富のピラミッド
レスター・C・サロー著大恐慌の最中の1935年、ルーズベルト大統領によって、1ドル紙幣が使われるようになった。1ドル紙幣の裏側には未完成のピラミッドの図柄があり、その頂点には、目玉が輝いている。ピラミッドが未完成なのは、アメリカの富が増加を続けるうることを象徴している。当時のアメリカ国民は、希望を必要とし、アメリカの最良の時代は過ぎ去ったのではなく、今後にあるという希望を必要としていたのだ。ヨーロッパでも、アジアでも、その他第三世界でも、経済の先行に対する不安が強まっている。1ドル紙幣に描かれたピラミッドに象徴される力と永続性を、世界中の人が求めている。富とは要するに、資本主義の世界で成功の度合をはかる尺度である。自分の力を示そうとするなら、富を築くしかない。富を築くゲームこそが大リーグである。 |
世界経済の潮流
現在、第三次産業革命が起こっている。電子、コンピューター、電気通信、新素材、ロボット、バイオ技術などによって、生活のあらゆる面が変化している。新技術の登場は、変化を意味する。変化は不均衡を意味する。不均衡があれば、高利益と高成長率を達成する機会がある。新技術を理解し、絶好のときに絶好のところにいる幸運に恵まれ、新しい状況を利用する能力のある者が勝者になる。大金持ちになる。
資本主義は、創造的破壊の過程である。新しいものが、古いものを破壊する。創造と破壊はどちらも、経済を前進させるために、なくてはならないものだ。知識を高度化し、利用するには、社会に適度な混沌と秩序がなければならない。
世界企業の力が強まり、各国政府の力が縮小している。各国政府は、情報や資本の移動に対する影響力の大部分を失ってしまった。物理的にも文化的にも、国境を飛び越える人たちを管理することはできない。軍隊を保持していても、テレビで戦闘の模様が逐一映し出されるようになったので、軍隊を使うことも恐れている。世界企業は世界中を飛び回り、有利だと判断すれば、世界中のどこにでも移動できる能力が強まっている。
企業は、世界市場で活躍するか、ニッチ市場で活躍するか、どちらかになる。中規模の国内企業は、絶滅の危機に瀕している種である。
アメリカ二十世紀末の第三次産業革命でつくられた富を代表する男、ビル・ゲイツの1998年末の資産は830億ドルで、アメリカの貧乏人の下から1億1000万人の合計を上回っている。
過去10年間に、アメリカの歴史上に例がなかったほど、市場性の富が創出され、大資産家が生まれたことは、否定できない。しかし、過去10年間の労働生産性の伸び率は平均1.1%にすぎず、過去最低の水準から抜け出せていない。
アメリカでは、経済的弱者に対する福祉は、事実上撤廃された。極端な低賃金での職を受け入れるように強制される。政府の企業向け福祉制度も撤廃されている。もはや、関税や輸入割当てによって外国企業との競争から国内企業を守ることはできなくなった。補助金を支給することもできない。自国市場で国内企業を保護しようとすれば、自国企業が世界市場から締め出される。
アメリカ企業は人員削減、事業の再構築、海外移転を容赦なく推し進めた。その結果、アメリカは世界でも有数の低コスト国となった。労働者の三分の二は、実質賃金が二割も減った。
アメリカ人は、新しいものを採り入れるのがきわめて得意だ。科学や技術のエリート教育では、創造性が重視される。アメリカ人は、少しずつ改良を重ねることには、それほど関心がない。
クリントン大統領が就任した1992年、医療、教育、インフラのどれに焦点を絞るのかが議論になった。大統領が選んだのは、公的投資にあたる教育やインフラではなく、公的消費の医療だった。
日本1990年代の日本経済の衰退は、ある環境でうまく働く社会体制が、環境が変われば、まったく機能しないことを示している。日本が経済成長軌道に戻そうとするなら、バブルと暴落に対応できるように社会・経済体制を、つくり変えなければならない。バブルの後始末の方法がわからなければ、創造性の問題に取り組むことができない。
輸出主導型の経済成長の時代が終わったことを理解し、内需主導型の成長戦略を実行するために必要な構造改革を進めなければならない。
日本は、みずからが中心になって大規模な貿易圏をまとめることができない。APEC(アジア太平洋経済協力会議)では、各国の首脳が顔をつき合わせ、議論するものの、何ひとつ決められない。たとえAPECが意思決定権を持ったとしても、日本は、中国やアメリカと、その利益や主導権を分けあわなければならない。
ヨーロッパスキルによってランクをつくれば、ヨーロッパは最上位になる。スキルの高い人びとは、日本人より創造性があり、スキルの低い人びとは、アメリカ人より教育水準が高い。
世界の他の地域が国民経済から世界経済への移行を進めているが、ヨーロッパは第一段階でユーロの地域経済に移行し、第二段階で世界経済に移行しようとしている。ヨーロッパは、世界の他の地域より世界経済への移行が容易である。
高福祉を賄うための所得税を払いたくない一般の従業員は、税金のかからない地下経済へと消える。所得税の高い西ヨーロッパでは、地下経済が巨大である。このために、現在、ドイツ左派政権が、EU内の税制の統一に躍起になっている。
西ヨーロッパが高失業率を解決できないのは、成長を加速する政策、賃金を引き下げる政策のいずれも採用しないからだ。
ヨーロッパ経済の将来にとって本当の脅威は、他の地域で富を生み出している社会、技術、開発の不均衡の機会を逃している点から来ている。西ヨーロッパが抱える真の問題は、変化を担う起業家いないことだ。社会が変化を望まないため、起業家が生まれるのが妨げられている。
法則1.金を貯めて大金持ちになった者はいない。大きな不均衡がある部分で事業を進め、投資を進める機会を見いだした者が大金持ちになる。ジョン・D・ロックフェラーもそうだし、ビル・ゲイツもそうだ。どちらも、富の全体のなかで、貯蓄による部分はごくわずかにすぎない。慎重に貯蓄して均衡状態の市場に慎重に投資しても、老後への安心感が得られるだけで、ほんとうに金持ちになることはない。
2.企業が成功を続けるには、自社を救うために、自社を破壊する意思をもたなければならない。既存の事業が好調な間にそれを破壊しなければ、成功することが誰の目にも明らかになる前に新規事業を築き上げることはできない。自社をみずから破壊しないのであれば、他社に破壊されるだけになる。
3.急速に成長し、高い利益率をあげるには、企業は、技術の不均衡を利用するか、開発の不均衡を活かすか、社会的不均衡を生み出さなければならない。それら以外の事業はいずれも、成長率が低く、利益率が低いありふれた事業である。
4.いかなる社会にとっても、本来持っている欠点から来る限界を理解し、認識し、受容することから英知が生まれる。成功の秘訣は、こうした欠点が問題にならない分野で、資源を活用する場を見つけることにある。
5.資本主義経済下で、インフレ経済をいかに運営すべきかはわかっている。しかし、ゆるやかとはいえデフレ経済を運営する方法はわかっていない。率が同じであれば、デフレよりもインフレを選んだ方がよい。
6.個人が起業家に代わって変化を担える機関はない。ゲームに勝った起業家は、豊かになり力をもつ。起業家がいなければ、経済は衰退していく。古いものが退場せず、新しいものが誕生しないからだ。
7.秩序を何よりも重んじる社会は、創造的ではありえない。しかし、適度な秩序がなければ、創造性はブラック・ホールに消える。
8.基礎研究への投資を増やしたときに経済効果がきわめて高いことは、経済学の成果のなかでも、とくに疑問の余地が少ないものである。
9.新しい制度を整備し、誰が知的財産を所有し、管理するのかを決めなければ、知識主義経済は機能しない。資本主義には、明確で執行が容易な所有権が必要だ。
10.知識主義経済のなかで、個人がもっともわからないのは、キャリアのない体制で、いかにキャリアを築くかである。
11.将来に関心を持つ者だけが、資本設備を建設する。設備をあまり建設しない者は、言い訳はどうであれ、将来に関心がないといえる。
12.経済の成長と環境保護は両立できる。対立するものではない。
13.巨万の富を築くには、幸運が必要だ。才能、意欲、粘り強さだけでは富豪にはなれない。