姿を見送るのはコート姿の男、四谷である。
「いい一時でありましたことを」
 ポツリと喋り、手にしたポップコーンをまじまじと見詰め、
「これ、貰っても宜しいのですか?」
 問いかけられた男女二人が振り返り、
「どうぞ、御好きなように」
 その二人は、イカリヤとミレイに似ていたが果たして?


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