日本は財政危機ではない      高橋洋一著

 財務省は日本は834兆円もの債務を抱えている。これはGDPの160%にもあたる危機的数字だと財政危機を盛んに喧伝(けんでん)し、増税の必要性を強調している。財務省のいう834兆円は粗債務(あらさいむ)と呼ばれるもので、日本政府が保有する資産については触れられていない。日本政府は、現金・預託金や有価証券のほか、特殊法人などへの貸付金や出資金、および年金資金運用基金への預託金などの金融資産と、国有財産や公共用財産(道路、河川など)などの固定資産を保有している。2005年末に発表された、日本の政府資産は538兆円にも上っている。これを粗債務(834兆円)から差し引くと、純債務は約300兆円まで減る。純債務の対GDP比は、60%で適切な経済政策を実施し、経済成長を促せば、管理できない数字ではない。日本の財政が悪化したのは、1990年代から続いてきた金融政策の失敗が原因で、適切な金融政策を実施すれば、名目GDPは増大する。そして日本経済は立ち直り、現在および将来の財政状況はいくらでも好転させられるのである。

 国の予算には、一般会計と特別会計がある。特別会計は各省庁の特別な事業を行うために設けられている。一般会計は単年度制で、その年に余った予算は、国債の償還や補正予算を組んでその年度のうちに使わなければならない決まりなっている。特別会計では、余った予算や運用にによって得た利益は翌年に繰り越し、積立金にできる。この積立金・余剰金・準備金が霞が関の埋蔵金で、今後3年間で、独立行政法人のものを含めて最大50兆円強もの財源がひねり出せるのだ。なかでも、突出して大きな剰余金を抱えていたのは、財務省の財政融資金特別会計と外国為替資金特別会計で、この二つだけで40兆円もの資産負債差額となり、大きな割合を占めている。財政融資資金とは、財務省で調達した資金を政府系金融機関に融資するための資金で、政府が金融機関と同じような活動するためのおカネだ。金利リスクにさらされるので、いざというときのために、積立金・余剰金・準備金を持っている。低金利だと調達コストは下がるが、運用利回りはさほど低下しない。そのため収益が上がる。もうひとつの外国為替資金は国債の一種、政府短期証券(FB)で調達した資金を外貨建て債権で運用するためのおカネだ。財務省はFB債を発行し、市中から集めた資金で為替相場に介入する。実際には、円高を抑えるために、ドル債などの外債を購入することが多い。外債には常に為替変動リスクがつきまとうため、これまた積立金・余剰金・準備金を用意している。国債と外貨建て債権の内外金利差が収益に貢献している。

 特別会計のなかで唯一といっていいほど例外的に大赤字なのは、年金特別会計だ。2001年3月末時点での欠損額は、厚生年金で552兆円、国民年金で73兆円。いまのところ、年金財政が大きな問題になっていないは、長期的なスパンの話だからだ。しかも年金特別会計は、経理上は厚生労働省の問題なので、財務省もさほど口出ししない。ただ、バランスシートを見る限り、政府が国民に約束している給付額は、現状ではとても賄えないのは確かだ。現在のままでは保険料と給付額が見合っていない。したがって、保険料をいま以上に上げるか、給付額を下げるか、どちらかの対策を講じなければ、現在の年金制度はもたない。厚生労働省は年金特別会計の負債について「将来はたくさんの保険料がとれて資産が大きくなるはずなので、赤字はなくなる」という楽観的な説明をしているが、保険料を引き上げられる保証はない。経済成長しないとかなり難しい。現在の年金制度は抜本的制度改革しない限り、絶対的に維持できない。小手先の財源捻出では対応できないほど、根本的な問題を抱かえている。

 財政タカ派(与謝野馨)も上げ潮派(中川秀直、著者)も財政再建をゴールに据えている点では同じだ。ただ、財政再建への道程が違う。財政タカ派は、増税による財政再建を主張しているが、上げ潮派は、経済成長によって税率を据え置きしても財政再建が達成されると主張している。名目成長率が上昇すれば、景気がよくなり、企業もそこで働く人々も経済的に潤う。多額の利益を出せばおのずと税収も増える。名目成長率4〜5%はどこの先進国でも実現していることであり、日本だけができないという道理がない。日本の名目成長率が異常に低い原因は、ここ10年以上続いているデフレである。デフレ脱却で経済が好転し、税の自然増収で増税しなくても済むならこれが、ベスト。次に、埋蔵金などの政府資産のなかで、使える隠し資産があれば出し、売れるものがあれば売って財政の穴埋めに回す。そのうえで、歳出カットを徹底的に行う。さらに制度改革を行う。地方分権を視野に入れながら、公務員制度の改革など、無駄や非合理は排除してスリム化する。それでもだめなら、初めて増税する。これが上げ潮派の基本的な考え方である。


(参考)
一橋大学経済研究所教授の高山憲之氏によれば、2000年3月末に於ける厚生年金のバランスシートは1996年に保険料が給与の17.35%(月給とボーナスで料率が違い、ボーナスにかかる保険料は月給の十分の一程度に抑えられていた)になってからその保険料が継続されるとすれば、給付債務1430兆円、年金保険料1170兆円、国庫負担金180兆円で債務超過が80兆円となっている.しかし過去の保険料拠出関しては450兆円の債務超過があるという.合計530兆円は財源不足となっているという。
1430-(1170+180)=80 450+80=530
04年6月に成立した年金改革法では、国庫負担を引き上げ(基礎年金の3分の1から2分の1へ)、年金保険料を引き上げる(13.58%の保険料を04年度から毎年0.354%引き上げて17年度以降18.3%で固定する)。あわせて人口要因に着目し給付を引き下げる。これだけで将来拠出にかかわるバランスシートは健全化する。