リメイク時代劇


『怪盗と判官』(1955年・大映/監督:加戸敏)

ほとぼりを冷ますために江戸を出た鼠小僧(勝新太郎)と、弟に家督を譲るために家を出た遠山金四郎(市川雷蔵)が、峠の茶屋で弥次・喜多(堺駿二と益田喜頓)の笠と取り違えたことから弥次・喜多となって旅をする物語で、1938年の『弥次喜多道中記』(監督:マキノ正博)のリメイクです。残念ながらオリジナルには遠く及びません。

奉行と泥棒が友人となって旅をする有りえないような話を、歌う弥次・喜多(楠木繁夫とディック・ミネ)や旅芸人一座の唄と踊りを入れたオペレッタ調にするという演出の妙がオリジナルにはあったのですが、この作品では小国英雄の脚本をそのままなぞっているだけです。カツシンが歌を聴かせますが、中途半端ですね。それと、市川雷蔵がまだ未熟で、片岡千恵蔵の迫力には遠く及びませんでした。

 

 

『十三人の刺客』(2010年/監督:三池崇史)

老中職が決まった将軍の弟で明石藩主である暴君を暗殺するために、13人の刺客が山間の宿場に罠をかけ、大チャンバラが展開する傑作時代劇(1963年/監督:工藤栄一)のリメイクです。オリジナルと比べて、火薬などを使ってアクションは派手になっていますが、内容的には疑問が多いです。

尾張藩に領地通行を拒否された明石藩一行は、通行を許可された荷物隊と藩主を守る騎馬隊78人に分断されます。ところが、ラストの大立回りでは徒士藩士を含めた200人になっています。途中で増強したとセリフで言っていましたが、どこで増強したの。迎え討つ刺客の首領・島田新左衛門(役所広司)は、“皆殺し”を掲げます。目的は藩主・斉韶(稲垣吾郎)の暗殺だろう。オリジナルでは、藩主を強敵の側用人・鬼頭半兵衛から切り離して迷路に誘いこむ作戦が明確になっていましたが、この作品では半兵衛(市村正親)は藩主と一緒に右往左往するだけね。明石藩士全体の動きがわからず、それに対する刺客たちの動きもよくわかりません。ただチャンバラしているだけです。

大殺戮の結果、明石藩一行は藩主と半兵衛を含む数人だけとなります。刺客の方も新左衛門と新六郎(山田孝之)の二人(後からもう一人、首をかしげたくなる生残りがでてきますが)だけ。新左衛門と半兵衛が一騎打ちして、新左衛門が半兵衛の首を落とします。新左衛門は藩主の首も落としますが、藩主に刺されていて死にます。新左衛門ほどの剣客が、藩主に刺されるのがまずおかしい。わざとなら尚おかしいです。オリジナルでは、先に藩主を斬り、駆けつけてきた半兵衛と対決となります。主君を守れなかった半兵衛の武士の一分のために新左衛門はわざと斬られるんですが、これなら理屈が通るんですよ。

血みどろチャンバラに徹するなら、反省の色のない藩主に刺されるのでなく、マカロニウエスタン的に、「間宮図書(上訴の切腹したために家族皆殺しにされた明石藩江戸家老)ために」で左足を、「牧野靱負(接待で嫁を犯され息子を殺された尾張藩士)ために」で右足を、「鬼頭半兵衛(新左衛門に斬られた首を足蹴にされた)ために」で左腕を、「名もなき百姓娘(一揆の家族ということで両手両足を斬られた)ために」で右腕を、「多くの虐げられた者たちのために」で首を斬るくらいのケレン味が欲しかったで〜す。

 

 

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