丹下左膳余話・百萬両の壷

(1935年・日活)


(スタッフ)

 

監 督:山中貞雄

脚 本:三村伸太郎

撮 影:安本 淳

音 楽:西 梧郎

美 術:島 康平

(キャスト)

 

丹下左膳 …… 大河内伝次郎

  お藤    …… 喜代三

  チョビ安  …… 宗春太郎

  柳生源三郎…… 沢村国太郎

  萩乃    …… 花井蘭子

  与吉    …… 山本礼三郎

  茂十    …… 高勢実乗

  当八    …… 鳥羽陽之助

  お久    …… 深水藤子

  七兵衛   …… 清川荘司

 

(感 想)

 

丹下左膳といえば、私たち団塊の世代にとっては大友柳太朗になりますが、私の父親の世代では大河内伝次郎なんですね。それも戦前の大河内伝次郎なんですよ。

ところが、私が知っている大河内左膳は、戦後の中年太りして動きが鈍くなった左膳と、戦前の作品でも今回紹介する『丹下左膳余話 百万両の壷』の喜劇としてのパロディ左膳ですから、原作の左膳とはイメージが違うんです。

 

試写か何かでこれを観た原作者の林不忘は、「俺の丹下左膳ではない」と、日活にねじこんで、この映画を改題させました。現存するポスターとパンフを見ると映画はすでに完成していたので『新編 丹下左膳』となっていますね。

慌てた日活はタイトルだけを変更して、原作とは違うものだという意味でわざわざ“丹下左膳余話”という文句を加え、『丹下左膳余話 百万両の壷』になったみたいです。ちなみに、クレジットには原作者の林不忘の名はありません。

 

だけど、この作品は映画史に燦然と輝く喜劇の傑作ですね。山中貞雄監督はアメリカ映画の『歓呼の涯て』(1932年/スティーブン・ロバーツ監督)を下敷きにして、当時のアメリカ喜劇(エルンスト・ルビッチやフランク・キャプラの喜劇)に負けないシャープで上質の喜劇に仕立て上げています。

とは云っても、私は『歓呼の涯て』も、ルビッチやキャプラの作品も観てるわけでなく、本で得た知識だけで話してるだけですが……。

ただ、アメリカと同時期に、これだけ良質のスクリューボール・コメディーがあったことは特筆できます。

 

この作品には、二組のおかしな男女が登場します。一組は左膳とお藤。もう一組は柳生源三郎と萩乃です。

左膳は、矢場の女主人お藤の用心棒のような、ヒモのような存在。最初のうち、この二人の他愛ない日常的な口喧嘩が続きます。

たとえば、お藤が得意の小唄(喜代三さんは、女優というより芸者が本職だから小唄はお手のもの)をひとくさり唄うと、大河内左膳が例のエロキューションとイントネーションで、「おうじ、やめでぐれ。お前のうだをぎいているど、あだまがずぎん、ずぎんする」=「お藤、やめてくれ。お前の唄を聞いていると、頭がズキン、ズキンする」などと言うものだから、口論が始まるんですね。

ところが、勝気で口の達者なお藤に、逆にやりこめられてばっかし。上手い夫婦漫才を観ている感じです。言葉のやりとりだけでなく、お互いの様子を見ながら、視線を投げ合うマが抜群で、可笑しさがこみ上げてくるんですよ。

 

やがて、このコンビに孤児となったチョビ安が加わります。お藤は、「ガキは嫌いだわ」と言って反対しますが、簡単に“親バカ”になってしまいます。こうなると、もうホームドラマ。

寺子屋で書いてきた習字を見て、二人で、「弘法もこうは書くめえ」などと、やにさがっているんですから。

 

左膳とお藤が“子育てドラマ”なら、源三郎と萩乃は“恐妻”ドラマですね。源三郎は婿養子で、奥方の萩乃には頭が上がらない。源三郎と萩乃のスローテンポの会話が、これまた可笑しいんですよ。

源三郎を演じる沢村国太郎が巧いんだなあ。顔も体も大きな眼も丸くて、見るからにユーモラス。おっとりした感じは、20代前半まで歌舞伎の女形で活躍した経験からくるのでしょうが、やはり演技力ですね。なにしろ、4人の中で普通にしゃべっているのはこの人だけですから。

大河内伝次郎は、例のあの調子でしょう。喜代三姐さんは、鹿児島芸者時代のなまりはあるし、だいいち芝居なんかしていない。本能だけで演じているんですね。萩乃役の花井蘭子も地そのもの。とろけるような甘さで、沢村国太郎以上におっとりしています。

 

ストーリー展開は、百万両の在処を秘めた“こけ猿の壷”の探索劇ですが、源三郎が中間の与吉に命じて、壷を屑屋に売ってしまったことが発端です。

源三郎は何の価値もない茶壷だと思って売っぱらったのですが、柳生の国許から使いが来て、百万両の壷ということがわかります。

ところが源三郎、堅物の奥方の鬱陶しさから逃避するために、「忠義のために壷を捜さねばならぬ」と言って屋敷を出て、毎日矢場の娘・お久と会ってデレデレしてるんですよ。

屑屋に売られた壷は、チョビ安の手に渡り、チョビ安が左膳と暮すようになって矢場に置かれます。源三郎は矢場で“こけ猿の壷”を発見しますが、壷を持ち帰るとお久に会えなくなるものだから、すでに顔なじみになっていた左膳にそのまま預かってもらいます。

 

本来は剣のライバルである左膳と源三郎が、剣を交えることなく適当に妥協して、お互いが得になるように調子よくやっていく。

話しの持っていきかた、人物の出し入れなど、複雑に構成された物語を、混乱も停滞もなく語る山中演出には唸ざるを得ません。これを撮った時の山中貞雄は弱冠25歳。まさに天才の手による名作といっても過言ではありません。

 

だけど私としては、山中貞雄をして喜劇(丹下左膳を喜劇にしたところが天才的なのですが)に走らざるを得なくさせた伊藤大輔監督の凄絶な大河内左膳を観たいですねえ。

 

 

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