1999年度の国と地方の財政収支は対GDP比で10%程度の赤字になっている。1999年度末の国と地方を合わせた長期債務残高も600兆円程度で対GDP比120%になっている。(2000年度末の長期債務残高は645兆円で対GDP比130%になっている。2001年度末の長期債務残高は666兆円の予定。)1990年代に入ってアメリカやヨーロッパ諸国の財政赤字が大幅に改善しているなかで、わが国の財政収支の悪化が際だっている。アメリカは1998年度に財政収支が黒字化し、ヨーロッパ諸国は財政赤字が対GDP比3%という共通の財政再建目標の数字に合わせて、ここ数年財政赤字の削減に努力してきた。
1997年から1998年の金融不安の最中に成立した「財政構造改革法」が、橋本内閣の経済政策が失敗した象徴であると批判された。景気が後退しているにもかかわらず、財政再建を優先したから、ますます景気が悪くなり、財政再建もできなくなってしまった。このような理解が、エコノミストと呼ばれている人々やマスコミの支配的な見解である。これは、単に1997年に公共投資の抑制や消費税・社会保険料の引き上げがあったという表面的な現象に注目して、財政再建策が景気後退の主犯であると断定しているにすぎない。それよりも、1990年代以降のバブル崩壊のプロセスで、金融産業の構造転換を遅らせてきた護送船団方式の破綻によるところが大きい。国際的な大競争の時代に見合った金融革新への対応を先送りして、その場しのぎでつじつま合わせをしてきた結果、金融産業が比較劣位の産業に沈没してしまった。そのショックが資金供給の面もまた心理的にも、家計や企業の経済活動を萎縮させたのである。景気の後退が長引いたと理解するよりも、トレンドとしての潜在的成長率自体が落ち込んだと理解するほうが自然だろう。
現在と将来の関係
楽観的なシナリオ
景気回復が本格化し、また、金融システムの再生に成功すれば、日本経済は再びよみがえる。そうなれば、課税ベースも拡大するので、税収も増加する。2000年度の当初予算まででばらまき予算は打ち止めにして、その後は、これまで先送りしてきた財政構造改革を進展させる。その結果、税収増と歳出の抑制が実現される。財政収支は改善され、国債の償還も処理される。
悲観的なシナリオ
連立政権の財政運営では、財政規律がゆるみがちになる。目先の利益を追求するあまり、むだな公共投資やばらまき減税、社会保険料負担の先送りが行われてしまい、たとえ景気が良くなったとしても、歳出の削減・見直しは困難になる。さらに、民間資金需要が拡大する景気回復期には長期金利が上昇するから、国債費も増加する。したがって、歳出・歳入の両面から財政縮小は容易でなく、財政はやがて破綻する。
財政破綻のタイミング
これからわが国の財政が破綻してしまうかどうかは、政府の支払い能力以上にどれだけ債務を負っていくかで判断できる。さらに、今後どのような財政制度を採用するか、あるいは、そうした制度改革が行われるかどうかに依存する。いまのままでは、財政赤字が維持可能でなくなるとしても、構造改革を実施すれば、十分に維持可能になる。しかも、歳出を削減する規模、増税をする規模とその期間など、どのような財政改革をするかについて、まだ、政策上かなりの自由度がある。
それでも、時間的な余裕はあまりない。財政危機は、いったん表面化すると、一気に問題が大きくなる。国債も債券であるから、市場参加者の将来の予測に依存して価格が決まる。したがって、投資家の間で将来の改革に不安感・失望感が広がると、国債の価格が暴落して、金利が急上昇することもありうる。それが近い将来生じないという保証はない。ここ数年のうちに(2005年までには)新規発行国債・地方債の市中消化が困難になるかもしれない。2010年ごろからは団塊の世代が老年世代として社会保障受給の中心世代となる。そのときには歳出増加の圧力は増大する。もし、こうした懸念が一般的になれば、予想が変化した時点で、金利は上昇に転じる。 金利が上昇しはじめれば、財政破綻の可能性はますます高くなる。したがって、できるだけ早急に財政改革の道筋をつける必要がある。
景気対策や財政赤字の効果
総額7000億円の商品券は景気刺激策として行われたが、老人や子どもに一回かぎりの金銭をばらまいても、消費が大きく刺激されたとは考えられない。これは同額のばらまき減税と同じで無効な景気対策である。景気対策の本来の姿は、景気低迷で被害を受けた人を救済する政策である。景気低迷の最大の被害者は失業者である。そうした人々の転職の機会を増加させるような転職・就職支援対策は有効な景気対策である。
現在の経済環境が悪くて、政府の政策によって当面しのぐことができれば、あえて痛みのともなう構造改革を現在無理してやらなくてもいい。これが、問題先送りの誘因である。そうした景気対策は、民間部門の甘えを引き起こす可能性がある。経済環境が苦しくなれば、政府が何らかの対策を実施してくれるので、自ら汗をかいて、懸案を処理する誘因をなくす。こうした弊害はモラル・ハザードと呼ばれる。これが、財政赤字拡大の見返りに得たもので、いちばんの問題点である。日本経済が構造変化を必要としているときに、「何でもあり」の景気対策を続けることで、自助努力を失わせるマイナス効果をもたらしている。
国民と政府の関係
連立政権では、目先の利益を優先する政策運営が行われてきた。その場しのぎの景気対策は、その景気拡大効果が短期的に期待できたとしても、長期的な弊害のほうが大きい。中長期的に日本経済が活性化するための規制緩和・行政改革・構造改革を期待しても選挙制度などの欠陥により、政治に反映されない。財政赤字の問題は、政治的な要因を抜きにして議論することはできない。現在、国民の間に存在している不公平・非効率的な財政制度が既得権化していることが、財政改革を先送りさせてきた大きな要因である。