財政危機と社会保障 鈴木
2010年度の一般会計における歳出総額92.3兆円のうち、27.3兆円と最大の支出項目は、「社会保障関係費」となっています。 この社会保障関係費は、全体の約三割に達し、国債費や地方交付税交付金といった国が自由に出来ない支出項目を除いた「一般歳出」ベースでは、五割以上の規模を占めています。 なぜ、「社会保障関係費」が、27.3兆円もの金額に上るかといえば、年金や医療保険、介護保険、雇用保険などの社会保険が、純粋に保険料だけで運営されているのではなく、多額の国庫負担、公費が投入されているからなのです。
すなわち、年金制度のうち、「基礎年金制度」は、保険料で賄われている部分は半分にすぎず、残りの二分の一の財源は、国庫負担という形で税金が投入されています。また、医療保険給付費全体の約四割が公費負担となっています。介護保険に至っては公費負担が六割近くに達しています。 「社会保障関係費」のほとんどは、社会保障給付費に「定率」を掛けて、自動的に投入されている公費ののことです。 「社会保障関係費」の大部分は、公費による料金のディスカウントで、利用料を本来あるべき水準より安くするという構図は、年金や医療保険、介護保険、雇用保険といった社会保険だけではなく、保育などの他の福祉政策についても同様にあてはまります。 社会保障関係費は、今後も高齢化により自然増で、毎年1.3兆円ずつ拡大してゆきますから、10年で13兆円と、消費税率にして五パーセント分も増加します。 今や日本の社会保障制度にとって最も優先度の高い政策目標は、「財政上、将来まで維持可能な制度にする」ということです。
「高度成長時代」に形作られた日本の社会保障制度は、人口構成が若く、高い経済成長率によって分配の「パイ」が広がってゆくことを前提とシステムになっていたために、現在の低成長、少子高齢化には適応できず、あちこちで「制度疲労」を起こしています。 すなわち、医療、介護。保育に共通するシステムの問題点が存在します。
@公費漬け、補助金漬けの「高コスト体質」
A参入規制、価格規制に守られた悪平等の「護送船団方式」
B多額の公費投入による見せ掛けの「低料金」
C天下りや利権を介した業界団体と官僚、政治家の強固な「既得権益の結びつき」
D賦課方式の財政方式の下では、今後60年程度にわたって財政状況は悪化の一途をたどる
社会保障関係費を通じた安易な公費投入こそが、社会保障分野の多くの問題を引き起こしている諸悪の根源と考えられます。
第一に、公費が、給付と負担の関係をあいまいにして、国民の社会保障制度に対する「コスト感覚」を狂わせています。 給付が拡大しようと高齢化が進もうと、保険料が低いままであれば、それが当たり前の既得権となり、国民は、「社会保障は拡大して欲しいが、保険料や税負担は引き上げたくない」という矛盾した考えを持つことになります。 この矛盾した要求の結果、膨大な財政赤字が発生しているのです。
第二に、公費による料金ディスカウントが行われているために、自己負担率も低く、保険料も低いままでは、過剰な需要が生まれることになります。 この過剰な需要こそが、医療・介護・保育の各分野の待機問題を引き起こしている主因の一つですから、公費投入を削減して、料金ディスカウントを是正する必要があります。
第三に、料金ディスカウントが解消されれば、国民はコスト感覚を取り戻し、価格に見合ったサービスを求めるようになりますから、護送船団方式の下、非効率で質の低いサービスを行っている供給者は自ずと生き残ることが難しくなります。 「安いから我慢する」という意識がなくなれば、国民の厳しい目によって、自然に「選択と集中」への圧力が高まるのです。
第四に、公費投入が安易に行われていることは、この分野の規制を異常なほど強固なものにさせている原因です。 それは、社会保障給付費が拡大すると公費が自動的に増えるため、政府が、価格規制や参入規制で社会保障給付費をコントロールせざるを得なかったからに他なりません。逆に言えば、公費投入が安易に行われていなければ、これほどがんじがらめの規制を作る必要もないのです。
第五に、がんじがらめの参入規制、価格規制こそが、新規参入を途絶えさせ、既存業者の結束を高めて強固な業界団体を形成させている原因でした。 また、公費投入の多さがこの分野への官僚や政治家の利権を生み出す背景です。 しかしながら、安易な公費投入がなくなれば、これらは雲散霧消する可能性が高いものと思われます。
今や「社会保障関係費」の削減こそ、本腰を入れて取り組むべき最重要課題です。安易な社会保険への公費負担を削減し、国民が正常なコスト感覚を取り戻すことこそが、持続可能で、安心できる社会保障制度を実現させる鍵なのです。