終わらない戦争   ウクライナから見える世界の未来       小泉悠著

 現在、ウクライナ軍とロシア軍による二つの攻勢が同時進行でおこなわれている。南部においてはウクライナ軍が海のほうまで下がっていこうとしていて、北東部においてはロシア軍が西側に拡大していこうとしている。しかしウクライナ・ロシア両軍とも膠着状態になっている。

 戦局をガラリと変えるとなるとATACMS(エイタクムス)くらいの長射程ミサイルが必要です。2022年の秋にウクライナ軍が、ドニエプル川の橋を落としたことがありましたが、その結果、川の西側いるロシア軍には補給が維持できなくなって、撤退せざるを得なくなりました。あれと同じことを、今度はクリミアでやればいい話であって、クリミアの重要な補給路となっているのはクリミア大橋ですから、あそこを使えないようにすれば、南部のロシア軍をかなり圧迫することができます。ATACMS(エイタクムス)が入ってくれば打撃力は増すので、ロシア軍の兵站ルートを叩くこともずっと容易になるはずです。

※ ATACMS(エイタクムス)の射程はおよそ300キロとされているが、ウクライナに供与されたものは射程165キロに設定されたものです。既に供与されているHIMARS(ハイマース)は射程80キロです。
2023年10月17日ATACMS(エイタクムス)はロシア軍の飛行場を攻撃しヘリコプター9機や弾薬庫を破壊した。

 ロシアの大統領選は、2024年3月17日に実施されます。大統領選を乗り越えて、プーチンは第2次動員を発令してくるでしょう。動員令を発令しても、そこから兵士を集めて前線に投入するまで、半年程度のタイムラグがあります。2024年内にギリギリ間に合うかどうかですから、ロシア軍が第2ラウンドやるとすれば2025年になってしまう。

 停戦は@ロシアがウクライナの占領を諦めて引き上げる、Aウクライナが占領されている土地を諦めてロシアに引き渡す、この2パターンしかありませんが、現実的に考えてみてもどちらも非常に難しい。両者に歩みよる余地は一切ありません。むしろ歩み寄るためには、戦場で決着をつけなければならない。

 ウクライナ人にとっての戦争は、2014年のドンバス戦争からすでに始まっています。あの時は、東部ドネスク洲やルバンシク洲を親露派武装勢力が占領し、そこに住んでいる人間ごとロシア側に持っていかれてしまった。同じことが現在、ウクライナの東部から南部にいたる一帯で起こっている思うと停戦は受け入れがたい。

 結局のところ、双方ないしは片方が物理的に戦争遂行不能になるところまでいかないと、この戦争は終わらない。そこから分断線が引かれて停戦となる。(朝鮮戦争型シナリオ) 少なくともロシアが当初の目的を遂げて、ウクライナを属国化する事態だけは回避しなければならない。

 冷戦終結後、西側は、ロシアをとりこむために経済支援や政治的枠組をつくりました。にもかかわらずこの戦争が起こった。米中のパワーゲームのことも考えながら、今度は徹底的にロシアを抑え込もうとするでしょう。国際秩序は戦争に形作られてきた面があります。例えば東アジアでは、朝鮮戦争によって北朝鮮・韓国という二つの分断国家と米国の同盟ネットワークが成立し、そこから現在の秩序が形づくられてきました。