ユーラシア胎動ロシア・中国・中央アジア        堀江則雄著

 ユーラシア(Eurasia)はヨーロッパ(Europe)とアジア(Asia)を結んだ呼称である。ユーラシア大陸はロシアを含むアジア大陸とヨーロッパ半島の全体を指している。だが、ここではヨーロッパ半島を除いた全体をユーラシア地域と考えたい。そのユーラシア地域が今、沸き立っている。

 ユーラシア地域は300年余にわたり、帝政ロシアと清が対立と力の拮抗をはらみながら支配をつづけてきた。その基本的な構図は、ソ連と中華人民共和国の時代になってもさして変わらなかった。両者による対立と緊張がつづいていたことで、この地域は政治的、経済的に分断されていた。それを根底から揺るがしたのは1991年12月のソ連邦解体によるロシアの体制転換と中央アジアやカフカース(コーカサス)、ロシア各地に存在するチュルク(トルコ)系諸民族の独立・台頭、そして1990年代から本格化した中国の改革・開放路線による「世界の工場化」だった。


 まず、国境の画定が先行した。7300キロにわたる中ソ両国の国境線は、モンゴルをはさんでユーラシアを貫く分断線だった。双方の領土要求がぶつかり合い、ユーラシア地域における緊張と対立の源だった。それが、ソ連のペレストロイカに続く解体と中国の改革・開放の進展のなかで1990年代前半から、段階的に解決されていったのである。その変化のなかで、国境を越える人と物の流れが、目覚しい勢いで復活している。そして、中露国境貿易が活発化し、中国と中央アジア各国を結ぶシルクロードが甦っている。ユーラシア北部を走るシベリア鉄道、中国から中央アジア、ロシアを経てヨーロッパに走るユーラシア鉄道、上海から新疆(しんきょう)ウイグル自治区を経て中央アジアそしてトルコに通じる高速道路などが整備されてきた。ユーラシア西部からヨーロッパへと張り巡らされている石油・天然ガスは今日、東へ東へと流れようとしているのだ。インドと中国、インドとパキスタン、そして中央アジアとイランとの政治的、経済的関係も従来の対立・停滞からさまざまな問題をはらみながらも、正常化、互恵の協力関係へと転換しようとしている。いまユーラシアに、注目すべきダイナミズムが生まれつつあるのだ。

 この沸立つ地域を政治的・経済的にゆるやかに束ねているのが、上海協力機構(SCO Shanghai Cooperation Organization)だ。上海協力機構(SCO)は中国とロシア、そして中央アジアのカザフスタン、タジキスタン、キルギス、ウズベキスタンの六カ国が参加して2001年6月に創立された。上海協力機構(SCO)の意義はロシアと中国が、その戦略的思惑を抱えながら政治的・経済的パートナーシップを機軸に戦略的提携の道に踏み出したことにある。中露両国は経済・貿易関係を急速に発展させているだけでなく、国際政治舞台での共同歩調も目立っている。アメリカのイラク戦争、イラン核問題開発、アメリカによるMD(ミサイル防衛)配備問題、北朝鮮問題での六カ国協議などで、そのことが示されている。さらに、ロシアのチェチェン戦争、中国のチベット・新疆ウイグル問題では、それぞれの立場に支持を与えている。上海協力機構(SCO)には、インド、パキスタン、イラン、モンゴルの4カ国がオブザーバー加盟している。世界的な経済危機が深まるなかで、政治的・経済的な世界秩序のパラダイムの転換が進行中なのである。その転換の一つの推進力になっているのがユーラシアであり、ロシア、中国、インドの三大国による互恵を柱とした連携は、強大な資源国と世界最大の人口国の関係強化だけに、その影響力は大きい。

 こうしたユーラシアの新たな胎動を、日本は過小評価している。とりわけ日本の外交は在日駐留米軍を抑止力と見なす冷戦思考にとらわれており、相変わらず対米従属の枠組みに安住し、さまざまなチャンスを逸している。日本の対アメリカ貿易額はかっては全貿易額の30%以上を占めていたが、08年には全貿易額の14%しか占めていないのである。一方、ヨーロッパを含めた広い意味のユーラシアとの貿易額が約70%にもなっている。貿易立国・日本の貿易構造は、間違いなくユーラシアに依存しているのである。それにもかかわらず、アメリカに圧倒的に依存していた、かっての日本の貿易構造が今日もつづいているような認識、すなわち錯覚がまかり通っている。そうした錯覚にもとづいた政策と現実とのギャップは、あまりにも大きい。日本は、アメリカを通じて世界を見るという惰性から抜け出し、ユーラシアに再び目をむけなければならない。ユーラシアのダイナミズムに日本が本格的にかかわることで、この国の時代閉塞の混迷を打破するきっかけにになるだろう。21世紀の世界の構造の大転換に日本が関与できるかどうか、新たな世界のなかで日本がしかるべき地位を占められるかどうかの鍵になるだろう。