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     辰吉丈一郎

■98/9入力
防衛しましたわね。
朝日新聞の、毎週土曜の朝刊『批評の広場』8/29に、私の辰吉評載ってます。
私が原稿を書いたのではなく、記者氏が私にインタビューして、その人が書いたもの。
写真もその記者氏が撮ったの。
ひどく映りがわるいでっす。

□98年1月9日入力
辰吉は防衛できるのか


前回入力したコンテンツで、
「あのままでは防衛はできません」。
とはっきり書いたワタシ。
3月8日に、横浜アリーナで、また試合ですって。
とにかく楽しみです。

□97年11月25日入力
「ジョー・天然プロの勝負づよさ」


そのとき鬼塚も薬師寺も辞めていた。
渡久地もユーリもいなかった。
この男は残った。

すごい人です辰吉は。

試合後の発言も、くさくなく聞こえるほどに辰吉はやってきた。
「ファンのためにやってきたわけでもない。自分のわがままでやってきただけなのに、感謝します」 

辰吉は「わがまま」を律儀に通したね。
これを読んでいる人はよくわかっていると思うけれども、わがままを通すってしんどいものね。
ウソのいい子になった方が楽なのよ。
いるでしょ、そういうヤーらしいブリッコ。またの名を負け犬。

辰吉はチャンピオンに返り咲いた。
いままでの中で一番嬉しい勝ちだったことでしょう。 

そしてそれは、いつか誰かに殴り倒されて、チャンピオンの座をその人に渡して去っていくという道を選んだということだ。
それが「チャンピオン」というものの説得力だから。 

しかしまぁ、相手を倒せば勝ちなわけだけども、4ラウンドからガードが下がって、例によって「頼むからガードをあげて」状態。
6ラウンドは、顔にパンチをぽこぽこもらっちゃって、消耗戦めいていた。 
あのままでは防衛はできません。
古城謙一郎にガードを習ってきて下さい。
  

■ 97年10月入力
まだやる辰吉丈一郎


 やりますね。また丈一郎が。

 しかもついに世界タイトルマッチですよ。

 97年11月22日、大阪城ホールで辰吉がリングにあがる。
 相手は、WBC王者、シリモンコン・ナコントンパークビュー。タイの人だね。ムエタイも好きな人なら、別段、おぼえにくい名前じゃない。

 辰吉はいまWBCバンタム級2位だから、王者への挑戦権くらいあるわさ。 

 95年ごろ、辰吉に関するこんな原稿を雑誌に発表した。

○百の闘いと百の思いから、ふとこぼれた名言拾遺録 
風柳祐生子の新古今オコトバ集
辰吉丈一郎の巻

『でけへん人間はそれで終わってますやんそんなん簡単なことですよ』  


辰吉って、頭に無駄がない。

「失敗してもせんでも誰にも気づかれへんような人生、生まれてきた価値あらへん。上へいこうが潰れようが、それを皆川がわかるほうがええ」

「そんなん嬉しないヤツおらんよ。自分の名前が売れるって最高のことやもん。まさに生きてる価値がある」 わかりやすい。

 辰吉のこういった発言を聞いたが最後「いいえ私なんか」と言う人が、いやーらしいブリッコに見えるか、ただのシロートにしか見えないかのどちらかだ。
 有料で人に自分を観に来させるプロには、アホな謙虚は許されない。「私なんか」とウジウジ言う人を、誰が金を払って観に行くものか。
 だから皆、プロは「絶対KOで勝ちます!」とか言うでしょ。

 残る人だけが残る職業の場合、文芸や芸能方面の人は、何年もかけてプロのハートをつくっていく人が多いけれども、現役生命が短くて、やることが格闘技である人たちは、ぎゅっと凝縮された時間のなかでそれを早くにつくる。 
 のだけれども、辰吉の場合は、その発言を聞いていると、この人は最初からプロだったのだと思えまっせ。

「嘘をつくってけっこう頭いりますやん。そんなんしたら頭から煙、出てくる」 やっぱり天然プロ。

「ハートがある選手が本当に強くなる資格があるわけですよ」

「本番で強いのがハートがあるということです」

納得。

「家庭のためにボクシング捨てるつもりもないし、自分が好きでやってることやからね」 

 辰吉は家庭(女性)のせいにしない。

「人に命令されるのはいや」 
 
だから他人にも妻にも命令しない。スジがとおっている。

「怪我でやめさせるのはいやだ。やめるのなら自分でやめたい」 

 これほどのプロに、やめろとかやめるなとか他人が言うのは失礼だ。

■という原稿です。
 辰吉が、一連の復帰戦をするようになる直前のことでした。
 撤回したいことは何もないけれど、97年に入ると、人の書いたものに納得するようになってしまった。

 あれは『フォーカス』だったかな。
 辰吉が、自分の試合のことを自分の「作品」と言うようになって以後、自分で納得できるようないい作品づくりにとらわれてしまって「喧嘩」を忘れている、という内容の記事があった。

 確かに辰吉の試合、さえないものね。
 王座に駆け上がっていくころの試合を観ている人間にとっては、復帰戦での辰吉には、あのころの目の覚めるようなセンスがもはやないことは、わかりたくなくてもわかる。
 となると「喧嘩」を忘れているからだ、と言われると抗弁のしようもないわけ。

 冗談まじりに「あなたが格闘技者を芸術会系と言うからだ」と言われたこともあった。
 芸・技・術・能で表現をやって、首輪付きの犬ではない人生を生きる人のことを芸術会系と言うわけだけれど、選手が自分の試合を自分にとって何だと認識しているかは選手の問題です。

 こうなったら辰吉は、弱いのに、勝てないのに、という状態で40歳くらいまでやればいい。
 辰吉ならそれでもドラマにできるから。
 ダメ物語でも何でも、ドラマになる人のことをスターという。