京急の独り言




26. 2022年「ブルーリボン賞受賞記念乗車券」とピンズ
2022年11月にやっと子供のお休みに合わせて、一緒に「京急ミュージアム」へ行って来ま
した。


230形が見える京急ミュージアム


やはり目的は230形の236号車です。私が小学生の低学年の頃には、大師線・空港線では
当たり前の様に230形が走っていました。半鋼製で内装が木の車体で、本線で走っていた
420形と似ているのになぜ、緑色の内装だったのか親に一生懸命に聞いた覚えがあります。
鉄道に興味のない両親ですから当然、答えるわけありませんよね。

正面から見た230形


ミュージアムの中に入ると懐かしい、230形の姿が!
やっぱり昭和の名車と言われる230形の姿は綺麗です!これぞ京急!!


内装も復元して懐かしい木の車内でした


車内も綺麗に復元されていて、懐かしい木の電車の記憶が戻ってきました。そして運転士の
人形が着ているブルーの制服!小さい頃に憧れた京急の2世代前のブルーの制服です。
本当に憧れました。

乗務員室内も再現されています



1000形の運転台でシュミレーションします


京急の運転シュミレーターを予約してあったので、子供が運転席に座りエアポート急行を
運転しました。立会川駅を出発して平和島駅に停車、次に京急蒲田駅まで運転します。
本当は私が運転したかったですが、ここは子供に譲りましょう・・・
パソコンのシュミレーターと違い、本物の同じ運転台に座り大きな画面を見ながら本物の
のサウンドを聞きながらの運転は気持ちが良かった様で、帰りに京急に乗って帰った時
も運転席の後ろに立って、かぶりついていました。

もうすぐ再開発でイメージが変わる京急品川駅のジオラマ


オープンしてやっと行けた京急ミュージアム。2時間くらいの入換えの入場制限がありまし
たが、十分に楽しめました。今度は運転シュミレーターにチャレンジしたいな!

25. 1890番台のブルーリボン賞受賞
2021年5月に登場した1000形・1890番台の車両が2022年のブルーリボン賞
を受賞しました。2000形以来の受賞で39年ぶりだそうです。

通勤形電車でありながら、L/C腰掛(ロングシートとクロスシート切替可能な座席)や
座席コンセント・トイレが設置してある事が受賞に繋がったようです。

京急ミュージアムに貼られた受賞のお知らせ


日中にエアポート急行等で乗ることが多々あり、今回もいくつか動画を取ることがで
きました。
 



時代なのでしょうか、ヘッドマークからフィルム貼りへと変わり特別感の感じが無くな
った気がします。

2012年5月に開催された「京急ファミリーフェスタ」での2000形ヘッドマーク



24. 久々の可動式クロスシート車両1000形(1890番台)
2021年から都内に転勤になり、約5年ぶりに京急で通勤するようになりました。
春に登場した1000形(1890番台)には乗る機会がありませんでしたが、車両が
増備されたこともあり朝の通勤の
特急で乗る事ができました。

品川折返し「エアポート急行」として運用される1893号


2100形以来のクロスシートで最新の自動回転シート(L/C腰掛)を採用。
乗務員室後ろに座席が復活。座席数だけでみたら、内装更新前の650番台の
クロスシートと座席数が変わらず、補助席を含めたら650番台の方が座れる
座席数が多い様です。650番台をクロスシートで残してあれば、モーニング・
ウイング号の12両編成化が、もっと早い段階からできたかもしれません。
1890番台はイベント用にトイレが設けてあるのでモーニング・ウイング号だけの
運用では無いみたいですが。



乗務員室の扉は横引扉となり乗務員室のスペースを確保し、1500形同様に

貫通扉は非常用として設置してあるようで、1800番台と違い4+4両で8両編成

を組んで都営線への乗り入れは考慮されていないみたいです。


1500形同様に仕切りがない、すっきりした運転台



総合車両製作所製造で「SUSTINA」ブランドの車体構造


ホームドアが増えて京急線内と都営方面の誤乗車防止のため、ステンレス車両

にも伝統色の赤とアイボリー塗装を採用し、京急らしさが戻って来ました。2022年

春からモーニング・ウイング号3本すべてを12両編成にする発表があり、更に1890

番台の予備車両を増備する様です。

昭和の生き残り唯一の鋼製車両1500形の1次車(1501〜1520号)4両編成4本

の動向も気になります。


23. 600形快特!
リニューアル工事も終えてロングシート化された600形も、都営・京成・北総線乗り入れ車両として
元気に運用されています!
600形は京急の車両の中でも京成線や都営地下鉄の企画に合わせてあり、自動案内放送なども
装備されていて、都営線内では自動放送で次の駅を案内してくれる電車です。




アクセス特急・成田空港行きの600形


京急線内でも快特エアポート急行で使用されて、相変わらず120キロ運転でJRと競争しています。

特に606Fの8両編成はブルースカイトレインとして車両を空のイメージでブルーに塗装されて、主に

エアポート快特アクセス特急エアポート急行などに使用され、羽田空港や成田空港へのアクセス

が主な活躍の場になっています。今回はSH快特の運用で泉岳寺から上大岡まで乗る機会が

ありました。やはり青い電車は子供たちに大人気で、平成26年の猛暑の夏休みのなか子供たちが

青い電車を狙って乗ってきました。




新1000形と並んだ600形ブルースカイトレイン


夏休みのガラガラな上大岡駅に停車中



600形が登場して20年!

まだまだ快特として活躍できる車両です。。。




22. 2000形リバイバル塗装
2000形の登場時の塗装が再現されて、2011F編成が登場しました。
昭和57年12月に登場した2000形は、昭和31年に登場した2扉車オールクロスシート600形
の後継車として誕生した優等列車専用のオールクロスシート車両でした。当時は800形が
採用した窓回りを白く塗り分けた塗装で、「窓周りが白い車両は2扉車両と判別できるように」
と、800形を現在の白帯塗装に変更させるほど、京急は2000形車両に力を入れていました。
その結果、昭和58年に鉄道友の会より、ブルーリボン賞を受賞しています。
しかし、平成に入り快特が120キロ運転を始めると性能が劣り、平成10年に現在の2100形が
登場してからは3扉ロングシート化され、通勤車両として白帯に変更されてしまいました。
それが平成25年3月に、リバイバル塗装されて3扉ながらも2011F編成のみ登場当時の塗装
に戻されました!




偶然仕事帰りに乗ったリバイバル塗装2018号の快特


やはり白帯車より、リバイバル塗装の方がカッコいい!


やはり2000形は登場時の塗り分けが、一番似合っています。廃車の進む2000形、新1000形

から窓周り白の塗り分けがクロスシート車に拘らなくなったいま、できれば全てを登場時の塗

装に戻して引退させてあげたいです。


21 頑張っている2000形
2000形の廃車も進み、ステンレス1000形の増備も著しく増えてきました。京急蒲田駅
周辺の高架線化も完了し、横浜方面からの
エアポート急行も増発されて6両編成のエア
ポート急行も登場しました。一方でエアポート急行を頑張って運行していた2000形も廃車
が進み、このままでは800形よりも早く姿を消すのではないか心配です。
平成25年1月3日久々に2000形
エアポート急行に乗りました。先日東急東横線に乗りま
したが、ノロかった東横線もスピードアップを図り高速で走るようになりましたが、軌道の
調整が良く無く、左右の揺れが大きく乗り心地が悪くなっていました。しかし、2000形は
110キロの高速で走っていても、揺れが少なく元優等列車専用らしい乗り心地の良い電車
でした。世代交代が続く京急から、2000形が消えるのは近いのかな?



新ダイヤで再び上大岡駅で 快特 を待ち合わせする

2000形川崎重工製8両固定編成の2031Fエアポート急行新逗子行き


20. ロングシート化が進む600形の更新
600形の4両固定編成に更新のメスが入りまた。2代目600形として、3扉でありながら
オールクロスシートを採用し、ラッシュ時でも対応できる格納式クロスシートを採用しまし
た。通勤型車両では初めての試みで、特許の申請までしたクロスシート車両でした。
しかし、都営地下鉄・京成への乗り入れの際の評判は悪く、ラッシュ時は1000形や
1500形が乗り入れ、Wing号になる2100形の代わりに600形はA快特として京急線内
を往復していました。
今回の更新では連結部分以外のクロスシートは撤去され、新1000形と同様なクロスシート
車内となり、通勤ラッシュに合わせたものになってしまいました。


 

観たり座ることが出来なくなる、4両固定編成のクロスシート

JRの高価で乗り心地の悪いグリーン車よりも、座り心地が良いシートでした
4両固定編成だけは快特の増結用に、クロスシートを残してもらいたかった・・・


正面にも600のスリッドが入った4両固定編成の651−1F編成


19.800形と2000形の廃車が始まる
2010年に1000形が全廃したが、2011年より800形の廃車が始まった様です。
今回の京急ファミリーフェスタ2012で、800形の809−1編成から810−3編成
までの解体が始まっていました。共に昭和54年に登場した3両固定編成で登場した
第1次車の二編成です。また、一緒に昭和60年に登場した2000形の4両固定の
2411編成が解体に入っていました。



無架線地帯で解体されている809-1編成


800形と一緒に解体が始まった2411編成
2000形については快速特急専用車両として開発されたため、高加減速性能が800形
よりも劣るため普通電車への転用も難しく、高性能の新1000形や800形にも追いつか
れてしまう始末・・・。
最近では主力だった「エアポート急行」も新1000形にその座を明け渡し、今後
新1000形の増備でますます廃車が進み、800形よりも先に消滅してしまうだろうと
思われます。



増備が続く新1000形ステンレス車の「エアポート急行」


18.花粉症対策?
先日3月初旬に京急横浜駅で、花粉症対策の為に京急利用者に
簡易マスクを配ったそうです。



中身はただの簡易マスクですが、袋に京急800形のプリントが。


京急も花粉症対策とは、いいところに目を付けてますね。。。


17.新しい車内案内装置
1000形の増備車と600形の更新車に、車内扉上の案内にJR線や東急線と
同じ様な液晶案内が登場しました。今後の増備車両と更新車両に標準装備される
と思われます。2100形で試用していたブロードバンドテレビは、どうなるのかな?




16.平成23年3月11日 東北地方太平洋沖地震の日
 この日の14時46分頃に横浜で震度5強の地震を観測しました。
ここ十数年の間での一番大きな地震で、京急も地震発生から翌日まで全線で運転
を見合わせました。
もちろん鉄道施設の安全確認もありますが、電力会社の停電が続き電力の供給が
できず運転が出来ない状態でした。
本線上に電車が停止しパンタグラフを降ろして、異様な光景を初めて見ました。
4月上旬も電力供給不足が続き、朝のラッシュ時間帯以外では、節電ダイヤで
運行している状態です。




地震当日、運転を取りやめた1000形 快特・青砥行き

(上大岡〜弘明寺間 16時頃)



パンタグラフを降ろしているのが分かります。

また停電により信号が消灯している事も確認出来ます。


 この地区は11日深夜まで停電が続き、この高架線の近くには横浜市営地下鉄

の変電所があります。当然一緒に停電をしているので、横浜市営地下鉄も翌日ま

で運転を見合わせました。

仕事帰りの夜にここを歩いて再度通ったときは、1000形の非常灯も消えて

真っ暗の中に電車が停止している姿は、異様な光景でした。


15.2011年の大師線
 1000形引退して初めてのお正月を迎えました。

この2011年1月2日の朝は1500形中心の運用になってヘッドマークを掲げて

相変わらず5分間隔くらいの運行ダイヤで、川崎大師への参拝客を運んでいました。

例年と違うのはヘッドマークを掲げる事か出来る型式は1500形のみとなってしまったので

最新鋭の1000形ステンレス車両が大師線に入線しても、ヘッドマークを掲げることが出来ない

事態が発生してしまいました。来年からはシール貼りのヘッドマークも登場するのでしょうか?


朝の早い大師線はまだ、ヘッドマークを掲げていません

 

時間が来ると構内運転士達がヘッドマークを持って電車へ近づき

到着した電車へヘッドマークの取り付けを行っていました


ヘッドマークを掲げて出発する、1500形

 

1000形ステンレス車にはヘッドマークは取り付けられないので

ヘッドマークが無いままの運転になっていました


しばらくは1500形の運用が続くと思いますが、1000形が運用に就いた場合

ヘッドマークが掲げられずに終わってしまわないか心配です


14.「さようなら1000形記念乗車券」
 いよいよ平成22年6月27日、京急1000形が営業運転から引退する日が来ました。残念ながら「さよなら運転」には仕事があるので行く事が出来ないので、一日前の26日に「さようなら1000形記念乗車券」を発売されたので、早速購入して来ました。

 

1351号(昭和52年2月竣工 東急製 6両固定編成で登場)の写真の入った紙製の袋に150円区間の切符が2枚の写真付き乗車券が1枚。150円と550円区間の切符が1枚づつの写真付き乗車券が1枚の計2セットが入っていました。


 

1345号(昭和53年3月竣工 東急製 4両固定編成で登場)の写真の乗車券は、懐かしい特急のベッドマークがプリントしてあります。800形が登場する昭和53年まで、このヘッドマークが使用されていました。もう一つの 1224号(昭和43年5月竣工 東急製 冷房装置無し 6両固定編成で登場)は今は無い種別の 通勤快特 のヘッドマークを付けている写真に、快特のヘッドマークがプリントしてあります。


ファミリーフェスタ2010で、さようならヘッドマークを付けた1000形


もうこの勇姿は見られなくなります。


京急の顔として約50年間、本当に1000形の想い出はたくさんあります。

相互乗り入れや通勤快特・ミュージックトレイン号やマリンパーク号・・・など

高校の通学も1000形の普通電車に乗って通学をしていました。

数をあげたらキリが無いくらいたくさんの想い出がありすぎます。

いまは600形・新1000形・2100形と同じ顔がたくさんありますが

1000形にはかなわないですよね。


6月18日に横浜駅から黄金町駅まで仕事で乗った1000形の普通電車が

最後の乗車になってしまいました。淋しい限りです・・・




13.急行電車の復活!!
 京急蒲田付近の上り高架線完成に伴い、平成22年5月22日にダイヤ改正が行われました。

そして十数年ぶりに横浜側での「急行」電車の復活になります。その名も「エアポート急行」で新逗子から羽田空港まで、乗り換え無しの8両編成での運行で復活になりました。停車駅も前の「急行」とは異なり、乗降客の増えた駅と他社線乗り換え重視となった変更がされています。



《以前の急行停車駅(緑色は停車しなくなった駅)》

新逗子→神武寺→六浦→金沢八景→金沢文庫→京急富岡→上大岡→黄金町→日ノ出町→横浜→神奈川新町→子安生麦→京急鶴見→京急川崎



エアポート急行停車駅(緑色は新たに停車する駅)》

新逗子→神武寺→六浦→金沢八景→金沢文庫→能見台杉田→上大岡→弘明寺井土ヶ谷→日ノ出町→横浜→仲木戸→神奈川新町→京急鶴見→京急川崎→空港線内各駅に停車



新逗子〜横浜間は普通電車が無くなった分を補う為に乗降客の多い駅を停車する様になり、横浜〜京急川崎間は仲木戸駅や京急鶴見駅でJR京浜東北線・横浜線・鶴見線からの乗り換え客をターゲットに停車する様になっています。

今回のダイヤ改正で20分間隔での運転になり、主に2000形・新1000形・1500形8両編成と新1000形や600形・1500形の4+4両編成での運行があります。



実際に京急川崎駅から上大岡駅まで乗車しましたが、京急川崎駅と上大岡駅で快特の追い抜きのため、待機ホームへ入線。京急川崎〜横浜間は以前の急行であれば最高速度100キロに制限をされていましたが、エアポート急行は最高速度110キロに引き上げられて京急川崎〜横浜間は快調に飛ばしました。

横浜〜上大岡間では南太田駅で普通電車を追い抜く関係で、井土ヶ谷駅と弘明寺駅に停車。

そして上大岡駅で後続の快特に線路を譲るために、待機ホームに入り休憩をとる様な感じでした。

停車駅が多い割にはスムーズに走り、なかなか乗り心地の良いエアポート急行でした。


京急川崎駅の副本線(4番線)に入線する、エアポート急行 新逗子行き2000形





12.頑張れ!1000形
 1000形も平成22年4月上旬の時点で、現存車両が24両となった様です。

僕が小中学校へ通っている頃は全盛期で、総車両数が720両のうち、1000形が356両も存在していました。その1000形も大師線でのんびり営業運転についています。


大師線で走る4両編成の1000形・1305号川崎重工製


800形や1500形の様に交換されずに残っている 「KHK」 のマーク

昭和のレトロを感じます


現在増備されている新1000形のステンレス車両に、世代交代をされて行くと思われます。昭和の名車1000形、ヘッドライト1灯と片開きドアに徹した京急の歴史を感じる抵抗制御最後の電車1000形です。



これからも増備が続く新1000形のステンレス車両


11.平成22年2月22日 切符
 「2」が揃うと言う事で早速上大岡駅まで行きましたが、限定販売の記念乗車券は販売完了・・・
別に懐かしい硬券も同時販売されたと言う事で、硬券入場券と乗車券を購入しました。



上が130円区間の乗車券と下が上大岡駅小供用入場券


 綺麗に販売日の「2」が並んでいます。共に硬券で、懐かしい切符です。自動改札が出来る

までは、必ずどこの駅の窓口にでも存在した硬券。この硬券欲しさに窓口で購入した事もあり

ました。そう言えば小さいの頃「昭和55年5月5日」の硬券を父親が朝の仕事の前に購入して

くれたのを思い出しました。



10.1500形(アルミ車)の再編成
 新1000形の増備に伴い、チョッパー制御の1500形(アルミ車)の再編成が行われました。


6連化された1500形(チョッパー車)の1548編成


2009年より4両固定編成で登場した1500形の1500番台の2両目と3両目の間に8両固定編成だった1600番台の中間車のM車2両を組み込み、6両固定編成の普通車として運行を始めました。廃車の進む1000形6両固定編成に代わっての再編成になります。8両固定編成だった1600番台も残りのM車をインバーター化して更新し4M2Tの6両編成となり、普通車として運用しています。普通車も世代交代が進んでいます。


9.京急初のステンレス電車の活躍
 2008年2月25日から創立110周年の準備に向けて制服のデザイン一新や2007年度からは京急初となる、ステンレスボディーの新1000形が登場しました。


京急のイメージカラーである赤いボディーに白い線を残したデザインです。電装品も日本製に戻り、東洋電機/三菱製になりメンテナンスのコストダウンを計った様です。称号も「京浜急行」から「京急電鉄」へ変更し創立110周年を力強く迎えて更に飛躍する京急です!


8.2007年正月・大師線の活躍
 2007年の大師線では、1000形・1500形が大活躍!
1000形と1500形が交互に、川崎大師への参拝客を運んでいました。700形が引退してから、回生ブレーキを搭載した1500形を導入して省エネにも貢献。
昭和46年から53年まで増備された1000形5次車も、1200番代の編成から廃車が進み新1000形の竣工が進めば、大師線の1000形の活躍も長く無いと思われます・・・
昭和の名車で顔の1000形!! がんばれ!!!



川崎大師への参拝客を待つ、1000形1313号



交互に京急川崎駅を発着する、1000形と1500形


7.2006年正月の1000形の活躍
 毎年恒例の大師線のヘッドマーク。今年も撮影に行き、1000形系列が大活躍!
本線では普通から快特まで充当されて、事から大師線でも1000形・1500形が活躍しています。


 

大師線で活躍をはじめた1000形第5次増備車 1301号(左)と1317号(右)


 

本線の快特特急・普通以外に、大師線で活躍をはじめた1500形第1次車



本線快特で活躍している新1000形

 都営地下鉄乗り入れ規格の1000形系列も3車種になり、バリエーションが増え京急の大所帯であった1000形の356両の黄金時代を思い出させる様になりました。これからも1000形系列の活躍には、目を離せません。


6.最新の1000形
 平成17年11月28日に700形が廃車になり、新1000形の増備が進みはじめました。
今回登場した新1000形は最新のシーメンス製インバーターを搭載し、行き先方向幕も最新のLEDタイプのものになっています。古い歴史を刻んだ電車が廃車して行き、新しい最新の電車がまた新しい歴史を刻んで行くそんな感じです。



そしていまだに現役8両固定編成で頑張る、1000形第5次増備車。

夕方のラッシュ時のみの運用に限られた運転だけど、まだまだ頑張って走っています!

1000形第4次増備車と700形が全廃した今、この第5次増備車の活躍も

次第に減ってゆくものと思われます・・・ 京急の顔がまた、減ってゆくのが寂しいです・・・


頑張る! 特急 三崎口行き 1000形1267号8両固定編成。。。 京急川崎駅にて


5.「YRP」って何・・・
 「YRP野比」駅ってご存じですか?日本で最初にアルファベットを使った駅名が、この京浜急行の「YRP野比」駅なんです。 Yokosuka Research Park の頭文字を取って YRP となった訳です。
この横須賀リサーチパークとは、NTTドコモを中心とした携帯電話会社の研究所が建ち並ぶ携帯最先端基地で、京浜急行電鉄が宅地開発を行い土地を提供した事でも有名です。携帯電話会社の技術者達もこのYRP地区で働くことは名誉ある事なのだそうです。数年前まではただの山だったのにな。



ひらがなで書くとヘン??


4.「前方よし!側面よし」の謎・・・
 `ドアを閉めます´ を1.で説明をしたけど、駅員常駐の駅の放送ではなんと、「前方よし!側面よし」の言葉で電車が出発して行くのです。この聞き慣れない「前方よし!側面よし」 の言葉とは何?
この言葉は車掌が電車の発進をするときに確認をする言葉で 「前方よし」とは駅構内にある車掌確認用の出発合図灯が点灯している時に確認する言葉で、「側面よし」の言葉は電車の側面扉が全部閉まり扉確認灯である側灯が全部消えている時に使う言葉である。
本来は車掌が使う言葉を、駅務員が使用しているのでこの言葉を駅の放送で聞く事になるのです。
ではこの言葉で車掌の行動はどうなるのかと言うと

「前方よし」(出発合図灯の確認よし)→車掌・扉を閉める
「側面よし」(側灯が全部消えている)→車掌・側灯確認放送で運転士に出発合図のブザー連絡をする。

以上の方法で、電車が出発して行くのです。これも京急でしかあり得ない光景です。




横須賀中央駅で快特・三崎口行き電車2100形が出発して行くところです。


3.京急 vs JR
 いまはお互いにJRも京急も協調してサービスが向上しているが、バブル前までは京急が国鉄に対してのライバル意識が強かった。サービスは当然のこと特に重視していたのが、スピードだった。京急は品川〜横浜駅間については全てにわたり、東海道・横須賀・京浜東北線と平行して走り途中川崎を停車する東海道線が18分で走るのに対し京急・快速特急は17分で走るというスピード競争を繰り返していた。
 近年設備の更新や最新技術により安全性が向上し、東海道線が最高速度110キロに対し京急が120キロ運転を実施し、東海道線が16分。京急・快特は京急蒲田駅停車が増え(羽田空港利用客のため)同じ16分で競争している。

 この競争はかなり歴史が長く京急は昔、鉄道院(現・国土交通省)から鉄道業としての認可を与えられず鉄軌道業(路面電車)の認可しか受けられなかった。鉄道院が電車によるスピードアップを恐れて最高速度を35キロ程度に抑えられ、編成数も2両編成までという鉄軌道業に止めておいたからだ。それから利用客が増えて当時汽車だった東海道線の他に電車運転をする京浜線(現・京浜東北線)が開通し、やっと鉄道業としての認可が下りたというもの。同じ事を関西の阪神電鉄でも行われていたんです。

 それからと言うもの京急は鉄道院に対しライバル意識が強くなり、
「院電が走っていたら追い抜け!」が運転士仲間での合い言葉になったそうです。当時の電車には速度制限装置なんて無いですから、当然両電車共に速度違反をする事もあったそうです。それでも時速60〜80キロ程度の話ですが。
戦後に入り街が復興する中で鉄道の技術の向上が図られ、昭和42年に京急は最高速度105キロ運転が認可されて翌43年に現在の快速特急が登場! 以来、
「国鉄が見えたら追い抜け」の言葉に変わっても、カッ飛び精神は変わらずに、毎日国鉄との競争をしていました。当時の国鉄は「定時運転重視」の心得が定着し、最高速度は同じ105キロでしたが実際には時間通りの運転に心がけてスピードには無縁でした。

 そして平成7年のダイヤ改正でついに最高速度120キロ運転の実現! 品川〜横浜間にて120キロ運転が開始されました。その他の区間も110キロにスピードアップが図られ、さらに時間短縮が行われ品川〜横浜間を快速特急で15分で結ぶと言う快挙を成し遂げました。しかし時代はバブルがはじけ景気は後退。国鉄のJRへと民営化されて協調の時代に入りました。京急も羽田空港拡張工事に合わせて羽田空港へのアクセスを中心にした考え方になり、快速特急の京急蒲田停車を実施。スピードアップよりも便利性を追求されるようになりました。
しかし相変わらずの快走は健在で、現在では過密気味のダイヤで運行している京急。

「JRを見えたら追い抜け!」の精神も忘れずに今では「後ろの電車に線路をあけろ!」と普通電車から快特まで、とにかく信号が青ならば最高速度で突っ走る走りは、まだまだ健在!将来六郷土手〜平和島間の高架線が完了すれば130キロ運転計画も徐々に進行中。京急のスピードアップはまだまだ無限です!


2.廃車された電車って?
 もちろん車と同じで、解体されます。状態の良い電車は地方の鉄道会社へ譲渡されて、第2の人生を送っている車両もあります。

 
新1000形の増備で廃車された700形です。横須賀市にある久里浜工場(現・京急ファインテック梶jに運ばれて解体され、例えば右の写真では屋根に冷房装置がありますが左の写真には取り外されて、同じようにガラスサッシも外されています。パーツごとに分解されて解体作業が始まります。



そして最後には写真の様に、台車と鉄くずだけが残り解体は終わります。譲渡された電車は現在230形・旧600形・700形・1000形が、四国の高松琴平電鉄でのんびり余生を過ごしています。



1.「ドアを閉めます」の謎・・・
 先日TVで「京急はドアを閉めるときに `ドアを閉めます´ って言うんだよね。」との話題が出ていた。確かにJRや地下鉄の案内放送や私鉄の放送でも、「ドアが閉まります。ご注意ください。」って言っている。西武鉄道に関しては、ご丁寧に「ドアを閉めさせていただきます。」まで言っている。
 なぜ京急は
`ドアを閉めます´なのか。それは他の鉄道会社と違って駅の案内放送は、車掌自らワイヤレスマイクを使用して案内放送をしているからで、車掌が案内しながら自分でドアを閉めるため、`ドアを閉めます´になる。自分でドアを閉めるときに「ドアが閉まるよ」って言わないよね。よって大きな駅、たとえば品川・横浜・横須賀中央駅など駅員がホームに常駐し駅員が案内放送をしている時は他の鉄道会社と同じ、「ドアが閉まります。ご注意ください。」って放送をしている。
 京急がワイヤレスマイクを車掌全員に携帯させて案内を昭和48年から実施した。目的は駅構内の案内放送の拡大と車掌自らによる案内でドアの開閉時間の短縮につながるからだ。ほとんどの私鉄は車体本体側面に設置してある外部スピーカーで案内をするが、緊急時に車掌が乗務員室から離れると案内が出来なくなってしまう。その点ワイヤレスマイクだと、駅構内のどこからでも案内が可能で急患が発生した電車内で対応中でも緊急放送が駅全体に流すことが出来る。