年金が消える        榊原英資えいすけ

21世紀に入って世界は200〜300年に一回の、18世紀末の産業革命に匹敵する大構造改革が起こっている。構造的インフレの時代を構造的デフレ、あるいは物価安定の時代に変えてしまった。それは18世紀末の産業革命以来のコンピュ−ター、情報・通信等の技術革新の波と、冷戦崩壊後、中国・インド・東ヨーロッパ等の国々の世界経済への参加によってもたらされた市場統合、あるいはグローバリゼーションの流れです。豊かな福祉国家の建設が日本株式会社の基本にあったが、個人・企業・国家のもたれあいの構造は、経済が高度成長し、インフレが一般的であったからこそできたことでもあった。情報社会への移行・デフレの構造化のなかで、かって個人と企業、そして国家をつないでいた年金という都合のよかった仕組みが崩壊し、新らしい型の金融商品、あるいは世代間所得移転のメカニズムがでてこなくてはならない。社会システムが大きく変わっている時、過去の制度が崩壊するのは当然のことで、問題は、何とかそれを先のばしすることではなく、それに代わる新しい社会システムのもとで維持可能な制度をつくっていくということです。

 企業年金は、退職金が形をかえたもので、それまで一時金で払っていたものを年金型にしたものです。公的年金と企業年金の決定的な差は、公的年金には国が資金の一部を拠出しており、税金が公的年金の担保になっているという点です。これに対して、企業年金には税の担保はありませんから、現在積み立てられた保険料を原資に将来の保険金を支払う積立方式の年金です。企業年金の第一の問題点は運用難です。多くの企業では年4%程度の運用益を前提にしていますが、現状ではとても平均4%の運用益を確保することは困難です。運用益が4%に達しないことが長く続けば、積立不足の問題が生じてきます。しかも2000年に導入された退職給付会計では、この積立不足を貸借対照表に記載しなければなりませんから、積立不足の増加は直接株価を左右します。つまり、積立不足の増大は純債務の増大であり、業務利益を帳消しにしてしまうわけです。
 こうしたなかで、目立ってきたのが代行の返上です。多くの厚生年金基金は、今まで国から厚生年金の掛け金を預かり、企業年金部分の掛け金と一緒にして資産運用をし、厚生年金の一部の支払いを代行してきました。しかし、運用実績が低下し、デフレが続くなか、損出を計上することになり、代行が大きな重荷になってきたのです。代行返上するためには、今までの損出をうめなくてはならないのですが、ほとんどの企業が代行返上に踏み切っています。

 財政投融資計画は、「第二の予算」と呼ばれ、一般会計予算編成の補完的役割を果たすことを求められてきました。財政投融資計画は、郵便貯金、簡易保険及び厚生・国民年金等を原資に、特別会計や公庫・公団・事業団及び地方公共団体等に投資したり貸し付けたりします。道路公団債務、約27兆円のうち、2割強は年金の積立金です。多くの積立金が道路や公的住宅の建設につぎこまれ、不良債権化しています。厚生年金の積立金残高は170兆円ありますが、四割程度は不良債権化しています。積立金はできるだけ早期に取り崩し、その分で保険料引上げを抑制すべきです。積立金取崩しは道路公団等の公社・公団・事業団を整理し、その債務を返済することを意味します。年金債務の運用を健全化することが、公的セクターの大構造改革につながります。

 年金問題は内政に関しては最大の政治問題です。年金が政治問題である最大の理由は、それが世代間所得移転だからです。年金は世代間所得再分配であるとともに、同世代間に共通の所得ベースを与えるという意味で同世代間の所得再分配でもあります。高福祉・高負担か低福祉・低負担にするか政治的判断を下す必要があります。政治的だということは、誰かが得をして誰かが損をする仕組みを、最終的には全員が納得してつくるということです。年金問題は選挙によって、多数決原理で対応すべき課題だということができます。