竹中先生、日本経済次はどうなりますか?          竹中平蔵著 田原総一朗編

 アベノミクスを「起承転結」でいえば、「起」は2012年末から2013年4月まで。黒田日銀総裁も「異次元の金融緩和」を強く打ち出しよいスタートを切りました。2013年7月21日の参議院選挙までが「承」の段階でスタート後の展開・発展です。6月に骨太方針をまとめます。日本の景色を変えるようなシンボリックなプランを、いくつか示すことが必要です。同時に中期のビジョンを示せばよい。次の「転」は参議院選挙に勝って、安倍さんが本当にやりたいことをやり始める時期。安倍さんがどこまで思い切ったことができるか、日本の将来を左右する、きわめて重要な分岐点です。「結」は2年先か3年先なのか、ここでアベノミクスの成果がわかり、一定の結論が出るのでしょう。

 投資家のジョージ・ソロスがダボス会議2013で、「アベノミクスが成功するかどうかは、給料が早く上がるかどうかで決まる」と言いました。いま日本はインフレ・ターゲット2%を掲げましたから、次第に物価が上がり、やや遅れて賃金が上がるわけです。賃金上昇は基本的に「物価上昇率+生産性上昇率」で決まるから、物価が上がれば必ず上がります。中期的に見れば、賃金は名目成長率とともに上がっていく、と見なしてかまいません。賃金が上がることについては、心配していません。ただし、問題は、賃金上昇が物価上昇よりも遅れることです。逆にいえば、物価が下がるときは、賃金はあとから下がります。今回は、先に物価が上がるから、みんな文句を言います。ここをうまくコントロールしなければならない。

 物価上昇率2%を、2年で実現させる鍵となるのは、アベノミクスの成長戦略です。成長戦略をどのくらいやり、期待をどのくらいつなげるかで、大きく変わってくる。これまでのように公共事業をやる、補助金をつけるというのでなく、TPPを含めて、企業を巻き込んで徹底して改革を実現していく姿を見せなければダメです。「2%達成はいつか」という予測は、「どのくらい改革をするか」という予測と抱き合わせなんです。

 産業の競争力強化や国際展開に向けた成長戦略の具現化や推進を議論するのが「産業競争力会議」です。2013年1月23日には「成長戦略の具現化と推進」を掲げて第1回会議が開かれ25日には安倍首相が次の10項目を指示しました。
@規制改革の推進
Aイノベーション/IT政策の立て直し
B経済連携の推進
C責任あるエネルギー政策の構築
D地球温暖化対策の見直し
E産業の新陳代謝の促進
F若者・女性の活躍推進
G攻めの農業政策の推進
H資源確保・インフラ輸出戦略の推進
Iクールジャパンの推進

 ここまで来たら、2014年の消費財増税は政治的に、やらざるを得ない。マクロ経済運営という観点からは、現在の増税シナリオと財政再建シナリオは見直したほうがいい。つまり、ちょっと先延ばしにしたほうがいい。しかし、財務省が決めたからには何がなんでも増税をやらせようと必死になってくる。すると、財務省は、目の前の景気をよくするために、たぶんもう一段の補正予算を組む。各省庁は2013年2月の大型補正で財政出動は打ち止めで、この先は財政再建だと思っていましたが、最近はもう一段ありそうだと、考えを変えています。

 日本は年に20万人以上、人口が減りはじめた。人口はそのうち年に50万人、100万人と減っていく。人口が減っても、生産性を向上させて一人あたりの成長率を少しずつ高めていくことができれば、みんなが成長できる。「成長できない」などという悲観論は捨てて、前向きに成長戦略を掲げていくべきです。たとえば、日本の女性の就業率をOECD平均並みに引き上げれば、その瞬間から日本のGDPが16%も膨らむ、という試算があります。だから、成長戦略にで必要なことは女性が働きやすい環境をつくる改革です。

 アベノミクスの成長戦略は、羽田空港を徹底的に改良してシンガポール空港なみにするような、目に見える画期的な戦略が必要です。日本人も外国人も、誰が見ても「おっ、日本の景色が大きく変わったぞ」とわかるプロジェクトのを成長戦略に盛り込まなければなりません。たとえばですが、羽田空港の国際線のキャパシティを3倍にします。これは埋め立てによる拡張が必要です。空域制限の見直しも必要です。オープンスカイ政策を大胆に進めて、路線・便数・運賃といった規制を撤廃していくことも必要です。そして、24時間化をやり、羽田をハブ空港にしていく。羽田をハブ空港にしないかぎり、東京は絶対にアジアの拠点になれない。

 成長戦略に「打出の小槌」はないんです。ないけれども、あえていえば、打出の小槌的なものがないわけではありません。コンセッション(oncession)方式があります。コンセッションはもともと譲歩や容認という意味で、与えられた免許、特権、土地の使用権などを指します。道路、空港、上下水道が三大コンセッションでしょう。コンセッション方式が使えそうな公共インフラの資産規模は全国で185兆円です。建設した時の負債をかかえていますが、それを引いても100兆円規模です。そこでコンセッション方式を駆使して、巨大なインフラ資産をうまく現金化しそのファンドでさまざまな事業を興していく。民間開放が進めれば、少なくとも数十兆円規模の財源が創出できると見込まれます。これも日本の景色を変えていく有望な手法です。

 安倍首相が主導する「アベノミクス戦略特区」にする。東京特区は国際拠点にしていく。大阪特区はイノベーション拠点、名古屋特区は航空宇宙産業拠点、もちろん、それ以外の地域でもやれます。

 日本にとって自由貿易は絶対に必要で、いかにして自由貿易を拡大するかがテーマです。アメリカは、TPPを中国包囲網、中国の国家主義を押さえ込むフレームワークとして考えている節があるから、これに日本は乗った方がよい。自由貿易が生命線の日本は、TPPを使って中国に国家主義の修正を求めていけばいい。

 アメリカの今後については、わりと明るい見方をしています。一つは、リーマン・ショックで大きく傷んだ家計のバランスシート調整がほぼ終わり、回復に近づいている。住宅価格が上がりはじめたし、弱かった個人消費も上向くだろう。日本はバブル崩壊から10年かかりましたが、アメリカはリーマンショックから5年くらいで回復のメドがついてきた。急速に回復するとは思いませんが、アメリカの景気はまずまずのままで推移するでしょう。注意深くあらねばならないが、基本は楽観という見方でいいと思います。アメリカの将来を楽観するもう一つの理由は、やっぱり自由な競争社会で、シュンペーターのいうイノベーションがどんどん出てくることです。ドルが弱くなった、製造業がダメになった、超大国のアメリカの威光は失われた、とみんな言います。でも、日本のどのパソコンのOSもウィンドウズかアップルで、アメリカ製。どのパソコンのCPUもインテルかAMDで、これもアメリカ製。グーグルもフェイスブックもツイッタ―も全部アメリカから出てきて、それ以外の国から出てこない。加えて、いまアメリカでシュールガス革命が始まった。エネルギー価格が大幅に下がるから、アメリカの製造業が海外立地を国内に戻す動きも始まった。シュールガス革命は、アメリカの産業立地をかなり有利にすると思います。何がアメリカのファンダメンタルズを支えているかといえば、二つある。一つはイノベーションの力です。自由で強い大学、規制緩和の伝統、ベンチャーキャピタルの存在、失敗しても繰り返し挑戦できる企業風土や社会的土壌など、イノベーションを生み出すさまざまなシステムがある。もう一つは、コーポレート・ガバナンスです。ダメな経営者や企業は退場させて、よい経営者や企業に場を与える企業統治が貫かれています。競争の中でのイノベーションとコーポレート・ガバナンスこそが、アメリカ経済の強みだと思います。

 ヨーロッパはまだ完全には大丈夫とはいえないけれども、注意深い楽観主義でいけそうだ。最悪の場合はECB(欧州中央銀行)が引き受けることと、銀行同盟をつくってカネをつけていくことを決めましたから。この二つをちゃんと実行できるかどうかに、すべてがかかっている。「ECBが最後まで支える」というメッセージを出したことに大きな意味がある。具体的にどこからカネを調達するかはさておき、「まあ、ちゃんとやるだろう」という安心感が、ヨーロッパ全体に広がったわけです。ユーロ破綻を避けるための枠組みはできた。大きな方向が決まったわけだから2012年以前と2013年以後では、状況は大きく違う。

 中国が10%成長を続けているとき、GDPのおよそ4割が投資に回っていました。毎年GDPの4割に相当する額の資本を付け加えることで10%成長ができた。ところが日本の高度成長期を振り返ると、毎年GDPの2割程度の資本を付け加えることで10%成長していました。ということは、中国の資本効率はかつての日本の半分くらいだ、と考えられます。効率の悪い投資をたくさんやっている、ということです。それぞれの効率は悪いけれど、全体の物量が大きいから、どんどん成長することができたんです。しかし、実は効率の悪い資本が膨れあがっている。効率の悪い資本というのは、いざ大きな経済変動があると、不良資産や不良債権として一気に顕在化してしまう。そのリスクをずっとはらんでやってきたから、みんな危ない危ないと見ているわけです。それでも中国は、しばらく財政赤字を拡大する余裕があります。そのうちに、生産年齢人口が減りはじめますが、地方の余剰労働力が都市に流れてくるうちは、中国経済はもつだろう、と思います。中国の最大の問題は、じりじり下がってくる成長率に政治が耐えられるかどうか、ということです。国内の不満を外に向けるのか、それとも国内で新しいプロジェクトを興すのか、習近平・李克強( こくきょう)政権の手腕が問われるところです。アベノミクスの効果もあって日本経済は上向きで、対米輸出もまあまあですが、問題はやはり中国。対中輸出が伸びず、頭打ちの状態です。



20013年6月14日に政府が閣議決定した経済財政運営と改革の基本方針「骨太の方針」(副題:脱デフレ・経済再生)

●「再生の10年」を通じて目指すマクロ経済の姿

・中長期的に2%以上の労働生産性の向上。 賃金の伸びは物価上昇率を上回るとともに、雇用機会が拡大。

・名目GDP成長率3%程度、実質GDP成長率2%程度、2010年代後半には、より高い成長の実現を目指す。

・その下で、一人当たり名目国民総所得(名目GNI)は中長期的に3%を上回る伸びとなり、10年後には、150万円以上増加することが期待される。

●経済再生と財政健全化の両立

・国と地方のプライマリーバランスについて、2015年度までに2010年度に比べ赤字の対国内総生産(GDP)比の半減、2020年度までに黒字化、その後の債務残高の対GDP比の安定的な引き下げを目指す。