日本の国境        山田吉彦著

 我国は、1996年、国連海洋法条約を批准し、同年7月30日に施行している。この条約では、領海を12海里、排他的経済水域を200海里、深海底資源の開発にかかわる沿岸国の大陸棚は、原則200海里とするなど海洋における国家の管轄権が規定され、深海底開発の制限や海上犯罪への対応などが示されている。
 領海とは、沿岸国の領土に接する水域で、領海内では、その国の主権を行使することができる。沿岸国の主権は、領海の上空ならびに領海の海底およびその下にも及ぶものとされる。
 排他的経済水域とは、沿岸国が領海を超えて、沿岸の基線(海岸の低潮線:最干潮時の海岸線)から200海里までの範囲内で設定することができる水域で、海底資源の探査や開発、その他の経済的な探査や開発の主権的権利、海洋環境保全、科学的調査・人工島の設置などの管轄権を持つ。漁業に関しては、漁獲量の分配、漁期、魚種などを決定することができる。日本はロシア、中国、台湾、韓国、北朝鮮、米国、フィリピンと排他的経済水域が接している。これら隣国との排他的経済水域や大陸棚の境界の画定は、国際司法裁判所の規定する国際法に基づき両国の合意により行うこととされている。実際に利害が相反する隣国同士が境界画定に合意することは極めて難しい。

沖ノ鳥島
 沖ノ鳥島は、東西約4.5km、南北1.7km、周囲約10kmのサンゴでできたなすび型の環礁に囲まれ、北小島と東小島と呼ばれる二つの島から構成される。高潮時(満潮のなかでも一番潮が高い時)には、北小島は16cm、東小島は6cmだけ水面上に頭を出す小さな島です。国連海洋法条約第一二一条第一項では、「島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう」と定められている。沖ノ鳥島は、国際法の規定による島の要素を十分に満たしている。
 沖ノ鳥島を起点とした排他的経済水域は、約40万平方kmにおよぶ。これは、日本全体の排他的経済水域の約10%に相当し、日本の国土(38万平方km)以上の面積である。この沖ノ鳥島近海の海底には、ニッケル、マンガン、コバルト、銅などを含む金属鉱がかなりの量存在することが判明している。
 2004年4月、日中事務レベル協議の場で、中国外務省担当者が、「沖ノ鳥島は、国連海洋法条約第一二一条三項でいう『岩』であり、排他的経済水域を有しない」と発言した。国連海洋法条約によると島として認められるためには、人が住んでいるか、経済生活が必要なのである。

尖閣諸島
 尖閣諸島は東シナ海に浮かぶ八つの小さな島の総称であり、最も大きな島が魚釣島である。尖閣諸島が注目されるようになったのは、1969年、国連アジア極東経済委員会が、前年に東シナ海の海底を調査した結果、尖閣諸島近海の海底に埋蔵量豊富な油田がある可能性が高いと発表してからである。そして1971年には、石油の利権をもとめ、台湾と中国が相次いで尖閣諸島の領有権を主張した。東シナ海の石油資源は、日中の中間線近海海底に多い。中国が
1998年に開発した平湖ガス油田は、日中中間線から中国側に70kmのところにある。春暁のガス油田群はさらに近く、わずか5kmしか離れていない。地下のガス油田は、日中中間線の日本側に広がっていると考えられている。2003年、中国は春暁ガス油田の開発に着手し、既に海上プラントの一部は姿を見せて多くの作業員の姿が確認されている。2005年には、実際に採掘を開始するとして、ガス油田と浙江省寧波(ニンポー)とを結ぶ海底パイプラインの施設工事に着手している。このパイプラインで送られる天然ガスは年間25億立方mの計画だという。日本の排他的経済水域に眠る資源が、中国側からストローで吸い取られるように消えてしまうのである。

竹島
 竹島日本海に浮かぶ岩礁である。かつては島根県や鳥取県の漁民の貴重な漁場となっていた。日本が竹島を正式に領有したのは、1905(明治38)年2月22日のことであるが、それよりかなり以前から漁師たちは渡航していた。日韓併合以前に、日本は竹島を領土としていたのでる。ところが、1952年韓国は一方的にこの島の領有権を主張し、武力により実効支配してしまった。李承晩ラインの内側に竹島を組み入れたのである。サンフランシスコ平和条約にもとづき、竹島が日本の領土であることが確認されると知って、韓国は武力占領に出たのである。日本政府は、竹島の領有権を国際司法裁判所に委ねることを韓国に提案したが、韓国が受け入れるはずも無く、そのまま泣き寝入りの状態である。現在の竹島、韓国で言う独島には、韓国海洋警察庁の武装警官が駐在している。軍ではなく警察権を使い、あくまでも自国領の治安維持のためという名目で治めているのである。実効支配も50年を過ぎると、歴史的事実となり、島の領有権を認めざるをえなくなる可能性もある。

北方領土
 北方領土とは、北海道の北東海上に連なる、択捉島、国後島、色丹島、歯舞諸島のことを言う。北方四島をあわせた面積は、5036平方km、千葉県の面積に匹敵する広さをもっている。1945年8月15日の第二次世界大戦終戦時、四島には17,291人が住んでいたが、1948年までにソ連政府により、強制的に退去させられてしまった。旧島民の約八割は、北海道に移り住み、その中でも北方四島が望める根室地域に定住する人が多かった。現在の北方四島は、ロシア共和国サハリン州の管理下におかれている。各島の人口は、択捉島・8,000人
、国後島・4,000人、色丹島・2,300人、合計14,300人、歯舞諸島には、民間人は居住しておらず、国境警備隊のみが駐屯している。
 ロシアのプーチン大統領は、2004年11月15日、1956年の日ソ共同宣言を念頭に「批准された文書の責務を果たす用意がある」と発言している。1956年の日ソ共同宣言では、日本とソ連の平和条約を締結されたならば歯舞諸島、色丹島は返還するとうたっている。ロシアとしては、早期に日ロ平和条約の締結をもとめ、二島返還での領土問題の決着を見出したいようだ。