a larmoyante nocturne de Maisson


プロローグ;

 桜の花弁が雨の様に舞う坂。
 一陣の風が駆け抜けて行く中に佇む女性が一人。
 スプリングコートを羽織った、瞳の大きな、ショート髪の女性、こずえ。
 日差しの暖かさとは対を成すようにその瞳には憂いが湛えられている。
 話しは少し遡ってから始まる。
 春分の日の前、土曜日、一刻館に新たな住人が引っ越してきた。
 六号室に新住人が越してきて以来だから、ほぼ一年振りである。

−五代の回想より−
 ――それは、雨上りの午後に始まった。
 弐号室に引っ越してくると紹介があってから翌々日であり、誰が何人越してくるのかすら知らなかった。
 その日は急な土曜保育の当番日で一刻館に帰れたのは午後3時を廻っていた。
 新居人を出迎えた響子が驚いたのは、それがまだ高校生の男女であった事だ。
 最初はまさか新居人と思わなかったが、紹介状を見て驚いたというのだ。
 帰宅したのはその男女が弐号室に僅かな手荷物を運び入れ、落ち着いていた時だった。
「新居人って、あの二人なのかい?」
「ええ、念の為に確認してみたら事情があって住む事になったけれど後見人もしっかりしているし問題は
 ないということらしいのだけれど」
 やはり響子は少し不安の様子だ。
「後見人の方はここには来るのかな」
「春分の日に来ると言っていたわ」
「そう、それじゃあ会ってからだね」
 その男の子の名は“草薙 眞司(くさなぎ しんじ)”、女の子は“綾小路 澪(あやのこうじ しずく)”と云った。
 越して来た理由を管理人室に招き入れた(未成年者、という口実で響子が監督責任を行使すると強引に
引込んだのだが)際に聞いてみると、草薙君が「ふ、不便そうだから」と言いにくそうに漏らした。
 確かに彼等にしてみれば不便だろう、トイレは共同、風呂は無いし部屋には電話回線も曳かれていない。
「ここでも充分よ」と綾小路さんが云わなければ響子は初日から不機嫌な顔を見せることになっただろう。
 二人とも線は細いが若さに似合わず芯のしっかりした雰囲気が感じられたが、シャイな草薙君に対して
綾小路さんは表情の抑揚に乏しかった。まるで全てを悟りきった超然とした態度をしていた。それでも、
響子によると綾小路さんが草薙君を見る眼は柔らかいことだった。
 二人とも華奢な体付きで細面だった。ただ、綾小路さんは生まれつきなのだろうか、色白で大きな瞳が
うっすらと赤みがかっていた。髪の毛も日本人にしては藍色に近かった――。

 その日の晩。
 急遽、日時を改めて後見人の御剣琴乃(みつるぎ ことの)が五代達を訪れていた。
 響子と同い年ぐらいの御剣が神妙な面持ちで土下座をし頼み込んだのだ。
「申し訳御座いませんが、事情により暫く二人をここで生活させて頂くことになりました。
 御迷惑を御掛け致しますが、ここに住むことを御承諾して頂きたい所存です、なにとぞお願いします」
 真剣な表情で相当な事情が二人にあることを覗わせていたが、それについては迷惑をこれ以上掛ける訳
にはいかないので今は聞かないで欲しい、との事だった。
 久しぶりの住人ということで、朱美が一刻館を訪れ、引っ越し祝いを始めてしまった。
「あらあら、新住人だからどんな人かと思ったら、やるじゃん、同棲なんてさ」
「ど、同棲!?」
 その古めかしくも色っぽい言葉にドギマギしてしまう草薙。
一緒に住むだけですが
 と澪は淡々と応える。色恋の問題ではないというように。
「うわぁあ、醒めてるわね、最近の子は。でも、夜は一緒に寝るんでしょ」
「いや、その、そういうのは、ええと、ま、まだ、結婚とか、していないし、その…」
 耳まで真っ赤にしてしどろもどろに抗弁を試みても指摘された事実を認識してしまうと年端の行かない
草薙ではそう簡単には云い返せなかった。
「朱美さん、余計なこと言わなくたって」
「そうです、嗾けてどうするんですか、私はお預かりする立場として、そのような言動は慎んで下さい」
 融通の利かない響子はつい、後見人の立場に同化してしまう。
「まあ、それはそれで。−で、澪さん、大学生になるんだって」
はい、四月から
「え? 17歳なんでしょ」
はい、30日に18になります
「飛び入学ですって。それで〇〇工科大学に入ったのだとか」
「五代君が二浪してもかすりもしなかった大学に飛び級とは。それが何の縁でこのおんぼろ一刻館に?」
「一ノ瀬さん、失礼ですよ、それにおんぼろはないでしょう、おんぼろは」
「ま、いいか、ぱぁーっといこう、ぱぁーっと!!」


第一章:ガントリー

 月は替わり、四月。
 桜が街を薄い色に染め上げて、春の波に洗われる頃。
 社会では入社式や入学式が行われ、新しい土地や新しい出会いが始まろうとしていた。
 一刻館では先に草薙と綾小路が大学の入学式に向かい(草薙の高校は入学式の為、在校生は休校)、
続いて春香と響子が近くの小学校の入学式に出向いて行った。
 春香にとっては幼稚園とは違う、ほんの少し大人の世界に近付いた感じになったのかもしれない。
 響子にしてみれば、春香が少しずつ手から離れて行くことになるのだが、実感は湧かず、庇護の範囲に
いるとしか思えなかった。

「次は時計坂、時計坂〜」
 車内アナウンスが時計坂に近付いたことを知らせる。
 車輛がホームに滑り込み、停車する寸前、降りる人々がドア前に集まって行く。
 開いたドアから一人の見慣れた女性が降り立った。
 旧姓、七尾こずえである。
 時計坂駅も一昨年の駅前再開発で新たな東・北口/南口が小さな駅ビルと共に出来上がり、バスの発着
乗降車がそちら側に移ってしまった。かつての北口にも自動改札化の波が押し寄せ、改札横に駅員が往来
する乗客達を見るだけになっていた。
「こちらは変わらないのね」
 軽やかなステップを踏む燕のような快活さよりも、年に見合った落ち着きの表情を見せる。
 小さな旅行鞄だけを携えて踏み切りを渡り、実家へと向かう中、小学校の入学式から帰ってくる響子に
春香とすれ違うこずえ。
 振り返り、記憶を辿る響子。
「今のは、確か……こずえ…さん?」

 家族と団欒するこずえ。空虚な笑み。
「それで、いつまで居られるんだい?」
「もう明後日には出発よ。葉介は明日には戻って来るのかしら?!」
「予定じゃあ晩には帰ってくるらしいがね」
「そう。
 じゃあ、私、ちょっと出かけてくるから」
「でも、もうすぐ晩御飯の準備をするのに、何所へ?」
「少しでもこの街を見ておきたくて」
 玄関を静に閉めるこずえ。
「久しぶりの一人なんだ。少しぐらいは好きにさせてあげようじゃないか」
「そうですわね」


第ニ章:スクレーパー

 豆腐売りの笛子が響くと日の翳りを告げる頃になる。
 空の彩りが薄まり、茜色のレースが引かれて行くと大地は未だ肌寒さが残る。
 子供達は手元や足元が目を凝らしても影にしかならない時間になっても家に帰ろうとはしない。
 いつの時代でもお腹が鳴ってもまだ遊び足りないのだ。
只今」「ただいま〜」
 聞くが早いか管理人室から響子が不安そうな面持ちで玄関へと走り寄った。
「あ…、草薙さんに…綾小路さん……」
「どうかされましたか?」
 食材を紙袋に山ほど抱えた草薙が浮かない表情の響子を問質す。
「いえ、その…」
…春香ちゃん…ですか……?
 超然とした表情の澪が僅かばかり眉を落として言い当てる。「ただ今!」
 二人の後ろから五代が何も知らない顔で玄関を開けた。
「あなた、春香を見かけなかった?」
「いいや、見ていないけれど、どうしたんだい、また!?」
「…遊びに出かけたまま帰ってこないのよ」
 靴を脱いだ澪が弐号室の鍵を開けて眞司の分の紙袋も部屋の中に置いて
取敢えず、立っていてもなんですから、座りませんか

 弐号室に集う面々。
 一ノ瀬も続いて入ってきた。
 簡素でこじんまりとした部屋。とてもハイティーンの男女が住んでいるとは思えない生活感に乏しい
部屋に神妙な表情の響子と五代が座り、一ノ瀬がタバコをふかしていた。
(無論、澪が明け透けに窓を開けてタバコの匂いを逃がしていたが)
「…で、近所にはあたったのかい」
「ええ、遊びにいく心当たりのあるところは全て」
「屋根裏にも隠れては居なかったです」
「マスターは見ていないそうです」FPMLTS携帯を押えて眞司が話す。
「いえ、そちらに遊びにいっていないかと思いまして、はい、どうもすみませんでした」
 傍らで黙々と澪は紅茶を注ぎ、
「大丈夫です」「そうだね、でも、何所に居るのか判らないと辛いね」
 見守るような眞司と澪の口調に怪訝さを隠せない響子だが、それ以上に不安感が判断を狂わせていく。
「なに弐号室に集まっているの、皆で??」
「健太郎!!」

「駅で他の女性と居るのを見たよ、俺」
「それは誰だい、健太郎」
「仕事から帰ってくる時にそこまで見ていられないよ、似てるなって思うぐらいだよ」
「健太郎、その人に見覚え、あるか」
「うううん、昔見た記憶があるだけだよ」
「すみませ〜んっ」
 誰かが来客したようで、半開きの戸を開けると
「五代さん、管理人さん、御久し振りです」
 やつれた表情のこずえが玄関に立っていた。
 こずえは転勤で海外支店に行くので日本を発つ前に寄ったのだという。挨拶をしただけで帰るこずえ。
 その約一時間ほど前。
 桜並木の続く道筋のある停留所にバスが停まり、小さな影が降り立った。五代春香である。
 うきうきと楽しそうな表情で踊るように石段を登って行く。


第三章:ピンキッシュ・カスケード

 薄暮の空に覆い被さるように満開の桜が枝を広げている下を歩いていく春香。
 石畳の続く道の両側にあるもの、それは墓標である。
 肌寒さを憶えるであろうに、春香の表情からは覗えない。
 小さな足取りをぴょこぴょこ進め、角を曲がり、お目当ての場所を探すようにきょろきょろと首を振り、
「あ、ここだぁ!!」
 とある墓石の前で立ち止まった。丁寧な会釈を行い、ゆっくりと顔を上げて快活な声を発した。
「ごだいはるか、しょうがっこうに、はいり、ましたぁっあ」
 春香が向かい合う墓石に刻まれている文字、そこには“
音無家乃墓”とあった。
 右を向き何かを話し、左に向いては質問に答えるように話している。
 だが、そこには誰も居らず、広い霊園の中には春香しか居なかった。
 しかし、確かに春香は音無惣一郎以外とも話しをしていたのだ。
 一人、二人、三人、四人、と…。

「はい、はい、そうですか、いえ、まだ遊びに行ってから戻ってきていませんので、はい、はい、
 もう少し心当たりを探してみますので、はい、はい、いえ、大丈夫です、はい、はい、はい、はい、
 また何かありましたら、連絡致しますので、はい、はい、それでは済みませんでした」
「どうでした、音無の家は」
「やっぱり行っていないわ」
「そう、か…」
 思いつくまま千草家にも、音無家にも確認の電話を入れてみたが答えは同じだった。
「ただいま」
 玄関を開けて草薙が帰ってきた。
 駅周辺を探しているのを携帯で澪に連絡を入れていたのだが、時計坂周辺を踏破して、春香を見かけ
なかったかを確認していたのだ。
「どうでしたか?」
「どうやら時計坂には居ませんね。
 駅の方にも確認してみましたが、やはり春香ちゃんらしい年頃の女の子は乗ったみたいですが、その
時は一人きりだったそうです。それで大丈夫かな、と心配して乗った電車の車掌に連絡して行先を確認
したそうです」
「それは、その子は春香なんでしょうか?!」
 響子の問いに何とも云えないといった表情をする草薙。
「でも、健太郎の話しでは一緒の人が居たって」
「それは、判りません、一緒のように見えただけかもしれませんし」
「ったく、健太郎もしっかりしないねえ」
「うっせええなあ、かあちゃん」
 ピピピピィッピ、と草薙の携帯が鳴り、
「はい、草薙です。
 あ、澪、でどうだった、そう、そう、うん、ほぉお、そうか、ああ、判った。
 じゃあ、皆には伝えておくから、続けてフォロー、してね、じゃあ、切るよ」
 携帯を切った草薙に一同の視線が集中し、唾をごくりと飲み込む五代。
 懇願するような目つきの響子。いつになく真剣な一ノ瀬。心配そうな健太郎。
 表情の変わらない四谷。
「電車に乗ったのはどうやら春香ちゃんらしいです。
 澪が下車駅まで行って確認しますので、もう少し待ってください」
 との回答で一安心する一同。
「じゃあ、間違い無いんですね」
「ええ、もうすぐですよ」
 草薙と澪の確認手段は春香の写真を撮り込んで、二人の手持ちのパームトップコンピューターにて
画像を見せて確認しているのだ。
 勿論、響子から聞いた服装や特徴もタイピングして順次、草薙から澪のパームトップへ転送をして
地図情報も転送を掛けていた。
「予測地点周辺の地図情報を澪に送りますので余計な場所を絞り込めると思います。
 さてと、この周辺に心当たりはありますか?」
 差し出した画面の地図情報を見た響子と五代が
「ここは、惣一郎さんのお墓のあたりじゃないか」
 そうでしょう、と含んだ笑みを草薙が溢した事に気付いたのは居たのだろうか。
「駅まで行きませんか!?
 多分、迎えになると思いますよ」


第四章:ムーン・ライダーズ

春香ちゃん、もう充分話したの?
「あ、澪おねえちゃん」
 座り込んで談笑していた春香が立ち上がり、
「じゃあ、ばいばい、みんな、またね、ばいばい」
 小さな手を振り、きゃははっ、と笑いながら澪の元に駆け寄って行く。
「迎えに来なくても春香、帰れるのにぃ」
そうよね、春香ちゃん、かしこいから。
 でもね、澪おねえちゃんも惣一郎さんに御挨拶したかったから来たのよ

「ふううぅん、ごあいさつ、したの?」
ええ、したわよ。じゃあ、帰ろうか
「うん!!」

 時計坂駅、改札を入ったホーム内。
 不安そうな面持ちの五代と響子、余裕の草薙。
 事前連絡で乗車時間から時計坂駅到着の時間は判りきっているのだが、そこは子を持つ親の心境である。
 一分一秒が早く過ぎて欲しいのであり、途中駅をすっ飛ばしてでも電車が速く到着して欲しいのである。
 時計坂駅を通過する急行がホームを掠めて行く。喧騒の後、静かになる構内。
 反対側のホームの各駅停車が到着し、乗降者で人の流れが起こる。
 三人の横を数十人が通り抜けて改札を出て行く。
 吾関せず、といった体で缶珈琲を飲み干す草薙。
「ぷはぁあ、さてと」
 ぽいっと缶をゴミ箱目掛けて投げこむ。
「いよいよ御姫様の御到着の模様ですよ」
 草薙が首を振った方角から小さな輝点が顕れた。
 春香と澪の乗った各駅停車である。

「春香! もうなんで一人で出かけるのよぉ」
 開いた扉から勢い良く飛び出してきた春香をひしっと抱締める響子。
 悪びれる様子も無く、照れるように笑う春香。
「だって春香もうしょうがっこうにいくんだもん、ひとりでどこえだっていけるもん、
 あ、ごめんなさい、おかあさん、おとおさん」
 先に謝るのよ、と澪に云われていたのだが、つい先に自慢してしまうのは仕方がない。
「もう…、この子ったら、ばかねえ、ほんとに……」
 とうとう泪が溢れてしまう響子。
 春香の両頬を両手で押え、お仕置きをするのだが、力が入らない。
 その後ろで深深と澪に礼をする五代。ほんの少しだけ口許を緩め、澪は謝辞に返礼した。


第五章:パーティー・ナイト

 春香が音無家の墓参に言った理由を聞いた際、見知りの人達と一緒に行った事、及び墓前でも同じ
人達と一緒に居たこと、話しをしていたことを聞いた五代と響子は怪訝な顔をしたが、澪の一瞥により
その考えは雲散霧消されてしまった。ゆっくりと草薙が頷き、話題を変えていく。
「今夜は春香ちゃんの入学祝の宴会をしましょうよ、ね、皆さん」
 一刻館へ戻る坂の道で切り出す草薙。
「でも、今からじゃ」
「大丈夫ですよ、元々茶々丸でパーティーと行う予定だったのですから」
「でも、私達何もきいていませんが」
 五代と響子は急な話に当惑するが、
「内緒で進めていたのは済みませんが、今日の騒ぎが無かったら夕方に話すつもりだったのですよ」
「それで草薙さんが戻って来るのが遅かったのですね」
「はい、それもありますが、ね」
 春香が一同から抜け出すように走り出し、
「春香、先に話聞いちゃったもん、ドレス、着るもん」
 嬉しそうに走り出してしまうので、追うように響子も走り寄って追いかけて行く。
「待ちなさい、春香、走ると危ないわよ、春香ったら」

 五代達が一刻館に戻るとそこには草薙と綾小路の後見人の御剣琴乃が待ちうけていた。
「どうやら春香ちゃんも無事に戻ってきたようですね」
 再び御剣に謝辞をする五代と響子。陰ながら草薙と澪をサポートしていたのだ。
「琴乃さん、例の物は?」「もっち、ここにあるわよぉん」
 と群青色のスポーツカー、ダッジ・ヴァイパーのトランクからドレスを入れた箱を取り出す。

 管理人室では響子と春香が草薙達から贈られたパーティードレスに着替えていた。
「うわぁあ、おかあさん、きれい!!」
 キラキラ艶やかな光沢の藍色の背中が大きく開いたノースリーブと、ドレープが豊かなスカート、同じ
色のシルクの長手袋を嵌めた母・響子を見る春香の表情は羨望に満ちていた。
 年を重ねたが相変わらずプロポーションはいいままである。
「はい、春香ちゃんもこれに着替えましょうね」
 同じノースリーブだがパールホワイトのフリルスカートに幾重にも重ねられたピンクのリボン。
 襟元を同じ色の蝶ネクタイがアクセントになり、花の髪飾り壱輪を射す。
 弐号室では草薙と澪が同じくパーティードレスに着替えていた。
 草薙は紺色のタキシードだが、ミレイは薄いタヒチアン・ブルーのノースリーブで襟元から胸元までは
シースルー、胸元には花弁が飾られ、うなじ側はアシッドイエローのリボンが八重に掛けられている。
ドレスと同色の長手袋を嵌めた細い手を取り「では、行きましょうか、お姫様」と恭しく頭を垂れる草薙。
「あら、私を忘れてしまうのは困り者ね」
 と澪の隣で同じくドレスに着替えていた御剣がちゃちゃを入れる。
 澪も御剣も裸を草薙に見せることには無頓着である。それは家族だからなのかもしれない。
「女王様ですから、琴乃さんは」
「あははははっはぁ。上手い、眞司くぅん!!」
 真っ赤な口紅を点けた口を大きく開け豊かな胸元を揺らしながら豪快に御剣が笑うが、澪は平然と聞き
流している。どこが面白いのか判らないようだ。

 茶々丸の扉をゆっくりと開ける春香。押さえるようにゆっくりと扉を閉め、後から入る響子。
 暗かった店内が一気に明るくなり、パンッ、パンッ、とクラッカーが弾かれた。
「入学おめでとう」「おめでとう春香ちゃん」「おめでとう」
 春香の横に片膝を着いた澪が最後にゆっくりと口を開いた。
入学、おめでとう
「わぁーい、ありがとう」
 顔一杯に喜びの笑みを浮かべ、何度も何度もありがとうを連呼する春香。
 こうして短くも長い一日が幕を引こうとしていた。

−完−


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