長期停滞    金子勝著

 1980年代は、多くの先進諸国において金融自由化政策を背景に土地バブルとその破綻が発生した。
 1990年代になると、証券化・グローバル化が一層進んで、度重なる国際金融危機がもたらされるようになった。
 2000年秋以降では、アメリカのITバブルが弾け始めて、アメリカ経済が減速した。中長期的視点から見ると、行き場を失った投機マネーが激しく動き回る、本格的に不安定な時代に入りつつある。世界中でバブルとバブル破綻が繰り返されているうちに、物価や金利が低下し続け、世界同時不況に陥るという事態は、実に70年ぶりである。歴史的局面が変わったのだ。 

アメリカ
 1990年代に入って、アメリカを中心とする証券化・グローバル化が一層進んだ。国内的要因は、アメリカの土地バブルが破綻して、1990年代初めには銀行の実質金利が著しく低下した。これによって、銀行預金からミューチュアル・ファンド(投資信託基金)やヘッジファンドを含む証券投資へと資金シフトが生じた。年金ファンドなどの機関投資家も同様の行動をとった。同時に、アメリカの大手銀行は、簿外で取引される金融デリバティブに業務をシフトさせていった。
 一方、国際的要因は、流入する海外資金を再投資して投資収益を上げる必要が生じた。そこで、逃げ足(回転率)の速い証券化という投資形態が一層進んだ。しかし、そうするには、アメリカの投資家にとって投資先となる自由な金融市場が拡大してゆかなければならない。そこで新興工業国を中心にして金融自由化が推し進められた。そのバックには、アメリカ財務省・ウォール街・IMFなどが一体となって動くワシントン・コンセンサスがあった。アメリカが新興工業国の金融市場を食い荒らした結果、これらの国々では不良債権が累積して金融システムが破壊された。アメリカの一人勝ち現象が起きた。結局、安全な投資先として最後に残ったのはアメリカ自身である。国際金融不安の後、行き場を失った投機マネーが向かったのがITやバイオなどのベンチャー企業であった。こうして、アメリカ中心の世界経済ができあがっていった。つまり、世界中がアメリカの一人勝ち経済を中心に回転するようになったのである。
 2000年秋以降、ニューエコノミー神話に支えられてきたITバブルが崩れ、国際金融のコアに位置するアメリカの実体経済の悪化が進行している。グローバリゼーションの結果、世界的に貿易依存度が高まるとともに、世界中がアメリカへの輸出に依存するようになってしまったために、アメリカにおけるITバブルの崩壊が世界同時不況を引き起こしている。もし、このままアメリカ経済が停滞してゆけば、さまよえる投機マネーは最後に戻る場所を失うことになる。
国際短期資本移動はますます不安定化してゆくだろう。アメリカが、世界中からドル資金が還流するメカニズムを維持できなければ、機軸通貨としてドルの信認が揺らぐ恐れが出てくる。再びバブルを起こすか、戦争という「最大の公共事業」を継続して、「有事に強いドル」を演出し続けなければならなくなるだろう。

日本
 1997年11月に起きた金融システム不安以降、本格的な不良債権処理を避け、政策的組み合わせが取られてきた。
財政赤字による公共事業
 公共事業を中心とする財政拡大政策は、銀行の不良貸出先であるゼネコン・不動産を直接的に救済する役割を果たしてきた。しかし、ゼネコンや不動産は、その利益を銀行への返済に充て、かつ下請企業に対して単価切下げや支払い延滞を行うために、公共事業政策は景気刺激策として効かなくなっている。

日銀の金融政策(超低金利政策・量的金融緩和)
 超低金利政策は、直接的には、大量の借入金を抱かえるゼネコン・不動産・流通業の金利負担を軽減する。間接的には、預金金利を低下させて、預金者の負担の下に不良債権処理を図ることができる。同時に、超低金利政策は、国債費を増加させることなく大量の国債発行を可能にする。
 しかし、2001年3月19日に、日銀は、日銀内にある銀行の当座預金残高を操作目標額にして、国債を買切りオペする量的金融緩和政策に転換した。量的金融政策は、直接的には決算期に銀行への流動性を供給することで、銀行の経営破綻を防ぐ役割を果たす。同時に、日銀が国債を買い支えて国債価格を維持する機能を果たす。それは長期金利の上昇を抑えて国債費の膨張を防ぐので、放漫な財政拡大政策を可能にする。他方、絶えず日銀が国債を買い支えてくれるので、国債は銀行にとって安全な投資先となる。

円安誘導の為替政策
 円安の効果は、貿易面では輸出を増加させて景気を下支えする一方で、資金の流れではアメリカへの資金流出をもたらす。それがアメリカのバブル経済を維持させ、日本からの輸出を増加させるという従来からの関係を強めていく。

 経営者と監督者の責任回避を優先し、一気に巨額の公的資金を強制注入して不良債権を処理する手術を怠ってきたために、日本経済は泥沼に入りかけている。また、政府の巨額の債務残高は、ハイパーインフレか革命でもないかぎり返済した歴史的事例がない。問題は、債務残高がこれほどの規模に達すると、絶えず国債価格が下落して長期金利が上昇する潜在的リスクを抱えてしまうことである。
 また、デフレ不況が深刻化する中で、再び金融システム全体が破綻する危険性が生じている。もし、日本経済が輸出頼みの状況でアメリカ経済のV字回復がなく低迷してゆけば、やがてゼネコン・不動産・流通業を中心とする問題企業が潰れ、大手銀行さえ経営破綻する危険性が生じるだろう。不良債権額の増加が続いているが、不良債権を処理する銀行の資金余力は、優良資産を売却するだけでなく、法廷準備金を取り崩すところまで、枯渇してきた。銀行は、ずっと業務利益を上回る不良債権処理を余儀なくされてきた。やがて、大手銀行でさえ不良債権処理の限界に達するのは時間の問題だろう。大手銀行の経営が破綻すれば、つぎつぎと企業の連鎖倒産が起きる。企業収益が上がらないまま多額の有利子負債を抱かえて、銀行の追貸しでかろうじてもっている大手企業が多数ある。仮に、大手銀行が経営危機に陥るような事態になれば、これらの企業は追貸しを受けれなくなって、つぎつぎと破綻してゆく。そして、それは他の大手銀行にも波及していく。事態を放置すれば、クラッシュが起きるのだ。