トランプ現象とアメリカ保守思想          会田弘継著

 白人中間層は経済的に追いつめられているばかりではない。人口構成比でも白人はどんどん割合を減らしている。いま人口の60%くらいが白人だが、2040年代にはマイノリティの合計が白人を超えるだろうといわれている。アメリカが白人国家でなくなり、マイノリティ集団が人口の半分を占める時代が目の前まで来ている。白人は滅び去ってゆく集団なのだという意識がある。

 トランプの躍進、それは中産階級の下半分でのあたりまえに暮らしてきた白人たちの深刻な不安と不満、自殺をも選ばせる絶望と怒りを本能的ともいえる絶妙さですくい上げてきたトランプへの支持が集中したからだった。

 人種差別を否定して、あらゆる国から分け隔てなく移民を受け入れる国アメリカ。そのような理想の国をつくり出したのは、1960年代以降のことだった。人種差別の否定というアメリカの骨格の一つは、1964年の公民権法と1965年の投票権法によってつくられた。この二つの法律により、アメリカ国内の黒人差別は解消されてゆく。南北戦争で奴隷制度の廃止を主張する北部が勝利し、1863年の奴隷解放宣言、1865年の合衆国憲法修正十三条により奴隷制度は撤廃された。だが、南部にはジム・クロウ法(主に黒人の一般公共施設の利用を禁止制限した州法)と呼ばれる差別的な法律がたくさん残存していた。人びとの意識の問題に加えて、法的な不平等があったのだ。1965年の投票権法には、投票妨害になりうる法律はすべて撤廃されて、黒人にも選挙権が保障され法的に平等になった。

 もう一つ、1965年には移民法の大改正があった。1924年のアジア系移民の全面禁止、東欧南欧からの新移民を制限する民族差別的な移民法だった。この移民法を廃止し、年間移民受入総数の上限を定めるのみとして、民族ごとの割当は行わないとした1965年の改正移民法だった。この法律ができたことで、アメリカに行けば能力や運があれば成功する可能性があると未来を託すことができる国家になった。そんなアメリカのイメージは、1960年代に形成された。

 しかしいまトランプは、半世紀以上にわたってつくりあげてきたアメリカという国家の根本的なイメージを破壊しているように見える。「アメリカ・ファースト」と唱え、過激な移民排斥を訴え続けている。排外主義が容認され支持されるのは、それだけアメリカ国民がかってないほど危機的な経済状況におかれているからだ。アメリカは長い時間をかけてサービス業を軸とした経済構造に移行してきた。これは残念ながら、豊かな雇用を大量に生み出せる産業構造ではない。必然的に、富は一部のひとだけに渡り、残りの多くの国民は苦しい生活から抜け出せない構造だ。その不満、鬱積を敏感にとらえて成功しているのが、トランプなのだ。

 大きな視野で見れば、アメリカで起きている危機は先進諸国に共通する構造を秘めている。格差が拡大し、グローバル企業や金融資本ばかりが繁栄を謳歌している。人びとにはまともな仕事がなく、労働環境も福祉も劣悪になる一方、ごく一部の資本家や政治家たちに富と権力が不当に集中している。そんな不満はアメリカでもヨーロッパでも、そして日本でも聞かれる。(韓国でも)

 グローバルな産業構造では、カリフォルニアのアップル本社でデザインされた製品を、日本が最も技術的に高度な部品をつくり、それ以外の部品はアジア各国でつくられる。それらの部品は中国の深圳(シンセン)の数十万人単位の労働者を集めた巨大工場に運ばれて組み立てられ、世界中に出荷されていく。労賃のほとんどは、組立工のいる中国に落ちていく。製品は世界中に売られる。しかしそこから上がる利益のほとんどはカリフォルニアの数千人の手に渡る。わずかな残りを、日本を含めた何百万人という労働者が分け合う。世界的にそのような格差が生じ、さらにそれぞれの国の中でも格差が生じている。

 トランプの主張は、1990年代に大統領候補だったパトリック・ブキャナンがいったことをなぞっている。ブキャナンの主張は「アメリカ・ファースト」、貿易保護主義、移民排斥、日本やドイツの核武装容認、NATO不要論・日米同盟廃棄であった。ブキャナンは大統領選で、冷戦が終結したいま、なぜアメリカが世界の安全保障の何もかも負わなければならないのか。世界の警察官たらねばならない必要はどこにあるのか。中南米(ヒスパニック)系を対象にした排外的な移民政策と保護主義的貿易政策を訴え、アメリカにはこれ以上他国から安い製品を入れさせない。外国に展開する軍隊も引き揚げさせる。

 ブキャナンの主張がトランプの頭にあり、90年代当時から更新されていないように見える。それが中間層を中心とする大衆にウケている。アメリカ国内が当時と似たような、あるいはそれ以上に疲弊した経済状況にある。アメリカが経済的に第一に敵視すべき相手はもう日本ではないのに、トランプは中国と一緒に日本を標的にする。トランプの国際情勢の状況判断が更新されず、凝り固まってことがわかる。(バブル期の1989年のロックフェラー・センターの買収や1991年のエンパイアステートビルの買収の記憶があるからだろう)