ハイパー時代劇


『あずみ』(2003年・東宝/監督:北村龍平)

関ヶ原の合戦の後、天海(佐藤慶)から戦乱をなくすために徳川に叛旗を翻す武将を暗殺する組織を作るように命じられた小幡月斎(原田芳雄)は、あずみ(上戸彩)たち孤児を集めて刺客の訓練を行う。成長した彼らは、浅野長政(伊武雅刀)、加藤清正(竹中直人)、真田昌幸の暗殺に向かう。浅野長政の暗殺は成功するが、殺したと思われた加藤清正は影武者だった。清正の護衛・井上勘兵衛(北村一樹)は、飛猿(松本実)に命じて刺客退治に最上美女丸(オダギリジョー)を差し向けるが……

原作は小山ゆうのマンガで、原作を読んでいないので比較はできませんが、映画そのものはマンガです。

せっかく鍛えたのに、仲良し者同士を闘わして半分に減らすことはないだろう。鉄の心を持たせるためだなんて発想がナンセンスなんですよ。白土三平のマンガを親しんだ私たちは、忍者の掟が非情なことを常識として知っていましたが、最近の青少年は知らないのかなァ。

悪い意味でフィーリングだけで作った作品ですね。

 

『あずみ2』(2004年・東宝/監督:金子修介)

前回で暗殺しのこした真田昌幸(平幹二朗)を殺しにあずみ(上戸彩)とながら(石垣佑麿)は、服部半蔵(宍戸開)配下のこずえ(栗山千明)の道案内により、九度山へ向かう。昌幸を色仕掛けで誘惑して、戦争にかりたてようとしている甲賀の空如(高島礼子)率いる甲賀忍者と、主君・加藤清正を殺された井上勘兵衛(北村一樹)が率いる羅刹鴉があずみたちの行く手を阻むが……

天海が佐藤慶から神山繁になりましたが、どうってことはありません。天海はあずみを利用するだけの非情な人物かと予想していたら善い人だったのでバカみたいです。そういえば、前作の原田芳雄も非情じゃなかったなァ。

ただ、CGを使った殺陣は、それなりに楽しめました。六波が使う武器なんて、白土三平のマンガに出てくる風車手裏剣を思い起こしましたよ。昔のような立回りができる役者がいなくなったのだから、テレビゲームのような殺陣でもいいと最近思うようになりましたね。ドラマ作りさえ、しっかりできていればね。残念ながら、この作品はできていなかったですけど。

 

『阿修羅城の瞳』(2005年・松竹/監督:滝田洋二郎)

魑魅魍魎が跋扈する平安時代ならぬ江戸時代、人を食らう鬼退治をする鬼御門(ヴァンパイア・ハンターですな)というのが、おったとさ。

国成延行(内藤剛志)、安倍邪空(渡部篤郎)、病葉出門(市川染五郎)の三人で、美修(樋口可南子)をリーダーとする鬼たちをバッタバッタと斬殺す。テレビゲームみたいな感じで、斬られた鬼は緑の血を出して死んでいきます。阿修羅城で出門が妖しき少女を斬るまでは、スピーディーな展開で退屈しません。

5年後、鬼御門から足をあらい歌舞伎役者になった出門は、つばき(宮沢りえ)という渡り巫女と知り合います。つばきは少女の生まれかわりで、正体は鬼たちの最高実力者・阿修羅なんですねェ。阿修羅復活には段階があって、愛する男と結ばれると阿修羅に成れるとのこと。でもって、宮沢りえは阿修羅になるんですが……

発想は新しい時代劇で面白いと思うのですが、原作の舞台劇を活かそうとしたのか、映画らしい空間的拡がりが欠けています。役者も揃っているし、けれんの面白さを映像でもっと表現して欲しかったですね。

宮沢りえのドデカ顔なんて安っぽすぎま〜す。

 

『SHINOBI』(2005年/監督:下山天)

戦国時代がやっと終わり、天下泰平の世を磐石とするために、徳川家康(北村和夫)は天海(石橋蓮司)の進言を入れ、戦い集団である鍔隠れの伊賀と卍谷の甲賀を抹殺することを考える。家康は、両者から選抜した手練れの忍者5人を戦わせ、生き残った者によって決めるという指令を出す。伊賀は朧(仲間由紀恵)が、甲賀は弦之介(オダギリジョー)がリーダーとなるが、二人は愛し合う仲であった……

原作は山田風太郎の『甲賀忍法帖』ですが、朧と弦之介の対決結果が原作と逆になっているのは、男が優しくなった現代的といえます。昔は男のために女が命を捧げたものですけどねェ。

原作そのものがドラマ性よりも奇想天外な忍法がウリなので、それを映像でどう見せるかがポイントになるのですが、おどろおどろしいものが全然なく残念。最新のSFXを使えば、肉体のデフォルメなんて簡単だと思うのですがね。平凡すぎま〜す。

 

『どろろ』(2007年・東宝/監督:塩田明彦)

天下統一を狙う醍醐景光(中井貴一)は、生まれてくる子の身体を引換えに魔物から力を得る。生まれてきた子は肉塊にすぎず、川へ流されるが、医者の寿海(原田芳雄)に拾われ、人工の身体を与えられて育てられる。旅の琵琶法師(中村嘉葎雄)から魔物を倒す秘刀を渡された寿海は、その刀を青年に成長した百鬼丸(妻夫木聡)の左腕に仕込む。やがて寿海は年老いて死に、百鬼丸は魔物退治の旅に出る。百鬼丸が魔物を倒すところを見ていたどろろ(柴咲こう)は、その刀を手に入れるために百鬼丸に近づくが……

原作は手塚治虫で、最初、少年サンデーで読んだ時は、顔も手も足もない肉塊として誕生した百鬼丸が妖怪と戦いながら自分の身体を取り戻して行くという発想のユニークさに驚かされましたね。

アニメ化もされたようですが、こちらの方は観ていません。原作の方も、サンデーから少年マガジンに定期購読を変えたので、抜けることが多くなり、最後が如何なったのか知りません。でもって、映画の方で結末を楽しみにしたのですが、ウ〜ン。

我が子・百鬼丸の身体を妖怪に与えたことで力を得た醍醐景光が中井貴一だったので嫌な予感がしたのですが、案の定でした。『陰陽師U』でも、悪の張本人だと思っていたら最後でズッコケたのと同じようにね。

どろろが原作の少年から少女に変更されたのは、実写版による映画化(ガキよりも絵になる)ということで許しましょう。

 

 

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