同時進行小説
同時進行物語

  


外資はつらいぜ


さてさてわたくし、このたびリストラされてしまいました。

学校出てから十余年、今じゃしがねえサラリーマン。

などと呑気にしていたら、あっという間のリストラ組

せっかくなのでリストラされて行く状況を書いておこうかなと。

「うーん、こんなに赤裸々に綴って怒られないかな」と心配になったので

ヤバイところはつくってありますが、

だいたいのところノンフィクションです。

   

この先何処まで行くのやら。。。。

Introduction

会社概要

 本国ではそこそこ大きいが、日本では零細企業といっていい規模の中途半端な外資系雑貨会社。

 むかーし一発当てたことがあるので業界での知名度はまあまあ。私が入社したころは総社員数1000人ほどいたらしいが、リストラにリストラを重ね、今はその10分の一程度の規模。知名度が今でもまあまああるのと、外資系だということで世間の人は大きい会社だと思いこんでいるようだ。おかげで高給取りだと世間では誤解されている。

 日本に上陸して20年程度。アメリカ系の会社のせいか業績が悪いせいかなんなのかここ数年、社長他経営陣がコロコロ変わっていた。

 よく女性差別とか、規制緩和されてなくて外資が優遇されてないとかいう話を聞くけど、うちは女性の管理職も少なくないし、 40過ぎのおばちゃんも正社員でゴロゴロ働いてるし、ギャラの差別もないし、女性にはいい会社なんじゃないのかな。
 業界的に外資の会社も多いので、 こないだコ○ックが「日本は門戸解放されてない」って怒ってた奴なんか、言いがかりとしか思えない。 GNP第2位の日本に来てシェア取れないのは、お前んとこの企業努力が足りねえんじゃねえのかと思っちゃう。そういう意味では世間のセンスとはずれてしまっているかもしれない。ちなみに俺は終身雇用制だと思い込んでいたので、この会社ともセンスはずれている。

 経営陣もしょっちゅう変わるので、「上司の覚えめでたい」ってことにもあまり意味がない。疾風のように現れて疾風のように去って行く奴ばっかりだから。そういう意味では外資ってのは個人の能力主義なのかもしれない。どんな不況でも2階級特進もあるし、いやがらせ人事もあるしね。しかし面白いことに偉い奴はほぼ例外なくそばに愛人作ったり、連れて来たりするな。不思議だ。

これまでの経緯

新卒でこの会社の子会社に入社。

大規模リストラにより子会社を1回潰し、同時に新会社を設立し、移籍する。

6年ほど前に関西に転勤になる。転勤してまもなく親会社に出向。

一年ほどして親会社に移籍。

実はわたくし、事実上この会社しか知らないので、外資と日本の会社とどこが違うのかほんとはよく判りません。

今のところは神戸の片隅の貸しビル内でほそぼそと勤務しています。

第1部

 4/7 fri. 

まずいリズムでベルが鳴る

    

 その日、珍しく三重県鈴鹿に出張していた俺に、オヤジ次長からケータイに電話が入る。 もちろん上司から電話があるなんてことは珍しい事ではないのだが、その日は何だか様子が違った。

「 社長から話があるので、12日は必ずスケジュールを空けておくように」との事。

 社長からの話でいい話なんかあった例がない。 必ず出席するようにとの旨、通達があったらしい。 万難を排して、とはよく言うが、有無を言わせないような雰囲気が感じとれた。いよいよリストラだな。

 6年前、転勤の話を切り出される打診の電話を部長から受けたのが、ちょうど今と同じ春先、忘れもしない4月20日。相模原で受けた。しかも、同じ様に取引先でカンヅメになっていた日だった。。

何だか同じ匂いを感じさせる嫌な電話だった。

 4/11 tue. 

風と共に去りぬ

       

 いよいよ、うちの会社で明日重大発表がある。重大発表だろうという雰囲気は社内を完全に支配した。

 「全社員の皆さんに社長からお話があります」という形式で連絡があったのだ。12日に全社員、札幌、東京、名古屋、大阪、九州の各主要営業所に集合とのこと。全社員というのは営業からスタッフから工場に留まらず、契約社員からパートさんから全員集合ということだ。
 今までにもリストラは何度かあったが、契約社員まで呼ぶのは初めてだ。かなり大掛かりな感じ。文字通り、前代未聞だ。
 全国から100人集めるのに平均3万かかったとしてそれだけで300万の仕事だ。

 打診があってから幾つか考えられる事態を想定してみた。ま、リストラだろう。今までの前例から考えると、高給高齢の管理職への退職勧奨、及び全社員への希望退職依頼だ。しかし、今回のはなんかヤバそうな気がする。何故ならアメリカ本社自体が大幅なリストラを敢行し、昨年末に社長が替わったばかり。おまけにアメリカ本社の社長も日本の社長も、「大幅な犠牲を払わねばなりません」という年頭挨拶を書面で出してきているからだ。最悪のケースは、ボーナスカット、希望退職によるリストラ、俺のいる事業部閉鎖だと思っていたのだが、もっと最悪のケースが出てきた。

 ここんとこバタバタしていて、会社の人ともあまりこの件について話す機会がなかったのだが、この日、会社の亜矢ねえさんと話す時間があって、2人で色々想像を膨らませてみた。

「今回のは何か今までの奴よりやな感じだね」
「そやな。ちょっとちゃうな。」

「なんか、今までみたいに希望退職だけじゃ終わらないって感じしますよね。最悪、どこまであるのかな。うちの事業部閉鎖まであるかな」

「最悪のケースなんてなんぼでもあるで。今の状況やったら指名解雇、減俸、給料遅配。なにがあってもおかしないもん」

亜矢ねえさんは俺と3つ程しか違わないが、マネージメントクラスなので少しは情報もあるだろうし、転職経験も何度かあるので俺よりは少し深読みをしていた。彼女の言う最悪のケース、

それは、Japan division 閉鎖、どこかに販売権譲渡の上、全社員解雇、だ。

実はうちは外資なのでリストラだろうが身売りだろうが何でもありだ。
ブランドの売買はもちろん、会社ごと売ったり買ったり開けたり閉めたりは、結構今までにもあった。
しかし今回のはヤバそうだ。

彼女の言うように、よくて全社員もしくは管理職か高齢者対象のリストラ、営業所閉鎖、及び全社員減給。
最悪日本市場撤退の上、全員解雇まであるだろう。

今回はかなりの緘口令がしかれているらしく、何の情報も漏れてこない。

ま、明日考えよう。気分はヴィヴィアン・リーだ。

 4/12 wed. 

そして僕は途方にくれる

       

 さて、リストラの発表である。

 方法は全社員を全国数ヶ所の主要営業所に集合させ、社長が喋っているビデオを全国で同時刻に見るというもったいぶったやり方だった。
 しかも、「質問は一切受け付けません」というふるったコメント付きだ。

 この日、マネージメントクラスは全員東京に集合させられ、午前中に一般職より先にビデオを見ているのだ。結論は先に判っている。見終わったと思われる時間とほぼ同時に俺のケータイがなる。電話をかけてきた唯野課長の第一声は

紗木、落ち着いて聞きや」だった。そのひとことで、脚が震えた。

俺にとっては最悪の結末だったが、先に聞いといて良かった。

唯野課長から先に結果を聞いていたので、ビデオは落ちついてみることが出来た。

会議室に集合し、判決の時を待つ。二人ほどどうしても外せない仕事があって、「少し遅れます」との連絡があった。東京から来た本部長は「気をつけて、急いでこいよ」と言って電話を切ると同時に、「なにやってんだまったくこんな日に」と、悪態をつく。彼のこういう裏表が最近とみに鼻につく。正面切ると気を遣っている風な事を言うのだが、裏に回るととたんに悪口が始まる。俺だって影で何言われてるかわからない。みんなそう思っちゃうって事が解らないのかな、この人。ま、このくらい裏表を使い分けられないと、偉くはなれないんだろうなと最近痛感している。

全員が揃って、年に何度も使わない32インチのモニターに社長が映し出される。

社長の話は、来期日本撤退の話を含めた大規模リストラの話だった。
毎年10億の赤字、13年で200億の累積赤字とか言われても、ピンとこない。
馬鹿じゃねえのかな。それで商売やってる方がどうかしてる。

ま、ともかく結論はリストラだ。
基本的には社員を1/3程度に削減し、営業とマーケティング以外はほぼ全員解雇、俺のいる事業部は閉鎖、というものだ。
俺は営業だが、俺のいる事業部は閉鎖になるのでやはり解雇のようだ。
会社側は「指名解雇」ではなく「退職勧奨」だとしきりに言っているが、拒否できるわけでもないし、希望退職者を募るわけでもない、完全に指名解雇だ。毎年10億の赤字を黒字転換しなければ、来期には販売権譲渡でライセンスドにするらしい。

営業とマーケティングしか残さないというのは、ライセンスを売り飛ばす、つまり他の会社に販売権譲渡してしまう前に、外注に回せるところは外注して、コアの部分だけ自社でやってみようという事だろう。
日本での販売権まるごと売ってしまう諦めはまだついていないらしい。

会社ごと売るとか、ブランドだけ売る、とか販売権を売るというのはこの業界ではよくある話で、さほど珍しいことではない。事実、今までにも何度もやってきた。

今回は会社ごと売ろうとしたのだが結局買い手がつかず、最大限のリストラで乗りきろうとしているらしい。

いれば監獄辞めれば地獄。どっちにしても出目はないようだ。

まっすぐ帰る訳にも行かず、久し振りに会社の絵梨子ねえさん小僧と飯を食う。
リストラ、という結果は発表されたものの、詳細についてはまだ訳がわかんないので暴れようにも暴れられず、居酒屋で飯を食った後、小僧と2件目へ行って気ばらしをする。

 4/18 tue. 

俺達に明日はない

       

今日は「ビデオ発表」の後の社長による質疑応答だ。営業本部長、人事部長も同席。

前回は「質問は一切受け付けません」という高飛車な態度だったので、今回改めて質問を受けるとのこと。しかも個人面談で。
質疑応答といっても肝心な、誰が残って、誰が解雇になるのかは「まだ言えない」とのことなので、こちらとしても聞き様がない。一番聞きたいところは伏せられたままだ。
退職条件は組合との折り合いがついていないので確定条項ではない。話、盛り上がる盛り上がる。

会社の将来については社長は熱く語っていたが、 辞めさせられる会社の展望を熱く語られても、困っちゃう。
結局何も話は進展しないままミーティングは終わった。

こんな役に立たないことをなんでわざわざやるのか不思議に思ったのである人に聞いてみると、
もしも裁判沙汰になったとき、解雇するにあたって会社側がどんな努力をしたかというのが重要なのだという。
「金」「説明」「再就職斡旋」など、努力した項目が多ければ多いほどいいらしい。
だから役には立たなくても「説明をした」「社員の意見を聞いた」という実績がいるらしい。

ミーティング終了後、3人くらいで飲む。また飲み過ぎで、喋りすぎてしまった。
一軒だけじゃ憂さは晴れないので、二軒目は西中島であばれる。

あまりばかばかしいので、この日から髭を生やし始める。

 4/19 wed. 

刺せば監獄、刺されりゃ地獄

   

リストラミーティング、つまり個人面談の質疑応答は大阪が一番先にやったので、各地の営業所から今日は早速さぐりの電話が入る。
結構歳のいってる人はもう覚悟を決めているようだが、特に若手(つまりはギャラの安い奴)はもしかしたら残れるのか、残されるのか微妙なとこがあるのでやはり心配だ。
何人かと話をするが、結局はっきりするまで待つしかないねと言う結論しか出ない。

ここへ来て問題が少し発生してきた。
それは会社都合の退職金貰って辞める気まんまんになっていると、「残れ」と言われた時結構ショックだと言うことだ。
辞めるためには、当たり前の話だが、それなりの心の準備が必要だ。が、その覚悟を決めてしまった時にはもうこの会社に見切りをきちんとつけた状態になる。そこで「残れ」と言われてもなんだか困ってしまう。

まあ、残れればそれにこした事はないのかもしれないが、生憎残ったとしても一年か二年でまた同じ事が起こるだろうし、俺は別事業部の仕事は今の状況ではやるつもりはない。
何しろ希望退職者は募らないので、退職勧奨されずに、ここで辞めても自己都合退職なのだ。なんだか中途半端だ。

 4/26 wed. 

お前の方が新入りだ

      

個人面談の日時の連絡が来た。腹は決まってるつもりだが、いよいよだ。観念する日が来たな。覚悟は決まってるとは言えども正直未練たらたら。
どっちにしたって先がないことは頭じゃ判っているんだが、初手から13年勤めた会社で、愛着はあるし、ブランドだって愛している。昨日今日来た社歴じゃ後輩の経営陣にクビを切られると思うと腹が立つ。

 個人面談はまず非組合員から。もちろん組合との折り合いはまだついていないからだ。もめたって、俺達には組合っていうバックボーンがないから切りやすいんだろうな。
 当然のことだが、管理職はかなり切られることになるだろう。俺は管理職ではないが、事情により非組なので先行だ。今回は東京に呼びつけて面接をするらしい。
どうせ解雇するなら通達は葉書でいいから、その分の交通費よこせっちゅうねん。ゴールデンウィークの予算の足しにするから。

東京行脚も最後かも。

 5/1 mon. 

たどりついたらいつも雨降り

リストラ日記

8:54初めて乗る500系のぞみで東京へ向かう。

今日はリストラ個人面接の日だ。 午後イチにつけばいいし、頭はもう連休モードなので、何だか旅行のような感じでのんびり東京へ向かう。静岡を越えた辺りで、先に面接を終わった後輩からケータイに電話が入る。

12月で退職だそうだ。東京の若手メンバーが退職勧告であれば俺にも目はない。俺のいる事業部はやはり全員解雇になるようだ。

昨日の「事業部は事業部」という発言で想像はついていたが、これで確定だ。 腹は完全に決まった。

一旦、新宿のオフィスに寄りひとしきり髭のことをからかわれる。昼飯を食いながら面接内容をあれこれと聞く。

さて午後になっていよいよ俺の面接の番がやってきた。オフィスではなく、歩いて5分ほど離れたビルの会議室を借りて行われた。結構広めの会議室に、4人だけ。社長、人事部長、何故だか脇の方に営業本部長、そして俺。仰々しい感じを出したかったのか、ただ単に借りた会議室がでかかったのか、俺と彼らの間にはかなり距離感があった。聞きたいことは聞いたが、言いたい事は言わなかった。

社長が「言い足りないことがありそうですよ。何でも言って下さい」とは言うものの、こんな短時間じゃ言い切れる訳がないし、ここで言っても何の役にも立たん。相変らず偉そうな役立たずの人事部長に少し腹を立て、椅子を蹴飛ばし踵を返した。

面接後、営業本部長とオフィスまで一緒に帰る羽目になった。5分ほどの道程なのだが、彼の口をついて出てくるのは俺のいる事業部の悪口だ。

あまりにもうちの事業部だけが酷い事をしてきたようなことをいうので、「それは違うんじゃないですか」と一度諌めてみたが、それには気づかず無神経な彼は勝手に話を続ける。俺に向かって、うちの事業部の悪口を言うような無神経な馬鹿とはいずれにしても一緒に仕事は出来まい。だいたいこの本部長はうちの事業部が出来た経緯すら知らない新米なのだ。

ちなみに何故営業本部長がうちの事業部を嫌っているかというと、仕事の内容がよく解らない事と、前任のうちの事業部長と何かあったらしく、犬猿の仲なのである。

           

夜、連休の谷間でがら空きの「北の家族」で事業部みんなで会食。全員退職勧奨を受けたので、誰かが残って誰かが出ていくというような気遣いはないのでとても気楽だ。意外と退職勧奨への文句なんかは少なく、久し振りの全員集合なので近況報告や、世間話で盛り上がった。

その後若手で(注:若手といっても30代のこと(笑))歌舞伎町に繰り出す。

 5/12 fri. 

  貧乏くじは君がひく 

      

 事業部閉鎖の案内状を誰が書くかという話になって、会社側はいつもの人にに書いてもらえばいいじゃんと気軽に言うので結構反発があった。そんな公式文書は本社営業管理か総務部が草案しろと言うのだ。それは当たり前の話なのだが、意外と強い意見で俺がびっくりするくらいだった。

しばらくしてその草案が出てきた日、俺はおねえさんに聞いてみた。このおねえさんは、会議の現場にいなかったので、その経緯は知るよしもない。

「草案出てきたけど、誰が書いたの」

「あたしに決まってるじゃない」

「え、結局おねえさんが書いたの。俺達それは筋違いだって言ったんだけど」

「当たり前じゃないの。あの人達になんか任せておけないわ。だって、前みたいなことになったらどうすんのよ。文句言われるのはあたしたちなんだからね。あんなもの出されちゃかなわないわよ」

前みたいって言うのは詳しくは省くが、ボンクラに任せといたら、とんでもない挨拶状を送った過去があるのだ。さすが大人だ。筋論を通すよりも、というか、訳わかんないことされるんだったら自分でやった方がましだということをちゃんと解ってる。

その人は付け加えた。

「あたしは初手っからこの商売やってるんだから。この死に水くらいはちゃんととってあげるわよ」

感動的だ。昨日今日来て平気で会社ごと潰すボンクラ経営者に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。
考え直した。この事業部の幕引き係をボンクラどもに任せておくわけにはいかない。俺が、閉めてやる。

 

 5/15 mon. 

古い船を今動かせるのは古い水夫じゃないだろう

     

社長と営業本部長を連れて挨拶回り。
うちの社長は外人なので、取引先へ連れていくと回りの人がちょっと驚いた顔をするのが面白い。

午後、何の事前連絡もなく第二回目の個人面談。
いきなり退職の意志を聞かれても、どうせクビにされる事は解ってるんだし、 転職をどうしたいと聞かれたってこの先は個人的な事なのでお前等に答える必要はない。

何の為の面談かというと、「就職斡旋会社への登録促進」だ。よくよく聞くと、 退職勧告者にしか就職斡旋はしないので、登録しちゃえば退職に合意したという事になるらしい。
早く退職届にハンコ押せ」とはいえないので「就職斡旋会社への登録は早い方がいいですよ」と言うわけだ。

   

「われわれはどんな努力も惜しみません」
「あなたの事を心配しているんです」って、泥舟から俺を突き落とした奴に船の上からなんか言われても何の信憑性もないな。

ま、もちろんもう、その泥舟に乗る気もないが。    

 5/17 wed. 

とんびに油揚げ

     

営業本部長と元名古屋担当課長と3人で名古屋地区挨拶回り。
この日、うちよりも大きい同業の外資系メーカーのM&Aの発表があったので話題はそちらの事で持ちきり。

 人にアポイントを取らせておいて、二日前になって
「社内のミーティングが入ったので行けない」などという自分のスケジュール管理も出来ない、 物事のプライオリティも解らない管理職の相手をするのは意外と大変だ。  

 おまけにこの「営業本部長」というのはうちの会社に来てまだ1年も経ってない新米だ。 だからこの業界の事どころかうちの会社の事情すらおぼつかないのだ。取引先の偉い人に昔話をされても全然解らないし、 今の状況を聞かれてもわかんなくてとんちんかんな受け答えしか出来ない。話が噛み合ってなくて、 こっちがヒヤヒヤしちゃう。
なら黙ってりゃいいのに、今後のビジネスのアピールだけは一人前だ。 日本市場撤退の報告と今までの御礼に行ってんだから、そこんとこをきっちりしてもらわないと困るんだけどな。 今後の話はてめえでアポとって行きやがれ。

もうどこへも連れてってやんない。

   

夜、課長と2人で飲んだ時
「乗っ取られちゃったな」
としみじみと課長が言った。

  

まあ、外資なので今までも他所の会社から来た雇われ社長や部長だらけだったのだが、 今回は社長と本部長が昔おんなじ会社にいたせいもあって、余計にそんな感じがするのかもしれない。
今までもドラスティックなリストラってのは結構あったのだが、今回のは俺達は逃げられないからね。

  

 5/18 thu. 

冥土 in 大阪

     

 人事部長より電話。
 退職時、本拠地へ戻る条件について連絡あり。「本拠地」というのは明確な基準がないのだが、「採用地」とか「家のある所」というような意味で使っている。

 実は俺は転勤扱いなので、採用地と勤務地が違う。早い話が東京から神戸に飛ばされてきたのだ。当然待遇も少し違うのだが、転勤者は今の事業部では俺だけなのだ。だから、「みんな平等」にされちゃうと俺だけが割を食うことになる。俺は好きでここに住んでるわけじゃないからね。いや、今は好きで住んでるんだが、もともとは会社の都合で「飛ばされた」んだから、飛ばす前の状況に戻してもらわねば困る。

 どういう事かというと、解雇するにあたっては転勤を解除して、東京に戻れるようにして欲しい。ついては通常転勤する時に支払われる「赴任手当」払って欲しい、ということだ。うちの会社は転勤する時に「赴任手当」という支度金のようなものが出るのだ。クビにするなら払うもの払ってもらって、本拠地に戻してクビにしてもらおうかという訳だ。これは当たり前の話だと思っているのだが。

 おまけに俺は「社宅」に住んでいるので、会社を辞めると住む所も追い出される羽目になるのだ。このまま関西にいる事になった場合、家を借りる時には敷金礼金ではなく、「保証金」といって10ヶ月くらいかかるのだ。もちろん、普通の人は自分で家を借りたり買ったりして住んでいるので、次の家を自分で借りるのは当たり前の事なのだが、急に100万近く払って引っ越せといわれても、困ってしまう。会社の都合で追い出されるので、次の家の保証金出せとは言わないまでも、赴任手当くらい出してもバチは当たらないだろう、ということなのだ。東京に戻るにしても関西にいるにしても、どっちにしても不意の金が結構いるのだ。

 回りの意見を聞いてみると、「クビになるのにそれはちょっと虫が良すぎるんじゃないか」という人と、「そりゃ保証金の半分くらい出してもらわんとな」という人と、まちまちだった。

 この件について個人面談の時に要求していたのだが、その場での回答はなく、「前回の退職勧奨に準じます。回答は調べて連絡します」との事だった。その回答が今日電話できたのだ。

 回答は、通常転勤の場合は「赴任手当」というものがつくのだが、「今回もし本拠地へ帰る場合は「引越し代」と「旅費」しか払わない」というものだった。おまけに領収書が要るという。会社辞めてから辞めた会社と金の事でガタガタすんのはやだな。

 あまりにそっけない返事と高飛車な態度に腹が立ったので
「もし俺が香港に飛ばされてたら、本拠地に帰すのは当たり前の話だろ。なら本拠地で就職活動するから在職中に転勤させろ」と言ってみた。検討しますみたいなことは言ってたが、ま、無理だろうな。しかし本気で東京で職探しするなら住んだほうがいいもんな。

 その気になったら社長にねじ込もう。チンピラの一存で決められちゃかなわないからな。  

 つまりは俺が次どこで住むか、どこで仕事をするかによって交渉条件が違ってくるのだ。社長と直接交渉できる機会はあと何度もないと思うので、早めに方向だけでも決めないとな。

 5/26 fri. 

 この日とうとう組合と妥結したらしく、最終結論の条件が提示された。泣いても笑ってもこの案で追い出されることになる。前回提示より、少し上乗せがあった様だ。

 会社都合退職金+α。そんなに貰えるわけじゃないが、不況のこのご時世、会社が倒産して無一文で無職になるより全然ましだ、と思わざるを得ない。

 5/30 tue. 

 組合と条件妥結したので、今日から組合員の個人面談が始まった。ま、営業の組合員は全員残る筈なのでさほど問題もなく、スムーズにいったようだ。

 懸念の赴任手当の件を、書面にて社長宛で提出した。組合宛の回答では、やはり「旅費と引越し代しか出さない」ということであったが、どうも納得がいかない。後手に回ったが出さないわけにはいかないからな。

 6/2 fri. 

  そろそろ年貢の納め時

     

 課長二人はもう退職合意書にサインをして提出したらしい。後輩もそろそろ再就職支援会社に登録するので、来週にでも出すような事を言っていた。

 中村部長は最近また口うるさくなり、早く就職活動を始めろとうるさい。ま、心配してくれてのことなので、ありがたいはありがたい。「唯野はボケっとして、年内はのんびりするようなこと言ってるが、あれに付き合ってちゃ駄目だぞ」と電話するたびに俺に言っている。

  

 6/8 thu. 

 東京のメンバーは全員退職合意書にサインして提出したと後輩から連絡があった。ま、誰にせかされるわけじゃないが、状況はそういうことらしい。

 なんかやはりみんな少しづつ動き始めてるようで、「英文履歴書の書き方の本買ってみた」とか「英語習いに行こうと思ってる」とかいってる。あまりのんびりしててもいかんな。

 6/12 tue. 

隣の芝生

     

 近々にリストラされる人の話を聞く機会があった。 そこの会社も5月にリストラの発表があったのだが、1ヶ月足らずの6月15日で出社に及ばず、 ということらしい。有休取る暇もなく会社はなくなり、有休は買い上げらしい。 退職金につく色は結構良いという噂なのだが、 発表から1ヶ月で解雇というのは心理的に結構つらいだろうな。

 俺達は今の会社にいようと思えば発表から8ヶ月、今からでも約7ヶ月猶予あるし、 その間大した仕事をしなくても給料くれるのだ。よく考えたらありがたい話だ。 きょうび失業保険だって60%くらいしかくれないってのに、会社員の肩書き持ったまま、 100%ギャラもらえて就職活動に専念していいんだもん。 半年分ギャラもらえるって言ったら結構いい金額だしな。そう考えたらごねなくたって、 転勤手当なんて2ヶ月分もないんだから、いくらでも帳尻は合うかも。 金やるから今すぐ辞めろって言われても困るもんな。ちょっと考え直した。

 6/15 thu. 

人事部長から電話。
以前提出した「赴任手当申請書」に対して回答がこないので、昨日書面で回答を要求したのだ。 「忘れていたわけではないんだが、月曜日の面接で回答しようと思っていた」との事。 連絡をしなかったのは申し訳ないとえらく低姿勢だ。相手が下手に出てくるときの回答はただひとつ。
「頭は下げるが金は出さん」だ。間違いないな。営業だってそうだしね。俺もそうやって金払うの断ってきたので、よく解る。

 6/16 fri. 

まるもうけ

 夏のボーナス支給日。ありがたいことにリストラされるのにボーナスが出るのだ。
実は儲かってんじゃねえのかこの会社。

 前は出なかったこともあるのに、ここ数年はまともに出てるもんな。ま、もらうのに文句言っちゃいけないな。このご時世、退職金までもらって、クビになるのにボーナスまでもらえる。ありがたいことだ。多分この会社でもらう最後のボーナスになるだろう。大事に使おうと思いながら、あっという間に損失補填に消えていく。

 6/19 mon. 

この日、通算3回目の個人面談。

 転勤についての結論出る。俺が社長へ直接レターを書いたため、人事部長はえらい社長から怒られたといって恐縮していた。やっぱ交渉事は上からいかないと話にならんな

 結局俺が要求していた「赴任手当」は支払われず、本拠地に帰る場合は引越し代、交通費、宿泊費、有休を支給するというもの。肝心の赴任手当ては払ってくれないくせに、「それ以外の君の要求は全部飲んだ」ということらしい。他の要求は無視していいから赴任手当てだけ払ってくれりゃいいんだけどな。

 この結論とともに、6月末までに退職の意思決定をして欲しいといわれる。別にごねてもこの会社に居られるわけじゃないし、俺はもう退職金をもらう気まんまんだった。

退職届にサインする。一応かしこまった感じを出そうと思って、家で正座して書いた。

     

             

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