とって隠岐の宝島観光 2002.6.16-18

国賀のパノラマスクロールはこちら


米子の履物博物館にありました、話には聞いていましたが見るのは初めて
支那で昔、女の人が逃げないように足を小さくしたものです (てんそく)
ガラスの箱に入っていました



隠岐の島にある標識、



参加者37人の記念写真、中心部を拡大しました


「とって隠岐の宝島」観光終了

2002年6月16日発、「しまなみ海道」も開通当時は動きも取れなかったのに、なんと松山から尾道
までの予定4時間が、たったの2時間で到着、
予定を変更して「履物の博物館」に行きました、古代からの履物の歴史、スポーツ選手、関取などの履物、
中でも、
支那の「テンソク」がレントゲン写真で出ていましたので撮影、「日本玩具博物館」にはなんとこれだけの
おもちゃを集めたものだと驚くほどたくさんのおもちゃです
昼食後、皆生温泉へ、このホテルの料理はHPに出ていたように、なかなか美味しい料理が食べきれない
ほど出てきました、
皆生温泉は砂浜から発見された温泉で、前に行ったときは塩辛かったのに、
今回はあまり塩は効いてなかった
ホテルのインターネット担当者にお会いしてきました

七類港から、隠岐の島にフェリー、2時間半、久しぶりの船旅でした
隠岐はやはり「後醍醐天皇」行在の地、隠岐国分寺などを見て、

「白島展望台」島が99あるので、百の上の横一を取って、「白」にしたのだそうです
ホテルの料理は地元の「いか」「とびうお」「デカイ牡蠣」など、
お土産は、「わかめ」など海産物が多かった

翌日は、高速レインボーで別府港、運河−国賀めぐり、標高257mの「摩天崖」隠岐を代表する
景勝地だけあって、海岸の洞窟はスゴイ、観光船が横をこするように中に入って「真っ暗」の中を通過、
これはすごいところです
国賀海岸景勝地で全員37名の記念撮影、
崖の上から景勝地撮影、「パノラマ写真」にしようと思っています
帰りの高速船に乗る前に、予定表に入ってなかった「後醍醐天皇が脱出した・黒木御所」にタクシーで
観光をしてきました、
ここは「西川峰子」の旦那の関係があるところです

隠岐には「島後」「島前」と大きい二つの島があって、「どうご」の島には松ノ木が綺麗で、
樹齢2000年といわれる巨木、八百杉もありますが
「どうぜん」の国賀のあたりは、松は「まつくい虫」にやられて全滅、伐採されたり立ち枯れが
目立ちました、
どうしてか?と聞いたら、「どうまえ」の国賀のあたりでは、牧畜が盛んで、牛、馬は他人の山でも
自由に放し飼いができるのだそうで、道路も観光地も糞だらけ、この牛、馬を守るため、
「農薬散布」が出来なかって松が全滅したのだそうです
地主は馬や牛が下草を食べてくれるので喜んでいるらしい、この地方は、国の土地より、
個人土地が多いとのことでした

隠岐には「どうご」「べっぷ」「さいごう」など本土と関係のある名前がありました

米子の「お菓子の寿城」総工費24億円に立ち寄って、お土産「とち餅」など購入

隠岐の島は、鯛、はまち、の養殖が盛んで、海が綺麗なのでここの養殖は一番美味いとのことには驚き

隠岐のバスガイドさんのお話、隠岐は流人の島と言われ、約3000人が流された島で、
子孫はさぞ悪い人がいるだろうと思われますが、流された人は全て文化人でその影響を受けて良い人が
多いと言っていました

有料道路(高速)が出来たので、便利になりました、大山方面までスキーに行っていた途中の、湯原温泉、
奥津温泉、恩原温泉、ヒルゼン高原なども昔とは考えられないほど近くになっています、
おかげで皆生温泉などは、グリコの看板でお手上げ状態だとのこと、ガイドさんの話では、
皆生温泉などは松山からは「日帰りコース」だそうです

インターネットのおかげで、いろいろ前調べが出来るので便利です
梅雨の時期に3日間、雨も降らず天気は上々、ご参加のみなさん日ごろの行いが良かったのかな

サッカーワールドカップで日本国内が大騒ぎ
予選リーグでは、ベルギー戦で引き分け、次のロシア戦では初勝利を記録
今回18日、16強のトルコ戦は0−1で惜敗、8強を逃した
丁度3時半は中国山脈を通過中で、TVが入らず、BS放送は
無かったようで、ラジオで聞きました


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