も く じ


 モロッコ     
  こんな感じで出発しました  
その一 哀愁のカサブランカ  
そのニ 怒涛のマラケシュ 1  
その三 怒涛のマラケシュ 2  
その四 たそがれのディズニット 1  
その五 たそがれのディズニット 2  5/26 UP
その六 カスバのワルザサード  6/13 UP
その七 スペクタクルだぜティンギール 1  7/13 UP
その八 スペクタクルだぜティンギール 2   7/31 UP
その九 砂漠の嵐だメルズーガ 1  8/24 UP
その十 砂漠の嵐だメルズーガ 2   10/10 UP
    ↑ のつづき  11/10 UP
   ↑ さらにつづき  11/28 UP
その十一 逮捕劇のフェズ 1  12/26 UP
その十ニ 逮捕劇のフェズ 2  1/30 UP
その十三 逮捕劇のフェズ 3  3/14 UP
その十四  ジブラルタルの海を越えて  5/31 UP 
        
スペインへ    5/31 UP


こんな感じで出発しました

 



 
 
 
 
 
 
 
 
 

 通勤ラッシュの地下鉄の窓にうつった自分の顔が、ゾンビそっくりになってきた朝、どーんと一発会社を休んで異国をウロつきたくなるクセが、押さえられんほどふくれあがった。

 ゾンビはよくない。

 街の美観をそこねる。

 だいいち、せっかくふくれたモノを、しぼませるのも不憫 <ふびん> であろうと、押さえる熱意が感じられない理屈でにわかに活気づき、ランチ・タイムに本屋へ走れば、心はすでに旅立ちモード。

 バラ色の現実逃避に気持ちがかたむくにつれて、ゾンビ指数はメキメキさがり、手当たりしだいといった調子で旅行雑誌をめくりだす。

 資金がたまるまでの日を、指折り数えて待ちながら。

 異国への旅のはじまりは、いつもたいていこんな感じだ。

 ただし、どこかへ行きたくなるのは自分なのだが、行き先を決定するのは私ではない。胸の奥に溶接された羅針盤<らしんばん>なのだ。

 それはキャプテン・ドレイクや、南極探検隊や、沢木耕太郎氏が持ってるヤツよりずっとずっと小さく、旅程が制限されてしまうツアー旅行者のよりはワガママ。

 ここと、あそこと、そっちと、こっちに、どんな乗り物で行きたいのだと、ガンコにルートまで主張してくる。

 なにを根拠に行き先を決定するのか不明なのだが、そんな私の羅針盤は小さいくせに強力だ。

 浮気な針がゆれてるうちなら変更の余地はあるけれど、どこかをビシッと指したが最後、「そこはイヤ」 という選択肢はない。 

 ラーメンが食べたいときに、てんぷらソバを食べても満足できないように、類似品も受けつけない。連邦特捜エージェントよろしく、羅針盤が決めた場所へと、行かなきゃならなくなってしまうのだ。

 そこがノイシュバンシュタイン城や、おしゃまんべ ならちょっと不安だが恐怖心はない。

 ブルガリアやタイぐらいなら、やたら無意味にキンチョーしつつも、どうにかこうにかその国を歩く自分を想像できる。

 しかし今回はその針が、とんでもない場所を指していた。

 砂漠である。

 それもどうせなら世界一広い砂漠をというわけらしくて、サハラ砂漠を指していたのだ。

 ところで、サハラ砂漠という言い方は、厳密にいうと正しくはない。

 サハラ(=サハラーウ) は、なにもない場所とか、不毛の大地とかいう意味で、砂漠を示す言葉なのである。

 『サハラ砂漠』では、『砂漠砂漠』になってしまうのだ。

 ムダをはぶいて、今後はサハラということにする。

 そのサハラはアフリカ大陸の上のほうというか、北にあり、面積はナント日本 の10倍。

 この世界最大の砂漠をいだく数ヶ国のうち、いちばん行きやすそうな国がモロッコだった。

「行きやすいったって、ニジェールだとかアルジェリアとかと比較すればのハナシでしょうが! そこに行くだと? あたしがか!?! 」

 私は思わず羅針盤につっこまずにはいられなかった。

 海外旅行は7度目とはいえ、これまでに行ったことがあるのは白い肌の人の国ばかり。アフリカはおろか、トランジットで1日ぽっち、シンガポールを歩いた以外はアジアも知らない、心もとない旅行歴なのだ。

 おまけに、同行者はみつからず、ロクでもないことに巻き込まれがちな本人だけの一人旅である。

 まっ先に浮かんできたのは、砂漠に倒れた私の真上を、ハゲタカが舞うシーンであった。

 半月刀を頭上にふりあげ、ラクダにまたがるアラファト議長が、私のサイフと荷物をかついで、遠くに逃げ去る映像だった。

 アラファト議長に悪意があったのではない。アラブアラブした人がほかに思い浮かばなかったうえに、『アリババと40人の盗賊』 がブレンドされてしまったのだろう。

 おとぎばなしも、現実も、時代考証も、国境も、むちゃくちゃになった想像図である。

 それ以外はモロッコなんて、 『アラビアのロレンス』 のロケ地になった国の1つだっけ? というイメージがやっとのありさまだった。

 しかし、『アラビアのロレンス』は良い。イメージ的かつミーハー的には、砂漠もアラブもカッコイイ。

 ターバンを巻いた男たちにも、旧約聖書のアブラハムと変わらぬ生活様式を守りつづけている遊牧民にも、ラクダの群れにも、砂の海にも、生まれたからには1度はお目にかかってみたいし、『オッカナイ国』ほどドキドキできるし、だいたい既にどうしようもなくサハラに行きたいから、行くしかない。

 モロッコってどこにあんのよ? 街の様子は ? 移動手段は ? イスラム教の国でのマナーは? 女性旅行者の服装規制は ? 言葉は? トイレは ? 食べ物は ? ―― 本屋と図書館を行きつ戻りつして情報を集めるうちに、未知なる国への興味もこみあげてきた。

『モロッコは、隣国アルジェリアで荒れ狂う、イスラム原理主義者のテロも及ばぬ、平和な観光国です』

 いまひとつひっかかるものの、ある日目にした新聞記事も、安全であると唱えてはいた。

「お姉ちゃん、お兄ちゃんになっちゃうんだ …… くすんくすん」

 とは、妹の弁。

 見当ちがいの心配に胸を痛めるムカつく女に、性転換手術が目的ではない、と正しい釘を何度も刺した。

 基本悲願は生還なのだが、まんいち死んだ場合にそなえて、遺体を回収しにきてくれるよう、アメリカに留学経験のある地元の友人Y嬢にたのんでおいた。

 母親は日本を1歩も出たことがないし、妹は豪華なビーチ・リゾート以外はタダでも行かないようなタイプだ。うちの家族に回収させたら、二次災害が起こってしまう。

 ついでに相互協定をむすび、Y嬢がどこかの国で果てたら、私がひろいに行くことになった。
 
 協定の規約は、なるべく回収しやすい場所で成仏するよう心がけるコト ! (なお、遺体がくさらないようにすれば、回収ついでに観光なども可)である。

 ―― これでよし。これまでどうにかなってきたのだ、これからもなるにちがいない。

 私はむりやり確信し、あり金はたいて日本を発った。

 せっかくだからサハラだけでなくモロッコ各地もグルっとまわって、だったらぜひとも海を渡って、イスラム圏からキリスト教国へ移り変わる景色も見ようということになり、旅行期間は1ヶ月半。

 派遣社員をなりわいとするため、正社員よりは休暇がとりやすいのとはいえ、6週間はダイタンだろう。

 さすがにやめるつもりでいたら、いない間だけ代理の派遣の人をやとってつないでおくからいいといわれて、言葉にあまえた。

 日雇いヤクザOLをしてきた甲斐があるというものだ。

 旅行のルートは、モロッコ → スペイン → おフランス。

 日本からカサブランカまでと、帰りのパリから成田までは飛行機を使い、あとは陸路と海路で進む。体力のあるうちに手強い国をやっつけて、穏便な国で休んで帰るという、なかなか賢い計画である。

   最初の国さえ無事にすごせれば、残りはなんとかなるだろう。

 レッツ出陣、いざ、モロッコへ ! 烈火の真夏と、冷え冷えの冬と、昼間はのきなみ飲食店が閉ってしまうというラマダン (断食月)と、興味深いけど痛そうな砂嵐の季節をさけた、梅雨のはじめの旅立ちだった。

 以下は、くだんの最初の国を甘くみていた猛反省と、さけそこなった諸事モロモロにまみえてジタバタ展開される怒涛の洗礼 ―― に、なってしまった旅日記である。

 


 
 

 
 
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