財政危機の深層 増税・年金・赤字国債を問う       小黒一正著

 日本で財政破綻が起こったのは、太平洋戦争での敗戦直後である。戦費調達のために政府は大量の戦時国債を発行した。敗戦直前には、政府債務は対GDP比で200%くらいに達していた。これは明らかに支払不能であったため、敗戦直後、政府は「戦時補償特別税」を戦時補償債権に課し、実質無効にした。すなわち、支払額に100%の税を課すことで全額帳消しにしたのである。そして、「新円切替(旧円は数週間以内に新円に交換しないと無価値になってしまう措置)」や預金封鎖を行うとともに、資産没収のための財産調査が行われた。また、日銀は紙幣を大量に発行し、急速にインフレが進み、戦時国債は紙切れ同然となった。それから約70年が経過した。いま政府債務は毎年数十兆円ずつ積み増し、国と地方で累計約1000兆円(2014年度末見込み。国=810兆円、地方=200兆円)。対GDP比では敗戦直前の200%をすでに超えている。

 財政赤字を改善する方法は、一つは税収を増やすこと、もう一つは歳出を減らすことだ。だが経済成長による税収の自然増は期待できない。歳出削減も社会保障費を除いて限界に近い。

2014年度予算では、国の一般会計と特別会計の純計は約237兆円で、全体の39%を「国債費」、33%を「社会保障関係費」が占めている。

さらに地方公共団体の支出分を含む総額、いわゆる「社会保障給付費」は約110兆円にも達する。しかも高齢化の進展により、この額面は今後、さらに大きくなっていくだろう。

言い換えるなら、日本の財政を立て直すには、「社会保障費」に切り込んでいくしかないということだ。とりわけ、大きな割合を占める年金(約50兆円)については、制度そのものから見直す必要があるだろう。
消費税の目的は「増大する社会保障給付費(年金・医療・介護等)に対応するため」と言われている。近い将来消費税が10%になったとしても、それだけではまったく追いつくことができない。

社会保障制度を通じて国や地方から給付される金銭やサービスの総額を表す「社会保障給付費は2003年度の時点で約84兆円だったが、高齢化の進展により急増し、2013年度は約110兆円に達している。この10年間平均すれば2.6兆円程度のスピードで膨張してきたことになる。2013年度給費110兆円の財源の内訳を見ると、社会保険料収入が約60兆円、資産運用収入が約10兆円、残りの約40兆円が公費でまかなう格好になっている。

ここ数年、生産年齢人口(15歳以上〜65歳未満の人口)の減少などにより、社会保険料収入は横ばいとなりつつある。一方で社会保障給付費が今後も年平均2.6兆円で伸びるとすれば、その差額を埋めるべく、公費負担を急増させるしかない。したがって社会保障関係費の伸びも、給付費と同程度に近づく可能性が否定できないのである。

いまの財政事情では、国の公費負担部分は税収で賄いきれていない。過半は財政赤字として、将来世代にツケを先送りしているのである。言い換えるなら、現状の社会保障は将来世代を犠牲にすることで「給付>負担」となっているわけだ。
このままだと先行きがいかに厳しくなるかは、内閣府が2014年1月と7月に公表した「中長期の経済財政に関する試算」を延伸することで、確認できる。

内閣府の試算は、基本シナリオとなる「経済再生ケース」と、「参考ケース」の二つのシナリオを提示している。「経済再生ケース」は、今後10年の平均成長率を実質2%と楽観的な想定している。「参考ケース」は、比較的現実的な成長率である今後10年の平均成長率を実質1.3%と想定している。二本セットになっているうちの濃い線は内閣府の「中長期試算」(参考ケース)、灰色線は参考ケースを延伸した筆者の簡易推計である。内閣府は2023年度までしか推計を公表していない。

政府は国際公約として、「2015年度にプライマリー収支(対GDP)の赤字幅を2010年度比で半減し、さらに2020年度に黒字化する」という目標を掲げている。だが、筆者の簡易推計では2020年度のプライマリー収支は赤字であり抜本的な改革を行わない限り、その達成は困難である可能性が高い。

しかも、2025年度以降は「団塊の世代」のすべてが75歳以上の後期高齢者となることから、社会保障費(年金・医療・介護)の急増が見込まれている。現行制度のままでは、特に医療費や介護費の増大が深刻だ。この影響を受けて、仮に2015年度に予定どおり消費増税10%を実施していたとしていても、2050年度の国・地方のプライマリー収支(対GDP比)は7.9%の赤字、公債発行残高(対GDP比)は500%超となる。2050年度のプライマリー収支の赤字を消費税で均衡させるには、消費税率を26%以上にすることが必要だ。