初めての海外旅行
1、旅行プラン
キーン、ジッジッジッ、キーン。
ドアの向こうで、娘が歯の治療をしていた時だった。
『ゆっくりのんびり・ハワイ十日間』『真夏のリゾート・タヒチ』『大自然を満喫・オーストラリア・カカドゥー国立公園』
待合室の雑誌には、夏休み向けのさまざまな海外旅行の案内が掲載されていた。
出会った頃夫は、私にこう甘く囁いた。
「俺の思い出の地、ギリシャのミコノス島へ、お前を必ず連れて行ってやる」
だが現実は、そんなロマンティックな言葉とは裏腹で、新婚旅行は夫の身勝手な判断で国内スキーツアーになったし、家族で行く近くのファミリーレストランでさえ、夫は気が進まない風だった。
それから時が経ち、成長した子供達も、宿題・部活動・コンクールと長期の休みこそ忙しく、家族揃っての楽しみは、せいぜい一泊二日の自然体験キャンプぐらいだった。
だが、この年は少し違っていた。日頃体力だけには自信があった私が、春に予期せぬ病気で手術した。
中学生になった長女は、文化部の大会も終わっていた。次女もその年のピアノのコンクールは、県予選で落選していた。しいて言えば、長男は毎年暇を持て余していた。
全ての条件は、揃った。
『今夏を逃しては、もう二度とチャンスはないかもしれない』
歯の治療を終えて、診察室から顔をゆがめて出て来た娘を捕まえ、私は叫んでいた。
「夏休みは、海外旅行よ!」
その夜、一人勝手に興奮する母親に、子供達が聞いた。
「で、何処に行くの?」
私は、あの雑誌で見た旅行会社に電話を入れた。夏休みが始まって、一週間も経っていただけに、それは運命だったような気もする。『オーストラリア・カカドゥー』の定員だけが、我が家の人数分残っているとの返事。
だが実際は、旅行会社もマニアックなツアーを企画したものの、締め切り間ぢかになっても参加人数が集まらず困っていた。そこへ“飛んで火にいる夏の虫”の家族からの問い合わせ―、この獲物を逃してはと、
「ちょうど、あなたたち家族の人数分だけ空いていますよ。今直ぐお申し込みにならないと、この時期適当なツアーはありませんよ」
と、丁重だがかなり脅迫的返答の旅行会社。
そんなこんなも全て納得済みで、仕事の問題を多数抱えた夫も参加の、正真正銘の家族旅行『太古の文化と広大な自然をじっくり感じる、オーストラリア・カカドゥー国立公園八日間の旅』が決まったのである。
旅行会社の担当者との電話連絡は、恋愛する恋人のようにまめに行われ、たった二週間で、パスポートや必要書類等の手配を完了した。
1994年8月15日。私達家族は、スニーカーにTシャツ、リュックといういで立ちで、渇水の松山を離陸していたのである。
つづく
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