日活新国劇時代劇


国定忠治(1954年/監督:滝沢英輔)

戦後の日活再開第一号作品。

主人公の国定忠治には、新国劇の辰巳柳太郎がなっています。

私たちの年代では、日活から時代劇をイメージすることはできませんが、戦前はチャンバラの日活でした。戦時中に大日本映画製作株式会社に統合され、戦後もしばらくは洋画の配給・劇場経営の会社だったため、他の映画会社と比べると出遅れ、製作再開にあたっては俳優が絶対的に不足していました。

それで、再開当初は、劇団新国劇と提携してチャンバラ映画を製作したわけですが、この作品は、従来の忠治映画と異なり、百姓の味方でもなければ、権力への反逆者でもない、単なるヤクザ者として描いているところがユニークで面白かったです。最も人間的な忠治で、再評価されてもいい作品じゃないかなあ。

 

沓掛時次郎(1954年/監督:佐伯清)

水戸光子と島田正吾

『国定忠治』と異なり、新しさのない定番股旅映画です。主人公の沓掛時次郎には、辰巳柳太郎と並ぶ 新国劇の重鎮・島田正吾。

一宿一飯の義理で、見ず知らずのヤクザを斬り、斬られたヤクザは、息も絶え絶え時次郎に、女房と子どもを頼むと言う。斬ってはいけない相手を斬ったことによる、罪の負債を支払うために、渡り鳥という自由気ままな生活から、自らを拘束する人生をすすむ時次郎を、島田正吾が好演しています。

ラストの島田正吾の表情は絶品。舞台だったら、思わず「シマダ!」と、声をかけていますね。だけど、演出が平板でメリハリがないため、作品的には満足いきません。恋情を抱く ヤクザの女房を身重にし、お産で死ぬ設定は原作通りなのでしょうか?

作品的には雷蔵や錦之介のものが、格調があって優れていま〜す。

 

平手造酒(1954年/監督:滝沢英輔)

山部幾之進(山形勲)との道場での試合に病気を理由に負けとなった平手造酒(辰巳柳太郎)は、数日後、真剣勝負で山部を斬り倒し千葉道場を破門になる。酒と恐喝の荒んだ日々を下総で送っていた造酒は、旅籠代がなくて困っていた女・お吟(山田五十鈴)を助ける。

造酒の腕を見込んだ笹川繁蔵は、喀血して倒れた造酒を用心棒として雇い、延命寺の離れに静養させる。病の苦しむ造酒を手厚く看護したのはお吟だった。造酒はお吟に心惹かれるようになり……

講談や浪花節で描かれた平手造酒と異なり、悩める人間として描いています。生きる希望を失った虚無感、愛する女性への嫉妬と不安感、辰巳柳太郎はそうした複雑な感情を眼で表現しています。

立回りも重厚で迫力がありますよ。

山田五十鈴と辰巳柳太郎

 

大利根の対決(1955年/監督:冬島泰三)

箱根の湯治場で3年前に死んだ女房の声とソックリな女(花柳小菊)に会ったヤクザ者(島田正吾)が、女と話しているうちに情が移り、金を出してやる。女の夫は宮大工で腕を痛めて湯治にきていたのだが、長逗留で路銀が少なくなっていたのだ。男は賭場で負けた上に贋金が見破られ、ヤクザに追われる。女はヤクザの子分に誤って殺され、女の亭主は男が殺したと思い、男の後を追う。男は故郷へ帰ってくるが……

伊藤大輔の脚本にしては、行き当たりばったりの内容でお粗末すぎます。島田正吾の好演が空回り。突然、島帰りの辰巳柳太郎が現れてバッタバタと斬りまくったり、都合よく真犯人を女の亭主が知ったりと、脚本に工夫がないんですよ。それに、せっかく新国劇総出演なのに、立回りをコマ落しにして迫力のないものにしていて、怒りの大放屁チャブ台返し!

 

六人の暗殺者(1955年/監督:滝沢英輔)

坂本龍馬(滝沢修)を私淑する土佐藩士・伊吹武四郎(島田正吾)は、近江屋に坂本を訪ねるが暗殺された直後だった。瀕死の中岡慎太郎(河野秋武)から犯人は覆面をした六人組と告げられ、後を追うが見失ってしまう。残された証拠は、新選組行きつけの料亭の庭下駄。薩摩藩士・花俣行蔵(辰巳柳太郎)に犯人は新選組と言われ、復讐に燃える武四郎は恋人・お新(宮城野由美子)と別れ、新選組追討の官軍に加わり、江戸で捕らわれた近藤勇(山形勲)に会う。近藤は、龍馬暗殺は野望達成の為には手段を選ばぬ薩摩の仕業だと言い……

龍馬暗殺には諸説があり、未だに研究の対象になっています。菊島隆三の脚本は薩摩黒幕説で、良質な歴史ミステリーになっています。

明治維新がキレイ事でなく、権謀術数にまみれたものであることを暗に描いており、刺客(辰巳柳太郎)も権力に操られた使い捨ての駒に過ぎず、空しく死んでいくんですね。そして島田正吾は、復讐の狂気を胸に秘め、大きな時代の流れの中であせり、もがく主人公を見事に演じていました。

 

初姿丑松格子(1954年・日活/監督:滝沢英輔)

原作は長谷川伸の「暗闇の丑松」。料理人の丑松(島田正吾)は、恋女房のお米(島崎雪子)に横恋慕する料理屋のバカ息子を殺してしまい、お米を料理人元締めの四郎兵衛(石山健二郎)に預けて、江戸を逃れる。2年後、丑松が江戸に戻ってみると、四郎兵衛はお米に手をつけ、挙句の果てに女郎屋に売りとばしていた。丑松と巡り合ったお米は自分の境遇を恥じ、自殺してしまう。怒りにもえて丑松は……

 1960年代後半の日活ヤクザ映画だと、ラストに派手な立回りがあるのでしょうが、これは文芸作品なので実におとなしいものです。そのため、カタルシスを感じることができません。島田正吾の感情を抑えた演技は巧いと思うのですが、今イチ心にグンとくるものがないのは何故だろう。とにかくチャンバラ志向の私にとって、面白味のない作品でした。

 

 

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