「Walzenlafette」 ―Haben Sie noch Zimmer frei?― 


第参部:序文

 両手にそれぞれ構えたMP40をストラップ肩に掛けたままで弾倉をまるでカードを切るように空に
なったのを落としツーアクションで新しいのに入替えスライドを互いに引っ掛けるようにして引いた。
それは数瞬の出来事。
 再びトリガーを牽き、サブマシンガンの二丁撃ちを追い縋る二台の黒塗りベンツへと繰り広げ出した。
 狙いを付けるのではなく弾幕を張っているのだ。
「くぅぅぅぅっぅ」
 身を屈め、荷物の蔭に隠れる一刻館の面々。
 ばら撒かれる焼けた薬莢の音と閃光と硝煙の中に立つミレイ。

 街道を疾走しながら、銃線を回避し右に左にサイドカーを動かすイカリヤ。
 おもむろに立ち上がり、五代にハンドルを押さえさせ、背中から対戦車ライフルを背負い刀を抜くよ
うにボルトアクションを行い、半身で車上に立つ。
「な、なにする気ですか?」
 空を切り、脇を掠めていく銃撃に怯えながらも事態を呑み込もうとする。
「こういう事です、五代さん!!」
 襲撃機仕様のB-25Hミッチェルが機軸を街道に合わせるように旋回してくるのを待ちながらライフルを
弓撃つように構える。
B-25はサイドカーを正面に捕らえ射撃を開始したと同時に14.5口径70銃身長のマズルブラストが五代の頬を叩いた。

転の章:閉ざされシ、夢の社

 米空軍戦略爆撃第8・363混成航空団第26重爆撃ウィングの夜間絨毯爆撃に蹂躙されて業火に包まれているハノーファー。
既に五回目、3晩目の空襲であり、最大規模の空襲でもあった。
 果敢な抵抗を行っていたビッテンフェルト大将隷下の機甲化軍団は、西進する露西亜軍23個連隊が英米との協定を無視
しゴジュフペルコポルトキ(ポーランドのバルタ川流域都市)を突破の前には敗走を続けるしかなかった。ドルトムントに達した
連合陸軍第43挺団とケルン郊外の仮設前進基地から襲撃を繰り返す地上襲撃第133航空中隊。
 そして、英ダクスフォード基地を遅れて離陸した1機のコンベアB-36が、護衛戦闘機P-51Hマスタング24機と偵察記録用の
F-61Hブラックウィドウを引連れ来ていることをまだ誰も知らなかった。

「五代さん、私はパンク修理をしますので先に行ってください。
 ここからなら10分もかからないでしょう、火災に気をつけて」
 焼夷弾の交叉爆撃により上昇気流と吹き込む風に渦が生まれ、巨大な火災旋風となりハノーファーの街が灼熱の紅蓮色に
塗り上げられていく。ヘレンハウザー王宮庭園も業火に囲まれ、先だって焼失したマリエンブルグ城の後を追うようにまさに焼
け落ちようとしていた。
 熱風の奔流に曝され、次々と蝋燭のようにどろどろに崩れていく市中心部。
 残存した市民と救護の軍人達を容赦なく飲みこむように街路を走り抜ける火の竜。
 阿鼻叫喚、熱を、火を、バックドラフトを避けようとライネ河に飛びこむ人々が後を絶たないが死神の鎌に刈り取られるように
焔が突き進み、生きたまま、涙さえ蒸発させ焼き殺していく。
 ヴェストシュネル通りから曲がり、一刻館に通じる緩い坂道に差掛かった時、五代を爆風が薙ぎ払う。
「ぐぁ、うぁ、う、腕が」
 飛ばされ、転がった際に左腕にひびが入ったようだ。
 起き上がると周囲に撒き散らかされた中には、焼け焦げた人形と千切れた小さな
――。
「う”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁ」
 振り向くな、突き進め、今は明日を得るために、生きぬいていくのだ。想う人が居るのなら、その手で、その脚で、その身体で、その目で、その耳で、あなたのそのこころを曝け出すしかない、その人が大事なのなら――。
 イカリアとミレイの言葉を反芻する五代。
「こころの扉は一つだけとは限らないのでは?」(ミレイ)
 一刻館はもう目の前だ。
「未だ、焼けていないでくれ、響子さんのためにも、皆の思いの為にも」

 撃抜かれ割れて粉々になる一刻館:Eins Stunde hameの日々。
 背中を見せ、微笑みながら消えていく五代。
 必死で抱き締めようとして陽炎のように空を掴むだけに気付き涕を流す響子
 止まったままの懐中時計。何かを叫んでいる表情の五代裕作。
 シュタインフード湖でのピクニックの想い出。
 背中を見せ、微笑みながら消えていく五代。
「響子、ほんとうに有難う…」
「さよなら、管理人さん」
 全ての日々が、万感が、儚く虚ろに帰っていく。
「待って、聡一郎さん、行かないで、帰ってきて、五代さぁ――ん!!」
 叫び声を上げ、立ち上がる響子。
「大丈夫? 管理人さん?」
 ヤヌアールとビュステルハンが取替えようとしていた包帯を手元に置き具合を尋ねる。
 ツェレへと向かう中、尾行車2台との応戦の最中、頭を打ち、気絶していたのだ。
「追っ手は取敢えずヨッツアーさん達が爆弾(手留弾)をばら撒いて退けたよ」
「追っ手に襲われるなんて怖かったけれど、先程ミレイさんから伺ったの」
 ヒルデガルドが響子の肩にコートを羽織らせる。
「大変なことに撒き込まれているんですのね、私達。核――」
「核反応分裂弾?!」
 怪訝な返答をする五代。
 ハノーファーに向かう街道でのイカリヤからの説明だった。
「ええ、核分裂反応弾です。五代さんにはちょっと難しい話かもしれませんが」
 物理/化学は手におえないという表情で応え、
「でも、どうして響子さんが」
「事の次第は大戦勃発にまで遡ります。
 1939年にニールス・ボーア等が核分裂の定理を発表したのですが、英米独逸のこの3カ国で実質自前で
ウランやプルトニウムを精製調達できるのは亜米利加だけです。
 でも、北欧の独立擁護でノルウェーとスウェーデンに独逸軍が駐留するようになると話しは変わります。
ましてやユダヤ人排斥が放逐され、優秀な科学者が独逸国内に留まり、版図が拡大されたので資源的には
製造が十分可能になったのです。
 その上、ローエングラム首相は勢力圏の拡大を止め、維持充実を図り、大英帝国と戦禍を交える最中も
都市爆撃を行いませんでした。戦略爆撃団があるにもかかわらずにです。そして昨年10月、弾道ロケット
兵器が完成し、実戦投入されたので、英米連合軍は阻止手段の無いこの弾道弾に核分裂反応弾を装備さ
れたら、戦局は逆転しかねません。でも爆弾は未だ完成していない、ならその前に都市を灰にしてしまって、
工場を押さえようとしたんです。そして、目された都市が、このハノーファーです」
「でも、それと我々が狙われる理由は?」
「ツエッペリン伯はニーダーザクセン大学の理事の一人ですし、大学の理工学部には原子物理学に精通する
人物が沢山居ます。それになにより独逸原子核の父といわれる博士もいます、でもここでは“発電”の研究を
していたのですよ。ローエングラム首相は兵器としてよりも戦後の経済を見越していたのでしょう。
でもそこまでは諜報組織:OSSには判断できなかった。露西亜軍がポツダムでの会談で締結された条項をも
無視して独逸に向かった、これがOSSにとどめを指しました」
「つまり、奪われる前に拉致しよう、と」
 ミレイの説明にようやく状況を把握した響子。
「でも何故、関係者に?」
「聡一郎さんは、地学を専攻していませんでした?」

「そうか、ヴェーダー1は予定通り飛来するか」
 火の海に照らし出されながらも夜陰に潜む男に別の男が耳打ちした。
「こちらも来たようだ」
 その目線の先には被災を幸いにも未だ免れている一刻館に辿りついた五代の姿があった。

 ――――――――――次へ続く。 隙の章:討たれシ、雷神の槌