サブプライム金融危機 21世紀型経済ショックの深層    みずほ総合研究所編

 2007年、世界の金融市場は、米国で勃発したサブプライムローン問題の波及にによって大きな混乱に見舞われた。サブプライム問題とは、米国における信用力が劣る「サブプライム層」と呼ばれる人々向けの住宅ローンが大量に焦げ付き、このローンを裏付けとした証券化商品の価格下落にによって金融機関が巨額の損出を被ったことから、世界的な信用収縮や流動性不安にまで発展した一連の問題の総称である。

 サブプライムという用語は、個人の借り手が持つ信用力の特徴に対して向けられるもので、「信用力が低い」という意味で用いられ、対立する用語はプライムである。サブプライムの借り手は、債務返済の延滞や自己破産等の経験があるなど、脆弱な信用履歴を持つ。また、クレジット・スコア(過去の借り入れ・返済履歴とその長さ、既存及び新規借入額の大きさなどを点数化したもの)が低い場合や、所得が少なすぎるなどの問題を抱かえている場合もある。「信用力が低い」と判断された借り手のサブプライムに対して提供される住宅ローンがサブプライムローンなのである。

 米国の住宅ローンは、期間30年・固定金利というのが一般的であった。これに対して非伝統的ローンは変動金利がベースとなっており、借り入れ当初2〜3年間のみ低い固定金利が適用され、返済負担が一時的に軽減される仕組みとなっている。優遇期間が終わった時点で返済条件の見直しが行われ、新たな金利は「市場の変動金利+3〜6%」と急激に上昇するのが一般的であったといわれる。住宅価格の上昇が続くため、返済条件見直し時に有利な住宅ローンに借り換えればよいという考え方が背景にあった。

 一方、金融機関は、サブプライムローンをRMBS(住宅ローン担保証券 Residential Mortgage Backed Securities)として証券化し、機関投資家等に売却することで、信用リスクから解放されるとともに高い手数料収入を得る道を開いた。RMBSの受皿となったのは投資家だけはない。住宅ローン以外の資産(クレジットカード・ローン、自動車ローン、ホームエクイティ・ローン、学生ローンなど)を裏づけとするABS(資産担保証券  Asset Backed Securities)などと一緒にCDO(債務担保証券 Collateralized Debt Obligation)として再証券化され、機関投資家やヘッジファンドに売却されたのである。米国債や社債の金利が低位で推移し、運用難にあえいでいた機関投資家にとって、高格付ながら相対的に利回りが高いこれらの証券化商品は魅力的な運用対象の一つとなった。サブプライム・ローンは、こうして住宅ローン市場にとどまらず、資本市場をも巻き込みながら、また、国民の持ち家率向上に資するといった賞賛の声さえ浴びながら、2005年から06年にかけて一段の拡大をみせたのである。米国の証券化市場の規模は、2006年末でRMBS(住宅ローン担保証券)の残高が6.5兆ドル、ABS(資産担保証券)の残高が2.2兆ドルに達し、日本の名目GDP4.4兆ドルと比較すれば、証券化市場の巨大さがわかる。

 証券化は住宅ローンをプールして小口化することにより、そのリスクを広く薄く投資家に負担してもらう仕組みである。このため、金融機関に借り手の信用リスク等のリスクが集中する間接金融と比べると、リスクに対して柔軟に対処することができる頑健なシステムであると考えられてきた。中央に一つだけ大きな装置を用意する集中管理型のシステムよりも、システムを分散させることにより頑健性を追求したインターネットと同様のコンセプトである。このようにシステムとしてリスク耐性が強いはずの証券化市場を中核に新しい形の金融危機が生じたとの評価が出ることは、大いなる皮肉でもある。

 他方、証券化そのものは悪くはないという主張もある。米国の場合、投資ファンド等広くレバレッジ(Leverage)投資を行っており。資産運用のための原資として銀行借入等の外部資金の比重を高めた結果、利益が出るときは大きな利益となるが、マーッケットに逆風が吹くと損失が何倍にも拡大してしまう傾向がある。こういう運用手法上の理由から、金融市場の混乱が増幅されたという側面がある。それに加えて、米国では、大きな収益を狙って積極的にリスクをとりにいく投資家が存在し、証券化商品の劣後部分も広く投資家に販売されたことからサブプライムローンに関する損失が広範囲に及んだという事情もある。そもそも証券化商品は、もともとリスクフリーの金融商品ではなく、投資家が原債権の信用リスクを負うものである以上、サブプライムローンの証券化商品で損失を被った投資家がいたとしても驚くにはあたらない、という評価もあり得る。たとえ高い格付であっても、少なからずデフォルト(債務不履行)する可能性はあり、そうしたリスクとリターン を勘案して投資しているのだから、当然のことながら、損失が発生することもあるという考え方である。こうしてみれば、今回のサブプライム問題はレバレッジ投資や劣後部分への投資が問題だったのであり、証券化そのものの問題ではないという見方ができるかもしれない。