年金問題の正しい考え方 福祉国家は持続可能か 盛山和夫著
年金制度は現在福祉国家の持続可能性に関わっている。公的年金は、すべての国民を対象に、その生活基盤を安定化することをめざした包括的な制度であって、国家が果たしている基幹的機能の一つである。今や毎年の社会保障費全体は80兆円を超えて、ほぼ政府の一般会計の規模に匹敵しているが、年金給付はその半分の40兆円を超えている。年金制度は、ある短い時代や限られた世代を超えて、異なる世代がお互いに協力し合いながら、永遠に続いていくことを前提にしている。現在福祉国家の持続可能性は、いかにして安心して信頼しうる年金制度を構築するかにかかっている。
年金問題の出発点は、「福祉元年」といわれた1973年の改正である。1973年をピークとする高度成長期の年金制度は、もともと長期的には持続できないようなしくみになっていた。将来の現役世代が負担する予定のものをはるかに上回る過大な年金支払いを約束していたのである。その制度設計の誤りを早期に率直に認めて、根本的に改める必要があったにもかかわらず、ズルズルと引き延ばしてきた。世代間格差や負担水準のなし崩し的上昇の原因が、予測を超えた少子高齢化や賦課方式の採用にあるのではなく、もともと持続不可能な制度を作った1973年の改正の誤りにある。
2004年の改正には、経済成長があった場合に、保険料収入の伸びは確保しながら、年金支払額の伸び方を抑制するという「しかけ」が用意されている。それが「マクロ経済スライド調整率」だ。年金の支給水準の自動的な上昇に抑制をかけるものである。物価上昇や平均賃金の上昇に対して−0.9%の調整率が2023年まで適用される。既存受給者の年金は、「物価上昇率」−0.9%しか上昇せず、新規受給者の年金は、「平均賃金上昇率」−0.9%しか上昇しない。この「マクロ経済スライド調整率」を適用すると、既存受給者の年金水準の伸びを物価上昇率よりも低く抑えることができ、新規受給者の年金水準の伸びを現役給与の伸びよりも低く抑えることができる。政府が「100年安心」といっている最大の根拠が、「マクロ経済スライド調整率」が組み込まれたことなのである。厚生労働省が予定しているように、2.1%の名目賃金上昇率、1%の物価上昇率があるときに、−0.9%の調整率を2005年から2023年度まで適用するだけで、年金会計バランスは維持されるかどうか、安心していいとは、限らない。適用期間を限って「マクロ経済スライド調整率」を適用しても、その効果はきわめて限られていて、適用が終わったあとは、適用がなかった場合の年金水準の伸び方に戻っていくからである。高齢人口比からみた年金会計の逼迫(ひっぱく)は、2040年代からいっそう厳しくなる。したがって、2033年までの適用ではほとんど意味がないのである。年金制度を維持するためには、ある程度の経済成長を確保するとともに、「マクロ経済スライド調整率」を活用して、経済成長にともなう年金水準の上昇を大幅に抑制しなければならない。本当は、人口の高齢化のために年金水準を引き下げなければならないときでも、一方的に年金水準だけを引き下げるのではなく、現役世代の保険料率の方も引き上げて、世代間の公平を保つのが望ましい。それは、可処分所得をベースにした相対的年金水準を一定に保つことである。2004年の改正には、この観点は取り入られていない。人口が高齢化していくときは、年金水準の抑制と現役世代の負担の上昇とが、ともに必要なのである。そしてそれは、同じ時代と社会にともに生活している現役世代と高齢者世代にとって、生活水準の適切なバランスはいかにあるべきかという観点によって、公平に決められなければならない。