3106m

北穂高岳南陵標高2800m付近からの奥穂高岳3190m(左)と涸沢岳3110m(右)
中央鞍部(白出のコル)に穂高岳山荘の赤い屋根も確認できました。
雨の北穂岳登山で一瞬雲が取れて撮影しました。
今回、登山中の山の写真はこれだけしか撮れませんでした。

8月3日(土)
22時30分発 新宿西口バスターミナル 上高地行 さわやか信州号

8月4日(日) 曇り時々雨
5時20分 上高地バスターミナル着 涸沢小屋泊

8月5日(月) 雨
6時10分 涸沢小屋発  北穂高岳登頂  涸沢小屋泊

8月6日(火) 雨のち曇り
6時05分 涸沢小屋発 上高地バスターミナル 新島々 松本 (あずさ) 新宿着


上高地バスターミナル付近 標高1500m。
横尾山荘 標高1620m。

上高地〜横尾まで約11kmありますが、
ほぼ平坦な道で登山道というよりは遊歩道のようです。

槍ヶ岳の登山者と涸沢の登山者がここでここで別れ、
帰りはまたここで合流します。

横尾大橋という梓川に架かる吊り橋を渡り涸沢に向かいます。
本谷橋 標高1800m

横尾から2.8km、涸沢から2.4kmの地点にあり
休憩場所になります。
涸沢付近の登山道

凍った雪で滑りやすい登山道です。
涸沢ヒュッテの近くの登山道はスコップで除雪されていましたが、
雪の量が多く慎重に歩くしかありません。
涸沢ヒュッテのテラス
涸沢ヒュッテのテラスから涸沢小屋を望む。

北穂高岳の登山口は涸沢小屋の右側にあり、
北穂沢沿いに登ります。

涸沢小屋の後方に北穂高岳が見えるはずですが、
山頂は雲で姿を隠していました。
涸沢カールの残雪は例年より多く、テント場は下の方に
張られていました。

涸沢から徳沢へのパノラマコースは残雪のため通行不可に
なっていました。
8月4日(日)、5日(月)に連泊した涸沢小屋、標高2300m。

宿泊料は1日目が9500円、2日目が1000円割引の
8500円でした。

夕食は豚のロースでした。2日続けて食べました。

涸沢小屋名物のソフトクリームを食べました。
500円でした。

自動販売機の缶ジュースは300円です。

カレーライス、ラーメン、うどんは1000円です。
涸沢小屋のテラスから見た常念岳2857m。

屏風岩の後ろ半分姿を現しています。
北穂南陵の岩場

白ペンキのマークに従って登山コースを見失わないように
歩く。
岩に打たれた鉄杭

これを足場にして大きな岩も登ります。
南陵取付きの鎖場

上から見た鎖場

傾斜はさほど急ではないが、2段になっており距離が長かった。
約30mあります。

混んでいると渋滞しそうだ。
標高2700m付近

鎖場を過ぎるとすぐにはしごがありました。

下から見上げたはしごで30段あります。

人が多いとこの辺りも渋滞しそうです。

涸沢から北穂岳への南陵登山ルートでは1番の難所だった
と思います。
標高2700m付近

上から見たはしご。帰りの方が恐怖感がありました。

バランスを崩さないように慎重に1歩1歩足場を確認しながら
下りました。

ちょうどこのあたりがコースの中間点になります。
標高3000m付近

北穂高キャンプ場 テントサイト数25

テントは1張も設営されていませんでした。

水、トイレは徒歩15分の北穂高小屋を利用します。

ちょっと不便なキャンプ場です。
北穂分岐

奥穂高岳と槍ヶ岳の縦走路にでる。

北穂分岐の上が北穂高岳南峰になっていますが、
登山道は山頂を巻いています。

指導標では奥穂高岳2.3km、北穂高0.2km、
涸沢1.9kmとなっていました。
北穂高岳 標高3106m。

ここが北穂高岳北峰になっています。

双耳峰ですが、ここに三角点があるので北穂高岳としています。

すぐ後ろに北穂小屋の屋根が見えています。

展望はまったくありません。

大キレット越えはできませんでしたが、北穂高岳登頂は
達成できました。
北穂高小屋 標高3100m

雨に降られない屋根のあるベンチで昼食を取りました。

韓国人の15人のパーティは槍ヶ岳から大キレットを越えて
北穂高小屋に来ていました。奥穂小屋まで行くと言って
いました。
無事上高地に到着。

河童橋付近からの奥穂高岳 標高3190m
河童橋からの焼岳 標高2455m
天候が回復してきたので荷揚げ・荷下ろしのヘリコプターが
ピストン輸送を繰り返していました。

荷揚げ重量は600kg〜650kg/回

荷揚げ・荷下ろしは、一往復30万円。

捜索・救助ヘリは1時間70万円。


串田孫一 「雲・山・太陽 串田孫一随想集」の北穂高岳より 
 七月二十三日(一九三〇年)、槍ヶ岳から南にのびている南鎌尾根の大喰岳、中岳、南岳の岩山を通り、痩尾根を這い下がって大切戸へ着いたのは丁度十二時であった。これから穂高連山となり、先ず急な北穂高の登りにかかる。
 靴の鋲に身を任せ、手がかり、足場をさがしながら攀(よ)じて行くうち、自分の目の前に小さい清い名もしらない花の、我もまた天下の寵児だとばかりにこの大自然の境に咲いているのを見たとき、自分は恐ろしい断崖に蟻のごとくへばりついているのも忘れてしまった。じっと見つめていると、このような岩ばかりの所に、飽くまで澄みきった空気を呼吸している姿は、どうしてもただの花とは思えなかった。
 ふと我にかえると足下垂直の断崖に、頂上は勿論見えない絶壁に、自分はしがみ付いていた。
 やがて花に別れをつげて再び動き出した。手くびにつるしたピッケルの岩にあたる音のみが遠く離れた南岳の大きな岸壁に山彦してかえって来る。重なり合っている岩石は、幾日となく降り続いた雨で一層ゆるんで、体ぐらいの大きさの岩も手をかけるとぐらっと崩れ落ちようとする。飛騨と信州に馬乗りになって手で歩く所もある。あやまって落とした石が谷底深く幾つもの石をともなって落ちて行くのを見ると、もしも自分が落ちたらと、出発の日に下駄の鼻緒が切れたこと迄が思い出されてぞっとした。
 三一〇〇メートルの北穂高の頂上につくと、目前は前穂高の北尾根が六つのピークを大空に聳やかしていた。残念にも槍の方は霧で何も見えない。東には雲表の蝶ヶ岳、常念の山々が梓川を隔てて見える。雲下の切り落としたような谷々は飛騨側から吹き上げて来る霧に一層美化されている。大きな涸沢の下にはベースキャンプをはって、スキーを楽しんでいる二、三の人が霧の霽間(はれま)から時々砂粒より細かく見える。涸沢岳、奥穂岳、前穂岳の大きな山容は物音一つしない大空に、限りなく恐ろしい、けれどもまた親しみある力を蔵してただ黙々と立っている。この荘厳この神秘は山でなければ求め得られないと思うと、胸のすいた笑いが自然とうかぶのを禁じ得なかった。
 穂高小屋はまだ遠いし、穂高縦走中一番の難所とされている涸沢岳の最後の登りも残っているので、リュックを背負い、再び緊張して頂上を去った。
                                                                                       (一九三〇年)


上高地・北穂高岳で出会った花

奥穂高岳から槍ヶ岳方面(北)の展望


蝶ヶ岳から槍・穂高のパノラマ写真

あとがき

 低体温症を気にし過ぎて衣類を持って行き過ぎました(20リットル)。着替えはせず最初に着て行った衣服で帰ってきました。少しぐらい濡れても山小屋は暖かいので自然に乾きました。
 食料は非常食のカロリーメート2箱とチョコレート1箱だけが残りました。あとは山で食べ適切な量でした。ウイダーインゼリーも持っていきましたが重たくなるので顆粒スティックのアミノバイタルだけでよかったと思います。傘を持っていきましたが使用しませんでした。非常用にツエルトを持っていくべきでした。アイゼンは重いが、雪渓が楽に歩けるので持って行った方がよいと思います。

 雨の日の登山は、判断が分かれるようです。登山をあきらめて涸沢から上高地に下山した人、小屋で滞留した人、雨の中を山に登った人、それぞれ事情があるのでどれが正解だとは言えないと思います。私は雷や強風の心配がなかったので予定のコースを変更して北穂高岳だけをめざすことにしました。期待した展望はありませんが、人で混雑する北アルプスで静かな登山ができました。

 登山では何でもない場所でもバランスを崩す場合があります。涸沢からの帰りに登りの人が谷に転がり落ちたのを目撃しました。幸い谷への斜面が急ではなく途中の木で止まり大事にはいたりませんでした。本人はバランスを崩したと言っていました。私から見ると傘をさし、ペットボトルを手に持って、手でバランスをとることができなかったのが原因だと思います。

 また、大キレットのような岩場を歩くときは、ヘルメットを準備して不意の落石や滑落時の頭部を保護したいと思いました。年間5000円で300万円のレスキュー費用保険も検討します。ヘルメットは好日山荘で確認したら300gと軽く1万円前後で売っていました。