映画は映画館で(2007年)


『エラゴン/遺志を継ぐ者』は、石を拾った者だった(2007年2月)

かつてアラゲイジアはドラゴン・ライダーたちによって守られた平和な土地だったが、ライダーの一人ガルバトリックス(ジョン・マルコビッチ)が仲間を裏切り、支配者となってから住民は圧制に苦しんでいた。

エルフの女王アーリア(シエンナ・ギロリー)は、ガルバトリックスから奇跡を起こす青い石を盗み出す。アーリアはガルバトリックスに仕える悪の魔法使シェイドに捕まるが、石は17歳の少年エラゴン(エドワード・スペリーアス)が見つける。石はドラゴンの卵で、パートナーとなるべきライダーと巡り会えた時に孵化するのだ。卵は孵化し、サフィラという名のドラゴンが誕生する。

シェイドは、ライダーとして成長する前にエラゴンを殺そうとするが、ブロム(ジェレミー・アイアンズ)がエラゴンを助ける。ブロムはドラゴン・ライダーの生き残りだった。ブロムは、エラゴンにライダーとしての修行を施すが、エラゴンはライダーとして未熟なままアーリアを救出しにシェイドの城に行く。

ガルバトリックスに味方してブロムに殺されたライダーの息子マータグ(ギャレット・ヘドランド)の助けでアーリアを救出するが、ブロムはエラゴンを助けようとして傷つき命を失う。エラゴンは、マータグの案内で、アジハド率いる反乱軍が隠れているヴァーデンに向かうが……

監督のシュテフェン・ファンマイアーなんて、私は知りません。主演のエドワード・スペリ−アスは、オーディションを受けて抜擢された新人ですが、はっきりいってダイコンです。ドラゴンの演技に助けられていますね。孵化したばかりのベビードラゴンの可愛いこと。

内容は冒険ファンタジーですが、構造は『スター・ウォーズ』に限りなく似ています。エラゴン=ルーク、アーリア=レイア、ブロム=オビ・ワン、ガルバトリックス=ダース・ヴェーダーという具合にね。原作が何時頃書かれたものか知りませんが、どちらかが影響を受けているような気がしますね。

多くの美女をはべらせ、酒池肉林の宴を楽しむといったような、権力によって得る果実が邪悪なのに、『スター・ウォーズ』もそうでしたが、権力そのものを邪悪な存在としてとらえています。アメリカ人にとって権力は不信の産物なのですかねェ。

 

無意味な戦い『墨攻』(2007年3月)

春秋戦国時代の中国、大国・趙に攻められた梁国は、墨家に救援を求める。防戦か降伏かで揺れている梁城に墨家の革離(アンディ・ラウ)という男がやって来る。趙の先遣隊を鮮やかな手並みで撃退した革離は、梁王(ワン・チーウェン)から全指揮権を任される。弓隊の隊長に身分の壁を越えて弓の名人・子団(ウー・チーロン)を抜擢する人事や、城の補強のために宮中の石垣を取り崩して使うという革離のやり方に旧臣たちは反感を持つが、王子の梁適(チェ・シウォン)は革離を信頼し、近衛騎馬隊の女武将・逸悦(ファン・ビンビン)は革離に惹かれていく。やがて、港淹中(アン・ソンギ)率いる10万の趙軍が梁城を包囲し、革離は梁の人々を指揮して壮絶な防衛戦に突入する。革離の知略により、多大な犠牲を出した趙軍は撤退を始めるが……

ジェイコブ・チャン監督の力作です。2時間強の映画で1時間以上を合戦シーンに使っているので、見せ場はタップリあります。特に前半の攻城戦は、怒涛のように押し寄せる趙軍に対して、千早城に立篭った楠正成の如く、あの手この手で防ぐところは、丁寧で具体的に描写されおり、久しぶりに興奮しましたね。逆に合戦シーンに時間を使った分、ドラマ部分が薄められた感じです。

戦争の犠牲になるのを嫌って、城から逃げ出す百姓が登場するのですが、逃げ出さないまでも不満を持って城に残っている百姓の心理が描かれていませんからね。それと、革離の心理描写が弱いですね。これはアンディ・ラウの演技力ということでなく、脚本の弱さです。

革離は墨家から派遣されたのでなく、墨家が梁を救援しないと決めたので勝手にやって来るわけです。そのことは、最後に明かされるのですが、何故ひとりでやって来たかについては具体的説明も伏線もないんですよ。そのため、観終わって感じたのは、革離の行動の無意味さなんです。革離がやって来なければ、梁国は戦争などせずに降伏しており、犠牲者は少なくてすんだと思うんですよ。百姓たちにとって、あんな王様では、支配するのが梁であろうと趙であろうと大差ないですからね。多大な犠牲を払いながら得たものは何一つないんです。守るべき対象が明確になっていないため、反戦メッセージが弱いものとなっていま〜す。

 

『大帝の剣』はSF時代劇(2007年4月)

時は江戸時代初期、万源九郎(阿部寛)は三種の神器を求めて旅をしていた。源九郎は神器の一つ“大帝の剣”を所持しており、“ユダの十字架”は徳川幕府が、“闘神の独杵銛”は加賀の離れ小島に埋まっており、幕府が発掘作業をしていた。三種の神器を持つ者は無限のパワーを得ることができると云われていたからだ。ひょんなことから豊臣家の血筋をひく舞(長谷川京子)を助けた源九郎は、真田幸村(津川雅彦)から舞の護衛を頼まれる。真田忍者の佐助(宮藤官九郎)を加えた3人は加賀に向かうが、行く手には徳川忍者・破頭坊(竹内力)の一味が待ちかまえていた……

ハリウッドほど金がかかっていないのでSFXが見劣りするのは仕方ないにしても、物語の設定がいい加減なのはガマンできません。三種の神器が何故日本にあるのか、源九郎が何故選ばれたものなのか、謎の美剣士・牡丹(黒木メイサ)は何のために登場したのか、荒唐無稽な話でも、そのへんはキッチリしておかないとね。

俳優たちは遊び心で演じており、特に宇宙人に乗り移られた猟師役の遠藤憲一と、真田の初老忍者役の本田博太郎は見ていてこちらが楽しくなるくらいノリノリしていましたよ。

堤幸彦監督には申し訳ないですが、タダ券があったので観ただけで、金を出してまで観る映画じゃないで〜す。

 

『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』はアトラクション・ムーヴィ(2007年6月)

クラーケンによって海の底へ連れさられたジャック・スパロウ(ジョニー・デップ)を救出するために、エリザベス(キーラ・ナイトレイ)はティア・ダルマ(ナオミ・ハリス)の魔術によって生きかえったバルボッサ(ジェフリー・ラッシュ)とシンガポールのサオ・フェン(チョウ・ユンファ)に会いに行く。ジャックが彷徨っている“世界の果て”に行く海図を持っているからだ。デイヴィ・ジョーンズの心臓を手に入れた東インド会社のベケット卿(トム・ホランダー)は、デイヴィ・ジョーンズを操って海賊の殲滅を計画しており、その対策のためにバルボッサは9人の海賊長からなる評議会の招集を提案していた。ジャックは9人のメンバーの一人で、評議会への全員参加は海賊の掟により定められおり、サオ・フェンは渋々了承するが、そこへ東インド会社の軍隊が襲ってくる。海図を盗みにきてサオ・フェンに捕えられていたウィル(オーランド・ブルーム)もドサクサに紛れて脱出し、バルボッサたちと“世界の果て”に旅立つが……

何でウィルは別行動なの、何で少年が海賊の唄を歌い出すの、その唄と評議会の関連は何なの、何でジャックの父親が出てくるの、海賊たちが恐れるカリプソのパワーって何だったの、とにかく物語展開が粗っぽく、ツッコミたくなる内容です。アクションシーンを重視するあまり、ストーリーとのバランスが欠けているんですね。最近のハリウッド映画の悪しき風潮です。海賊映画に理屈はいらないのですが、唐突な展開は困りものです。

だけど、アクションシーンは色々趣向が凝らしてあって楽しめました。チャンバラしながらの結婚式なんて、ウハウハ喜びながら観ていましたよ。海賊映画は何と言ってもチャンバラです。

結局、ゴア・ヴァービンスキーはアトラクション監督だなァ。

 

 

 

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