財政危機と社会保障        鈴木亘著

 2010年6月にカナダのトロントで行われたG20の首脳会議では、2013年までに各国の財政赤字を半減させるとの首脳宣言が採択されました。しかしながら、たった一カ国、日本だけは例外扱いされ、財政赤字半減の目標から外されるという不名誉な事態となりました。
 現在の一般会計の財政赤字である44.3兆円を半減させるとなると、約22兆円の歳出減か歳入増を図る必要があります。仮に、消費税増税で全て財源を捻出するとなると、消費税1パーセントで2.4兆円の財源にないますから、少なくとも9パーセント(2.4 × 9 =21.6)引き上げて消費税を14パーセントにすることになります。しかも財政赤字半減までの期間が三年ということですから、一年当たり3パーセントずつのペースで消費税率を引き上げることになってしまいます。実際には、景気回復による税収増もあるので、引き上げ幅はもう少し小さくできるはずですが、いずれにせよ、政治的にも経済的にも短期間での財政赤字半減は非常に困難と言わざるを得ません。
 日本は例外扱いとなる代わりに、菅首相は、日本独自の財政健全化目標をG20で公表することになり、現在これが、いわば「国際公約」となっています。
@国と地方を合わせたプライマリー・バランス(基礎的財政収支)を2015年度までにGDP比で半減させ、2020年度までに黒字化させる。
A2021年度以降も財政健全化努力を継続し、2021年度以降において、債務比率を安定的に低下させる。

 日銀によれば2010年1−3月期の家計金融資産残高は、1453兆円です。2013年度の政府債務残高の見込み額は1106兆円ですから、まだしばらく余裕があり、新規国債の消化に直ちに困ることはないように思われます。もっともその後、ますます少子高齢化のペースは加速してゆきますから、社会保障関係費の増加幅はますます大きくなることが必至です。一方で、人口減少、少子高齢化によって経済成長率は今より低下し、何もしなければ、税収は自然に減少してゆくことでしょう。また、高齢化が進むということは、貯蓄を取り崩して生活する高齢者が増えるということを意味しますので、家計金融資産残高自体も確実に低下してゆきます。このような状況下で、2015年度までにプライマリー・バランスの赤字半減、2020年度までに赤字解消というようなスロー・ペースで、日本が財政危機を起こさずに無事に過ごせるでしょうか。もちろん、この国際公約ですら守ることができず、「強い社会保障」などと言って増税分を社会保障費に全て回したり、あるいは、増税すら行えずに社会保障費を拡大させていけば、財政危機に見舞われることは、ほぼ確実のように思われます。

 国債の大暴落もしくは政府による「借金を返さない」とデフォルト宣言というシナリオが起きる前に、まずは、日本銀行が国会決議を経て、一定量の国債引き受けを実施して、政府の財政破綻をとりあえず防ぐというのが自然な成り行きです。そして、それでも収拾が図られずに財政危機が続けば、世界各国が日本に支援の手を差し伸べる可能性も高いと思われます。世界各国、特に貿易相手国であるアメリカや中国、東南アジア諸国にとっても日本が経済危機に陥ることは望ましくなく、放置すれば、彼等も大きな被害を受けるからです。一番起こり得るシナリオは、IMFやアメリカ、中国などが緊急融資を行うということだと思われます。こうなると、IMFやアメリカ、中国などの「外圧」によって、急激な財政改革が迫られる可能性が高いと思われます。すなわち、社会保障分野においては、医療費や介護費の大幅削減はもちろん、年金給付額も大幅カットが迫られると思います。また、当然、消費税や保険料も大幅に引き上げられることになるでしょう。

 「高度成長時代」に形作られた日本の社会保障制度は、人口構成が若く、高い経済成長率によって分配の「パイ」が広がってゆくことを前提としたシステムとなっているために、現在の低成長、少子高齢化社会には適応できず、あちこちで「制度疲労」を起こしています。しかも、これからますます状況は厳しくなってゆきます。高齢者がその時代の現役層に支えられるという年金、医療保険、介護保険の全てに共通した仕組み(賦課方式)の下では、今後60年程度にわたって財政状況は悪化の一途を辿ります。現在の現役層の将来、あるいは将来の世代には驚くべき高負担を強いられ、世代間の不公平も巨額に達します。さらに現在は、賦課方式の下で、まだ低いはずの保険料・税負担ですら十分に徴収しておらず、多額の財政赤字として将来に負担を先送りしている状況です。2010年度予算の一般会計歳出総額92.3兆円のうち最大の支出項目である「社会保障関係費」は27.3兆円で約3割に達し、国債費や地方交付税交付金といった国が自由に出来ない支出項目を除いた「一般歳出」ベースでは、実に5割以上の規模を占めており、財政赤字発生の大きな責任を負っています。しかも、「社会保障関係費」は今後も高齢化による自然増で、毎年1.3兆円ずつ拡大してゆきます。財政上、維持可能な社会保障制度にするためには、@税負担や保険料を引き上げて収入を増やすか、A社会保障費全体を抑制して支出を減らす、という2つの手段です。消費税引き上げ、保険料引き上げに最大限努力しつつ、同時に社会保障費抑制にウェイトを置いた財政赤字削減を目指し、全ての手立てを合わせて「合わせ技一本」を狙うことしか道は残されていないと思われます。

 
今や「社会保障関係費」の削減こそ、本腰を入れて取り組むべき最重要課題です。安易な社会保険への公費投入を削減し、国民が正常なコスト感覚を取り戻すことこそが、持続可能で、安心できる社会保障制度を実現させる鍵なのです。そして、現在の「強い社会保障」や、少し前の「中福祉・中負担」などという政策方針は大間違えである。現状では、今起きている社会保障費拡大の費用すら現在の世代はしっかりと負担していません。新規国債発行による借金によって、ただでさえ苦しくなる後の世代に、負担を先送りしている状況です。将来も持続可能な社会保障制度とするためには、やはり、安易な社会保障費拡大路線を続ける余地は極めて小さい。「強い社会保障」という政策方針の維持は、財政危機への道を急ぐことに他ならないのです。「社会保障で経済成長」などという主張は、通常の経済学から見れば間違ったまやかしの経済学ですから、直ちに政策方針を現実路線に転換させなければなりません。