ヒカルの碁より
 
 
 
  アキラくんのファンタ布教 その結果

 
  
「ええっ! 塔矢のヤツ、和谷のところにも来たのか!?」
 
「ああ、オレがパソコン持っているの思い出したらしくて、
オレの部屋に押しかけてきた」
 
 
 進藤ヒカルと和谷義高は、棋院の近くにある行きつけのバーガーショップで昼食を取っていた。
 午前中の対局の後、塔矢アキラが越智康介の手に
パソコンのゲームソフトを押しつけるのを目撃して、
塔矢アキラが「ファンタスティックフォーチュン」を
布教してまわっているという、なんとも奇妙きわまる話をしていたのだ。
 
 
「ファンタが女向けのゲームだと聞いたときの越智の顔を見たか」
 ハンバーガーの包み紙を開けながら、ヒカルは笑いをこらえて言った。
 和谷も、おかしくてたまらないというふうに肩を揺すっている。
「ああ、馬鹿にされたと思ったんだぜ。きっと」
「仕方ねーよなー。オレだって、
塔矢が紙袋いっぱいにゲームを持っているのを見てなかったら、
からかわれたと思って、追い返していただろうしな」
「そうだな」
「しかし、ホントに凝り性だな。アイツ」
 誰彼かまわずゲームを配りまくる塔矢の熱心さに、
二人がしみじみと感心していたとき、
頭上から聞き慣れた声が降ってきた。
「そのゲームなら、オレももらったぞ」
「伊角さん!? どうしてここに?」
 テーブルのわきに、囲碁仲間の伊角慎一郎がお盆を持って立っていた。
「棋院に用があったんだ。お前たちはたぶんここに来るだろうと思って、
昼を狙ってきた」
 そう説明しながら、伊角は和谷の隣に腰かけた。
 
 
「へぇー。塔矢は伊角さんにもゲームを渡したんだ」
 塔矢と伊角の接点にまるで心当たりがないヒカルは、
不思議そうに言った。
「ハハ、塔矢が来たとき、オレはたまたまコイツの部屋にいたんだよ」
 伊角は和谷を指差した。
 そのとき、和谷は大きなあくびをしていた。
「寝不足か? 和谷」
 伊角が驚いたように言った。
 手合い日に睡眠不足になった和谷を見たことがなかったからだ。
「ネット碁で面白い対局があったから、つい見入っちまったんだよ」
「ヘヘ、案外、ゲームにはまって寝なかったんじゃないのか」
 ヒカルがからかうと、和谷はものすごい勢いで否定した。
「誰が! 塔矢の持ってきたゲームなんかやるかよ!!」
「オレはやったぞ。メイって子、かわいいよな」
 伊角が照れる様子もなくあっさりと言ったのに対し、
ヒカルも嬉しそうに答えた。
「伊角さんもメイか! 実はオレもなんだ。イイよな、メイって」
 ヒカルと伊角が楽しげに、ファンタの話で盛り上がる一方、
和谷は苦虫をつぶしたような顔をして、二人に背を向けてコーラをすすった。
(ちぇっ、なんでぇ。伊角さんも進藤もメイかよ)
 
 
 その日の夕方。
 部屋に帰ってきた和谷は、即座にパソコンを起動させた。
 ブーンという起動音とともに、黒い画面が青一色に染まり、
続いて、黒髪の男が金髪の少女のあごを支え、上を向かせている
ロマンチックな画像が浮かび上がった。
 それはファンタスティックフォーチュンのレオシルEDの止め絵であった。
 和谷はその画像を見て、得意げに拳を握りしめた。
「塔矢が3日もかかって落としたレオニスを
オレは昨日8時間でやっつけた。今夜は正規EDだ!」
 明日の今頃、彼のデスクトップには打倒塔矢のふたつめの勲章、
シルフィス正規EDの壁紙が飾られているだろう。
 和谷は、カチカチとマウスをダブルクリックして、
ファンタスティックフォーチュンを起動させた。
 
 
                              おしまい
 
 

 
 

 いや、その……血迷っただけです。
 許してください。
 
 
                      2002年7月10日  春日小牧
 
 
 
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