国債クラッシュ 震災ショックで迫り来る財政破綻        須田慎一郎著

 本書は、第1部はシミュレーション小説で日本の財政破綻、その引き金となる「国債クラッシュ」がいかにして起きうるかについて説明されている。第2部では、シミュレーション小説の仕掛けの種明かしと財政と債券マーケットの解説をしている。

第1部(シュミレーション小説 2012年10月29日〜12月21日)
 2011年3月11日に起きた東日本大震災は、日本の財政にとって重大な局面となった。未曾有の大震災が起きてから1週間後、ワシントンDCに本部を置く国際通貨基金(IMF)の報道官は「日本には財政的な余裕がある」と述べている。逆に言えばそれはとりもなおさず、巨額の復興費用が日本の財政を押しつぶすのではないかという懸念が、国際社会で共有されていることを意味する。不幸中の幸いと言うべきか、当時はまだ日本の個人金融資産は長期債務残高を上回っており、国にはまだ復興費用を賄えるだけの体力が残ってはいた。それでも、震災後の補正予算と2012年度予算に、合計30兆円もの手厚い震災復興財源が盛り込まれた結果、日本の財政事情が一段と逼迫したことは否めない。赤字国債の発行が限界を迎えるリミットが1、2年は早まったというのが大方の見方だった。

 日本の債券マーケットでは、償還期間が5年未満の国債は、メガバンクなどのコマーシャルバンクが、20〜30年の超長期国債は生保などが買いの主役であり、利回りが長期金利の指標となる10年物国債の買いは、ゆうちょ銀行の独壇場だ。ゆうちょ銀行は、10年物を中心に155兆円もの国債を保有しており、そのうち十数兆円分が毎年償還迎える。資金運用の必要から、少なくとも償還分と同じだけの額の国債を買い足す必要があるため、流通市場に出た10年物国債を買うのが普通だ。そのゆうちょ銀行がもう1カ月近くも日本国債を買い控えている。ゆうちょが買い控えてている理由は、日本郵政からの命令だからです。そして日本郵政は、財務省からの指示を受けている。最低でも3週間、10年物の買いを対前年同時期の8割以下に抑えるようにという内容の指示です。ゆうちょの買い控えて長期金利が1.4%まで急上昇した。

 日銀は国債引き受けの前段として、新たな金融緩和政策について発表します。第1段階が長期国債の買い取り、第2段階がETFやコマーシャルペーパーなどリスク性資産の買い取りになります。第1段階の長期国債の買い取りは、ゆうちょの買い控えで跳ね上がった金利を落ち着かせるためのもので、金融緩和の本命は第2段階のリスク性商品の買い取りで規模は10兆円になります。東日本大震災の直後にリスク性資産の買い入れを大幅に引き上げる措置をとったが、それでも5兆円に過ぎない。財務省の担当者は金融緩和から日銀の国債引き受けに至る実施計画を練り直した。

 日銀が2012年上半期決算を発表した。2205億円の赤字で、2010年度上半期の1604億円を超えて過去最大の赤字幅となった。2010年10月に決定された「包括的な金融緩和」の影響で低金利で、資産運用収入が減ったことが主な要因。そもそも、国の財政と日銀の財務は表裏一体であり、政府の台所が火の車であるときに日銀の財務がピカピカのままなどということはあり得ないのだ。この自転車操業から抜け出す道が、税制の抜本改革しかないこともわかっていた。ここ数年で減少してきているとは言え、日本の個人金融資産はまだ1000兆円ほどもある。その一部を税金として吸い上げ、国の予算に組み込んでいく道筋をつけるだけで、債務残高のGDP比は劇的に下がり、現在の財政不安は払拭できる。政府が年末までに財政改革を具体化できれば、国の借金も日銀の自己資本比率も問題ではなくなるのだ。

 近年、人民元相場を維持するためドル買い介入を繰り返した中国は、3兆ドル以上にまで膨張した外貨準備を分散して運用するため、償還期間が1年未満の短期債を中心に大量の日本国債を買いこんでいた。その規模は、10兆円を超える。ここえきて、徹頭徹尾、利益を優先する中国の純粋な投資家としてのスタンスが、日本に痛撃を与えることになってしまった。国内機関投資家の資金が短期国債に集まり、価格が上昇したことで、中国にとっては利益を確定する絶好の機会となった。中国の動きを受けて、日本国債は短期から超長期まで全面安の様相を呈していた。国内の銀行や生保は、中国の大量売りで短期国債の価格が下落し、ほとんど自動的に保有国債の売却に動いた。

 日経平均株価に加えて国債価格も大暴落。長期金利はなんと3%に迫る水準に達していた。折からの財政問題に加えて、金融システムにまで激震が走ったことにより、株式、為替、債券の「トリプル安」という形で「日本売り」が加速していた。国民は十数パーセントの消費税アップを拒み続けてきた代償として、数十パーセントもの物価上昇を招くことになる。

 日銀による国債の直接引き受けは財政法第5条により原則的に禁止されている。ただし、これには付則があり、国会で議決を経ればそこで決められた金額の範囲内で日銀に直接引き受けさせられるのである。


第2部(解説)
 これまで銀行や生保などが、国債をどんどん吸収してこられたのは、日本には1450兆円という膨大な個人金融資産があったからだ。個人金融資産の大半は預貯金や保険・年金の形で保有されていて、それを預かる機関投資家が国債を買って資金運用してきたわけである。もっとも、個人には貯金もあれば住宅ローンなどの借金もある。そういった負債を引いた正味の金融資産は1050兆円。個人金融資産が2006年度をピークに減少傾向にあることを考えると、現在の水準で財政赤字が続いた場合、日本の国債残高はあと1、2年でこの数字を超えてしまう計算になる。日本にはほかにも、約90兆円の外貨準備と約200兆円の内部留保があるが、それを国債購入に回せたとしても、わずかな時間稼ぎにしかならないだろう。

 とりわけ今後数年は、日本の財政状況はいっそう厳しいものになる。国際通貨基金(IMF)の推計によれば、日本の国と地方を合わせた債務残高(グロス)の対GDP比率は、2010年の227.1%から2015年には250%まで膨らみ、アメリカやイギリス、ドイツの2.3〜3倍という驚くべき水準に達する。

 いま、一般会計予算の支出で最も大きな比率を占めているのは医療や年金の給付などに使う社会保障費だが、2010年度を例にとれば29.5%(27兆円)にも達している。近年、この出費は毎年1兆円規模で増えてきた。その財源を賄うためにも消費税のアップが必要とされているわけだが、2012年から3年間はこの伸び方が急増し、年2.4〜2.7兆円の水準で増えることになるのだ。なぜかといえば、「団塊の世代」がいっせいに65歳となり、職場から完全に退くからだ。その数は2012年から2015年までの3年間で、600万人に達する。人口の多いこの世代は、年金や医療費、介護保険を払う最大の担い手だった。この世代はまた、サラリーマンとして勤めながら税金を天引きされ、国家の税収も支えてきた。彼らが退職によって現役を退き、年金などの給付を受ける側にまわると、支出が膨らむ一方で税収が減り、日本の税収はいよいよ火の車になるというわけである。
 さらに、2010年代半ばには、日本の経常収支も赤字に転じると言われている。これは、マーケット参加者の間では「2015年問題」として幅広く認識されているものだ。経常収支が赤字に転落する理由としては、円高が続いて産業の海外移転が進むこと、生産よりも消費の割合が高い高齢者が増えることなどが考えられる。
 個人金融資産の目減りと社会保障費の負担増、経常収支の赤字化は相互に絡まりあいながら、日本の財政を圧迫するということだ。

 政府・与党が財政再建の政策を練って法案を成立させ、実施に移すまでには一定の時間がかかる。実は、菅首相が「税と社会保障の一体改革」の基本構想をまとめる上で設定した2011年6月までという期限は、2015年の危機に備えるためのギリギリのタイミングと言えるのだ。ちなみに一体改革の核心となるのは、もちろん消費税率のアップである。6月までという期限は、震災後に先送りされているが、それでも一刻も早く政府・与党案をまとめないと、2011年度中に法案をつくることは難しくなる。なぜなら法案化するまでには、審議会や公聴会などの場で経済界、学界などの意見を吸い上げ、広くコンセンサス築く必要がある。政治スケジュールは、2011年度中に練り上げた法案を2012年度の通常国会にかけ、それを成立させた上で、解散総選挙で国民の信を問う、というものだろう。そこで国民の了解が得られたという形になってはじめて、消費税アップの具体的な実施要領詰めに入れるわけだが、そこからさらに1年ほどの準備期間が必要になる。ということは、実際に増税できるのは早くて2014年度からになるので、まさにギリギリセーフと言えるわけである。消費税率アップを含む一体改革の断行が難事業であることは言うまでもない。それをこれだけタイトなスケジュールで、想定どおりこなしていくなど、いまの民主党政権の姿を見る限り不可能に思える。しかしそれができなければ、危機は2015年の待つことなく、2年後や1年後に前倒しでやってくる可能性があるのだ。