
[1]メロヴィング朝(481〜751)
(1)クローヴィス(在位481〜511)
・フランク王国を建国(481)
・アタナシウス派に改宗(496)
→ローマ教会との提携の契機
・ブルグント王国を滅ぼす(534)
→フランス全域の統一
↓
(2)カロリング家(宮宰:マヨル=ドムス)の台頭
・トゥール=ポワティエ間の戦い(732)
・ウマイヤ朝の軍を宮宰カール=マルテルが撃破
→カロリング家の名声が高まる
[2]カロリング朝(751〜843)
(1)ピピン(小ピピン)
・カール=マルテルの子
・ローマ教皇の支持によりクーデターを成功させカロリング朝を創始(751)
“ピピンの寄進”(756)
ローマ教皇と争うロンバルド王国を攻撃
獲得したラヴェンナ地方をローマ教皇に寄進
→ローマ教皇領の起源
↓
(2)カール大帝(シャルルマーニュ,カール1世,在位768〜814)
フランク王国の最盛期
【西欧をほぼ統一】
・ロンバルド王国を滅ぼす(774) →北イタリア領有
・北ドイツのサクソン族を討伐(804)→ドイツ領有
・アヴァ−ル人(アジア系)を撃退
・イスラム勢力(後ウマイヤ朝)と戦う
→叙事詩『ローランの歌』の題材
【中央集権体制の確立】
・首都:アーヘン
・全国を州に分け伯を置き統治を行う
→伯を監視するために巡察使を派遣
【カロリング=ルネサンス】
・イングランドの学僧アルクィンを首都アーヘンに招きラテン語学校開設
↓
カール大帝の戴冠(800)
ローマ教皇レオ3世から西ローマ皇帝として戴冠される
→ローマ教皇はビザンツ帝国に対抗するためにカールの力が必要だった
→以後,ローマ=カトリック教会との提携が確立
↓
ルイ1世(ルードヴィヒ在位814〜840)の死後王国が分裂
【フランク王国の分裂へ…】
|